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38.

 さて、ところ変わって俺はまたもやダークエルフの村にやって来た。

「ザランだけでもいいからさ、村に招いて会食とか」

 俺は横糸を縦糸に通しながら訊いてみた。

「嫌だ」

 隣のヤオレシアは小さな石を研ぎながら素っ気なく答える。研いでいる石は矢じりになるらしい。

「じゃあ草原で宴会は」

 俺は通した横糸をトントン揃えつつ訊いてみる。

「嫌だ」

 ヤオレシアの返答はやっぱり簡潔で素気無い。こいつもなかなか性格が猫っぽくて、和解すればザランとは気が合いそうな気がするのだが、そもそもの溝が深すぎる。


 俺はまた横糸を通しながら隣を睨み付ける。性格が猫っぽくても、ルビィみたいな可愛げもないし、ザランみたいなフサフサの毛もないから、ヤオレシアはただただ扱いづらいだけのオッサンだ。

 喋っているうちに糸がどれかわからなくなってしまった。俺はちまちまと糸列を数えて色を探す。その間も手元の魔力は一定を保たなくてはいけない。


「つぎは黄色じゃない?」

「違うよ、青だよ」

「いやいや緑だろ」

 傍で見ていたムナとテオテムが口を挟んでくるが、ガキンチョの意見はぜんぜん参考にならん。数えているのがわからなくなるから黙っていてほしい。

「赤ですよ」

「あ、はい」

 見かねた指導役が教えてくれて、魔王なのに腰が低くなってしまう。


 今日はヤオレシアの母メリニシアの指導の下、魔力を込めた布を作っている。縦糸に横糸を通すだけの単純作業だが、複数の色糸を使って模様を作るから意外と頭を使う作業だ。しかも、俺は能力こそチートだが、あまりに力が強過ぎて細かい魔力操作は苦手なのだ。

 本当は糸を紡ぐところから魔力を込めていく方が質は高くなるのだが、今日は物に魔力を込める練習がメインなので、出来合いの植物糸を魔力と一緒に織って布を作っている。


 傍でムナとテオテムも同じ作業をしている。二人でああでもないこうでもないと相談しながら織っているから、こいつらのお喋りを聞いていると釣られて糸を間違えてしまう。

 メリニシアの隣ではレレイルも布を織っているが、こちらは最早職人の手付きだ。早いし魔力操作も手慣れていて、素人の俺とは比べ物にならない。無心で織っているから邪魔はできない。


「ザランもさ、ヤオがいいなら会ってもいいって言ってるし」

 俺は魔力操作の練習もあるけど、ここにいる一番の目的はヤオレシアの説得だから、駄弁りながらダラダラ織っている。イラつくと魔力を込め過ぎて糸が焼き切れそうになるから、気を落ち着かせて冷静に喋るにも機織り作業は役に立っているかもしれない。

 ザランの方もダークエルフとの会談はぜんぜんまったく乗り気ではないのだが、あいつの「やつらが頭を下げてくるなら口を聞いてやらんでもない」をやんわりした表現にしただけだから、俺は嘘は言ってない。


「俺が嫌だと言っているのだから会わん」

 ヤオレシアは頑なだ。矢じり作りがひと段落したのか、今は蜘蛛糸の生産量などの報告を睨んでいる。村長も仕事は沢山あるようだ。大きな木の皮に書かれた報告書の内容は俺にはよくわからない。

「会うくらいならいいんじゃないですか、最近は布の生産も安定して村では余らせているのですから」

 俺たちの会話を見かねてメリニシアが助け舟を出してくれた。彼女が何歳なのかは知らないが、たぶんこの村の中でも結構な高齢者のはずだ。それでも草原の獣に対する考え方はなかなか柔軟だった。


 これはたぶん俺に気を遣っているせいもあるのだろうが、メリニシアくらいの年代ですら樹海の外の魔物についてはよく知らないらしい。草原の獣とドンパチしていたのは彼女の親世代だという。そして、その世代は獣たちとドンパチしていたせいか、過酷な樹海を開拓したせいか、既に生き残りはいないらしい。エルフは長生きだと言えど、病気や怪我をすれば普通に死ぬからな。


「ほら~御母堂もこう言ってるし~」

 頑ななヤオレシアも親の前ならただの駄々っ子に成り下がる。俺は我が意を得たりと言わんばかりにヤオに詰め寄る。

「ギルバンドラ様、青糸が一段ずれてますよ」

「スンマセン」

 ちょっと調子に乗ると俺はすぐ間違える。即座に腰を低くして、今通したばかりの糸を抜いてやり直す。糸の色ごとに込める魔力の質が違い、その組み合わせで複雑な効果を生み出しているから、一段でも間違うと魔術が破綻してしまうのだ。単純なのにややこしくてイライラする。


 隣では母に言われてヤオレシアが不貞腐れている。いい歳して、何歳なのかは知らんけど、母親に逆らえないのはいい気味だ。

 これは家族に押されればなんとかなるんじゃないかと、俺は隣で一緒に布を織っているムナとテオテムに言ってやれと視線を送った。

「おれも草原のけもの見てみたいな」

「あたしも森の外に出てみたいな」

 すごい良い子たち。視線の意図を正確に読み取って追い打ちをかけてくれる。ヤオレシアだって若いころは好奇心で森の外に行ったことがあるのだ。子供たちのこの台詞を無下にはできまい。


 俺とムナとテオテムにキラキラした眼を向けられて、ヤオレシアは眉間だけでなく鼻っ柱にまで皺を寄せているけど、何も言えない。メリニシアとレレイルはそんな俺たちの会話なんてぜんぜん興味ない様子で、超スピードで機織りを続けていた。

「……やつらが頭を下げてくるなら口を聞いてやらんでもない」

 ヤオレシアは悩みに悩んでザランと同じことを言いやがった。やっぱりこいつらは気が合うに違いない。俺は深い深い溜息を吐いたが、メリニシアさんに小突かれて機織りを再開する。作業の手が止まってましたスンマセン。


 結局、俺の悩みは解決しないまま、ハンカチくらいの布だけは完成した。

 子供たちのと比べても俺の布はガタガタで模様も汚い。ただ、込められた魔力は一番大きくて、ちょっとした魔王級アイテムが出来上がってしまった。この汚い布何に使おう。

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