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35.

 翌日、樹海を出て草原に戻った俺は、さっそくザランたちにダークエルフとの因縁を聞いてみた。

 そして大いに首を傾げた。


「ダークエルフどもは我らが先祖から森を奪ったのだ」


 もの凄く殺気立った顔で語るのはザランだ。でも、相変わらず陽当たりのいい場所に寝っ転がっている。これがボスの仕事と言えど、他の獣たちは働いているのに良い気なもんだ。

「森の魔力で小賢しい罠を作り獣人を狩ったのです」

 ガルドも嫌な顔をしている。こちらは収穫物の集計と収穫した場所をまとめているそうだ。


 紙なんて立派なものはないので、俺への報告書は大きな葉っぱとか獣の皮とかにスミや樹液で書いたものだ。それも数を集めるのが結構大変だから、報告書にまとめる前なんか地面に木の棒で覚書をしている状況だ。

 今もガルドたちは地面に草原地帯の凡その地図を描いて、どこで何がとれたとか、どれくらいあったとか、報告会をしている。大真面目に仕事をしてくれているのだが、隣で大きな猫ことザランが寝転がっているし、獣の子供たちも遊び回っているせいで、地面に絵を描いて遊んでいるような絵面になってしまっている。


 それはともかくも、おかしい。

 ダークエルフの方では獣に草原を奪われたと言い伝えられていたのに、獣の方ではダークエルフに森を奪われたと伝わっている。


 俺は適当に植えたら成ったという木の実を齧りながらムムムと頭を捻った。木の実は酸っぱいリンゴみたいな味で、育てられそうなら増やしてもいいが、品種改良ってどうやるんだろうか。

「実際にダークエルフが草原の獣を狩るのを見たやつはいるのか?」

 忌ま忌まし気な顔をするザランや獣人たちが嘘を吐いているようには見えないが、俺が訊ねればどいつもこいつもキョトンとした。


「さあ? 大昔のことだから……」

「やつらは陰険だから森から出ないのです」

「俺はダークエルフを見たことないな」

 誰の意見もふんわりぼやぼやしている。最初の殺気立った雰囲気は何だったのか。報告会の小休止のつもりか、みんなでリンゴみたいな木の実を齧ってただのお喋りになっている。そして木の実が酸っぱいのでみんな酸っぱい顔になっている。


「つまり、おまえらの知る限りダークエルフに狩られた同胞はいないんだな」

 念押しで確認すれば、獣たちは互いに顔を見合わせ、言われてみればその通りだなと首を傾げている。なんなら、この言い伝えがいつどこから伝えられたものなのかも、誰も知らない様子だ。

 なんだかな~と考えながら、ザランの上に乗って頭をわしゃわしゃ撫でていたら、ごろりと転がって腹を出してきたので、転げ落ちた俺は再度ザランの腹によじ登って胸のフワフワ毛を撫でてやる。ゴロゴロと喉を鳴らしているから、ザランも顔こそ恨めし気だが機嫌は悪くないようだ。


 こいつらもダークエルフも同じだ。昔々には争い合っていたことがあるのかもしれないが、今では実際に互いのことをちゃんと見たこともない。記録を残すような手段もないから、昔の因縁の詳細を覚えているやつもおらず、言い伝えだけで相手に悪い印象を持っている。


 民族間の因縁というとなんだか重たい印象だったが、今日が随分天気が良いせいだろうか、ポカポカ陽気の草原で駄弁っている獣たちと話していると、別に問題らしい問題でもない気がしてくる。ザランの胸毛はいつも通りフワフワだ。

 大昔にどれほどの殺し合いがあったかはわからないが、そもそもここは魔界、常日頃から食べるためや縄張りを護るために殺し合いをしている世界だ。それでも、恨みや憎しみで殺し合うことは起きていない。

 思い込みと偏見だけで憎みあうなんて馬鹿馬鹿しい。さっさと勘違いを解消するべきだ。


 俺はザランの上から飛び下りて獣たちを見回した。

「おまえら森を奪われたって言うけど、今の草原の生活より森で暮らしたいって思ってんのか?」

 いつの間にか岩場の雑魚どもも集まってきている。草原地帯は上下関係がハッキリしているから、岩場の雑魚どもに食い物が回ってくるのは一番最後だ。でも群を重んじる獣は下っ端にも食い物を分け与える。今度は雑魚どもが酸っぱい顔をする番だった。やはり品種改良の仕方は考えるべきだろう。


 既にオヤツを食べ終わっている獣たちは仕事に戻っている。意外と真面目な連中だが、仕事と言っても木の実を数えるとか、地面に図を描くとか、どうにも絵面がお遊びに見えてしまうのはもうしょうがない。

「別に……草原は暮らしやすいし」

「森で暮らしたことないからわかんない」

「草原は獲物にも水にも困らないですし」

「畑造るのも楽しくなってきたしな」

 獣たちはケロッとしている。やはり、昔々の因縁はあるけれど、今の世代は直接的にダークエルフへ恨み辛みがあるわけではない。これと言って特に思うところもないらしい。


 これなら溝を埋めるのも簡単そうだ。と思ったけれど、別の意味で面倒臭いことがあった。

「あんな薄暗くて気味の悪い森に住みたいと思わないよな」

「やっぱりダークエルフは陰険で小賢しいんだろうな」

「ちょっと見たことあるけどひょろひょろで弱そうだったぜ」

 ケラケラと笑い合う獣たちはまるきりチンピラだ。やっていることは公園の幼児みたいなのに、ガラの悪いことこの上ない。岩場の雑魚どもはこれだけで震え上がっている。


 そうだった。魔界は弱肉強食、とにかく強いやつが偉いし正しい。弱いことは悪いこと、殺されても仕方がないことなのだ。ダークエルフみたいに隠れ住むという生き方は、魔界では弱いやつのやることと思われる。

 ダークエルフは見るからにプライド高そうだったし、こんな見下した獣どもと仲良くするのは難しいだろう。


 だが、獣はボスが絶対、つまりはザランさえ説得できれば問題は解決するというお手軽なところがある。

 振り返ってザランと部下の教育について話し合おうと思ったが、後ろで毛繕いを始めていたザランは妙に上機嫌だ。

「ムハハハハ!! やはり草原で堂々と生きている我ら獣が最も気高いのだ!!」


 駄目だこりゃ。まだ戦ってもいないのにこの脳筋猫めが。大股開いて毛繕いしながら勝利宣言とは、最高に舐め腐った態度だ。ヤオレシアなどが目撃していれば頭の血管を全部ブチギレさせただろう。俺は遠い目になった。

 思い込みと偏見だけで蔑むなんて馬鹿馬鹿しいけれど、俺は前世で人間の歴史を学んだので知っている。こういう思い込みはしつこい油汚れのように落ちにくいものなのだ。

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