36.
しょうがないので、俺はダークエルフの方から話し合いを勧めてみることにした。こちらの方が脳筋の獣たちよりも会話ができるかもしれない。
しかし、俺の目論見は甘かった。
「草原の獣とは、とかく粗野で乱暴で手あたり次第に襲い掛かる狂暴な野獣なのだろう」
樹海に遊びに行って、草原の獣たちの印象を率直に訊いてみれば、とにかく酷い思われようだった。ヤオレシアの眉間に寄った皺の数が尋常じゃない。
今日はダークエルフたちが日常でよく使う素材を知りたいと言えば、ムナとテオテムが家にある加工前の素材を見せてくれた。たぶんヤオレシアの傍にいたからムナとテオテムだと思う。他所の子だったらどうしようと思って名前は呼べていない。ダークエルフの見分けはまだつかない。
「いや、そこまででは……」
ヤオレシアの発言を俺は完全に否定することはできなかった。草原地帯の獣たちは割と統制の取れた群ではあるのだが、粗野で乱暴なところはまったく否定できない。
なにせ、草原地帯の住人は半分くらい獣人はいるが、ザラン含め半分は四足歩行の獣なのだ。基本的には狩りと昼寝とじゃれ合いという名の乱闘ばかりしている。
最近は、家畜探しと畑作りという仕事を与えたから、真面目に働いている時もあるけれど、獣の本能は変えられない。草原でごろ寝している連中はダークエルフから見れば野獣でしかないのだろう。
子供たちが床に素材を並べて一個づつ説明してくれる。乾燥させた木片とか、木の皮とか葉っぱとか、基本的に前世でも見慣れた素材が多いけど、中には俺の頭くらいの大きさのダンゴムシの死骸とか、俺の腕よりも長いトンボの羽らしきものもあって、やっぱりここも魔界なんだなと思い知る。
「獣だけでなく、森の外に住む連中はすぐに争い合おうとするから嫌いだ」
ヤオレシアは相変わらず渋い顔をしているけれど、この顔はもしかすると飲んでる茶が苦いせいかもしれない。
俺も出されたから飲んでいるが、すごく苦い。コーヒーみたいな苦みではなく渋茶だ。昼間は眠気覚ましに良いというが、俺もヤオと揃って渋い顔になる。
しかし、今の発言はなかなか気になる。俺はガキンチョに立派な虫の死骸を押し付けられながら、ヤオレシアを振り返った。ちなみにこの虫の死骸は粉にして水を混ぜると粘土みたいになるらしい。わかったから押し付けるのはやめてほしい。
「ヤオは森から出たことあんの?」
「トト、お外でたことあるの?」
「お外どんなとこなのトト」
俺に虫を押し付けていた子供たちも興味津々だ。やはりこの二人はヤオレシアの子供のムナとテオテムだった。よかった。どっちがどっちなのかはわからないけれど。
ヤオレシアは子供たちにもキラキラした眼差しを向けられ、居心地悪そうに咳払いをしてからもごもご話し出した。
「若いころな、一歩進むごとに喧嘩を売られた、あいつらは森の虫と同レベルだ」
どうやら、ヤオレシアは若者らしい好奇心で旅をしてみたことがあるらしい。そして、どこへ行ってもガラの悪い魔物に喧嘩を吹っ掛けられてうんざりして樹海に戻ったという。今のヤオレシアも充分ガラの悪い顔をしているから、同族嫌悪のようにも思える。
こいつの若いころが何百年前かは知らないが、昔の魔界って本当に治安悪かったんだな。
今も治安が良いわけじゃないけど、俺が相撲を流行らせたおかげで殺し合いは少なくなった。一歩進むごとに相撲を挑まれるだけだ。やっぱり治安悪いな。
「その中でも戦闘バカが草原の獣だ、私の見た目だけで弱いと思い込んで馬鹿にしてくる、魔法を使えばズルだなんだと言いがかりをつけて、素手で殴り合うしか能がないケダモノだ」
忌ま忌まし気に話すヤオレシアだが、獣に対して「このケダモノめ」と言うのは悪口になるのかわからない。あとガキンチョどもをちょっと止めてほしい。父親の愚痴は早々に飽きて、俺に素材の説明をする方がよっぽど楽しいのか、さっきからどっちを向いても顔面に虫だの葉っぱだのを押し付けてくるのだ。素材の説明に素材を押し付ける必要はない。
今では戦闘バカと言えば草原の獣より森林のオーガの方がより酷いと思うけれど、森林地帯は樹海から遠いから、ヤオレシアはオーガに会ったことがないのかもしれない。
それにしても、一族の中での偏見は薄れつつあっても、長がこうも嫌っていると、他のダークエルフも歩み寄るのは難しいだろう。
「でも、草原奪われたって話だけど、今でも取り返したいと思ってんのか?」
俺は訊ねながら、実力行使に出て子供たちを押さえつけた。最強の魔王様なので、例え体格は相手の方がちょっと大きくても片手で一人ずつ押さえつけるのなんて楽勝だ。愚かなガキどもは俺の腕にじゃれ付いてキャッキャッと笑っている。ヤオレシアも微笑まし気な顔をするな、お父さんか。お父さんだったわ。
「ふん、今では樹海こそ我らが故郷、草原なんて何もないところ知能の低い獣どもにくれてやるわ」
縄張り争いする気がないのは何よりだが、和解する気が欠片もないのは頭が痛い。
俺はまだまだじゃれてくる子供たちを適当にいなして、苦い茶を啜って考え込んだ。
ダークエルフたちにいつまでも樹海に引き籠ってもらうわけにいかない。こいつらの技術は魔界文明化に必要だ。それに、他の連中がいつまでも樹海に入れないままでも困る。樹海は資源の宝庫なのだ。
「どうしたもんかいのう……」
やっぱり交渉素人に民族融和の仲介なんぞ、そうそう簡単にできるわけがなかった。
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