65.
樹海の中は強力な魔力がぶつかり合っていて、どこにいても空気の密度が濃いように思えたが、あるところを越えるとだんだんと魔力が薄くなってきた。
魔力の濃度に比例して、植生も熱帯のジャングルっぽさが無くなり、普通の森っぽい雰囲気になってくる。蟲系の魔物は相変わらず特攻してくるが、それらの大きさもどんどん小さくなっていく。
「魔力の濃度で森の雰囲気まで変わるんだな」
俺は興味深く変わりゆく景色を眺めていたが、魔界には魔力の薄い場所なんて存在しなかったけど、草原地帯も森林地帯も、樹海ほど多様な植物と狂暴な魔物はいなかった。
やっぱり、魔界の中でも樹海の魔力はおかしいのだろう。
方向感覚を狂わせる空気も無くなったころ、森が途切れた。
と言っても、いきなり町や集落が現れるわけではなく、ただ鬱蒼としていた森が、林くらいの森林密度になっただけだ。
俺はそこで立ち止まった。ここまで走りっぱなしだったけど、魔力の濃い樹海を突っ切ったおかげで、自然魔力を吸収してむしろ力は有り余っているくらいだ。
「ひえ、ひぇえ……しぬかと思った……」
「ゼエ、ゼエ、もうちょっと、加減してよ……」
何故か、俺の肩にしがみ付いていただけのルビィとピーパーティンの方が、疲れ切った様子でゼエゼエ息を切らせている。
移動だけで満身創痍の雑魚は置いといて、魔力を感じられる俺ならば樹海と森の違いは分かるけど、周囲の風景だけ見ると、樹海と森に明確な境はない。
「うーん、俺がいなくても魔界に侵入されることはないだろうけど……」
たぶん、俺がいなくなると魔界の魔力はごっそり減るだろう。その分、余所者を寄せ付けない効果は弱まるだろうが、俺がいなかった頃の魔界だって、そう簡単に入り込むことはできなかった。
「念の為、樹海の迷惑魔法を強化しておくか」
それほど心配する必要もないだろうけど、魔王不在の弊害がどこに出るかもわからないから、俺は魔界への侵入を防ぐ対策を取っておくことにした。
迷惑魔法とはその名の通り、迷わせ惑わせる魔法だ。俺が勝手に命名したから、そういう魔法があるわけではない。樹海は元から魔力の闇鍋で、あらゆる感覚を狂わせるから、その闇鍋魔力を強化して少しだけ指向性を与えただけだ。
「なんか変わったんすか?」
ピーパーティンはぼへっと眺めて首を傾げている。俺が樹海の方に何かしたことしかわからなかったらしい。
「おまえがわからないってことは、人間にも気付かれないだろうな」
良いことだが、ピーパーティンは魔物としてもう少し魔法への感度を鍛えるべきだ。
「うーん……ああ、どこから入っても外へ向かうようにしたのね」
ルビィはよく見れば魔法の分析もできるらしい。魔法に関しての実力は確かなのに、それを活かすセンスがないのだから残念なやつだ。
「半分当たり、正確には人間界の方から入ったら人間界の方へ向かうし、魔界の方から入ると魔界の方へ向かうようにした、ダークエルフの村は結界張ってあるから影響受けないだろ」
樹海の中のごちゃごちゃした魔力はそのままに、魔力同士のぶつかってできるエネルギーを、出来るだけ外向きに流れるように調整してみた。
侵入者の身体を直接動かすような力はないが、方向感覚を狂わせるエネルギーが樹海の外に向かっているだけで、迷い迷って勝手に足が外へ向かうという寸法だ。
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