69.
村の中でも少し大きめの家が村長宅だった。案内してくれたガキが木戸をどんどん叩くと、腰の曲がった爺さんが出てきた。ボサボサの白髪頭で、白くなった眉毛と口ひげでほとんど顔が埋もれている。これまたテンプレみたいな村長の爺さんだ。
「森で盗賊の残党を見つけたんだ、魔物に襲われたみたい」
縛られている盗賊たちは未だに意識はない。引き摺ってきたから元からボロかった防具はもうただのゴミみたいになってるし、ズボンも擦り切れて尻が出ている。
ほぼ死にかけの男二人を見ても、爺さんは片方の眉毛を上げただけで特に反応もない。
「ほーん、縛ったまま裏の納屋に入れとけ、明日にでも駐在に引き取ってもらおう」
どうやらこの国にはまだ人権なんて概念はないようだ。でも前世だって、昔は盗賊なんてその場で処刑が珍しくなかったというし、俺は魔王だし、盗賊の扱いにも村人の態度にも特に思うところはない。
ガキはやっぱり軽々と男どもを引き摺って裏に歩いて行った。爺さんはそれを見送ってから俺の方に目を向けた。
「おまえさんは?」
「旅のもんだ」
自分でもどうよと思う回答だったが、これ以上に応えられることもない。別にこの村に留まりたいわけでもないから、怪しまれて追い出されたって構わなかった。
「あっそう」
しかし、爺さんはアッサリ納得して一旦家に戻っていく。あまりにアッサリし過ぎていて俺の方がたたらを踏んでしまった。
しばらくもせずガキは手ぶらで戻ってきた、爺さんも家から出てきた。
「ほれ銅貨二十枚だ」
「ありがとう」
コインをそのままジャラジャラ渡して、爺さんは今度こそ家に戻ってドアを閉めてしまった。素っ気ない爺さんだ。
ガキは貰った銅貨を数えてから、全部俺に寄越してくる。
「俺は何もしてない」
人間に遠慮する気なんてないけど、こう、あまりに警戒されないせいで混乱してしまった。普通は田舎の村なんてどこも排他的で余所者は追い出されるのが当然というのは、俺の偏見だったのだろうか。
「でも君が見つけたから」
ガキは何でもないように笑っている。身形からして貧乏だと思ったけど、このガキは案外と金持ちなのか、それとも銅貨は想像以上に価値がないのか、よくわからなくて困惑するばかりだ。
仕方なく受け取った俺は、十枚だけガキの方へ突っ返す。
「運んだのはおまえだから」
ガキは吃驚した顔をした後に、笑顔で「ありがとう」と言って受け取った。礼を言われる意味がわからない。
とりあえず、初めて人間界の通貨を手に入れたので俺は鑑定しておくことにする。
銅貨の鑑定色は凡そ紫色だったが他の色も混ざっている。鑑定模様も五角形が多いけれど違う形もある。でも、どの硬貨も色と模様は揃っているから、材料や配合率は決められているのだろう。
たぶん表に人の顔が描かれているが、どれもこれも酷く摩耗していてよくわからない。裏には文字が書いてある。アルファベットのように見えるけれど、こちらも薄れていて読めなかった。
人間界に来ても純粋な銅というのは見られないが、成分がだいたい揃っているということは、この銅貨は全部本物と考えて間違いないだろう。ガキに渡した方も成分色はほぼ同じだった。
「君はこの後どうするの?」
「さあ、この金で宿にでも泊まる」
俺がテキトウに答えると、今度はガキの方が困惑した様子で首を傾げた。
「この村には宿ないし、町の方に行っても銅貨十枚では一泊もできないよ」
「ふーん」
やっぱり銅貨は大した価値がないらしい。盗賊って安いんだな。
俺は元より野宿でいいと思っていたから、この後のことなんて考えてなかった。村で野宿はできないというなら森に戻ってもいいのだ。
「行くとこないなら僕の家来る?」
「は?」
さっきからこのガキには驚かされてばかりだ。ガキの方は何でもないような顔をしている。
「町に行くにしても夜になっちゃうし、子供一人じゃ危ないよ」
やっぱりこのガキは金持ちなのだろうか。いくらでも人を泊められるくらいの豪邸に住んでるとか。それにしても、今日会ったばかりの素性もわからないお子様を家に泊めようなんてあり得ないだろう。
「警戒心ないのか?」
「そんなこと言うやつは悪いやつじゃないよ、僕は人を見る目は自信あるんだ」
自信満々に答えられるけれど、俺は怪訝な顔をするしかない。目の前の相手が魔王とも見抜けないくせに、とんだ節穴だ。
「ギルバンドラ様に威厳がないのでは?」
「黙れ焼き鳥にされたいか」
耳元でぼそっと呟いたピーパーティンを睨みつけて、俺は溜息を吐いた。こうも無暗に親切にされると逆に困る。
「僕はリオ」
なんかすっかり泊まることは決定しているらしい。
「……俺はギル」
まあ、どうせ宛てのない旅だから別にいいけど。
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