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34.

「蜘蛛糸用の機織り機は大きくて家には置けん、染色工房の奥にある」

 向かい側で木片を削っているヤオレシアが教えてくれた。灯りが焚火しかなくても向かい側の暗がりにいるヤオレシアは見えるけれど、手元で何を作っているのかはわからない。

 彫刻用の細いナイフは虫の角を研いで作ったらしい。角の長さからしてそれほど大きな虫ではないようだが、切れ味は頗る良い。たぶん人の腕とか簡単にちょん切る虫だ。


「へえ、でも普段使いの布も大きくした方が、服とか作りやすいんじゃないか?」

「そりゃあ草糸を長くするのが面倒なんですよ」

「あ、なるほど」


 言われてみれば単純な話だった。

 植物の糸は植物の長さだけしか作れない。前世だと植物の繊維をフワフワになるまでほぐして依って糸を作っているのを見たことがるけど、ここではそこまでするのが面倒だから、乾燥した植物の茎を叩いて裂いたものをそのまま使っているらしい。

 今作っているのは敷布を補強するための布だから、粗い糸でもいいのだ。服を作る時はもう少し手間をかけて糸から丁寧に作るのだそうだ。


「蜘蛛糸の布は縫い目が多いと染めの効果が弱くなるからな、大きな布が必要なんだ」

 こちらもちゃんと理由があった。でもやっぱり、工房にある機織り機も家庭用を大きくしただけの単純な物らしい。

 機織り機と言えば、足でレバーを踏んでギッタンバッタン布を作っているイメージだった。産業革命の時代みたいな機械化は無理でも、足踏み式の機織り機なら結構古くから使われてたと思うし、魔界でも作れるのではないだろうか。


 まあ、俺もどういう仕組みなのかぜんぜん知らんから、今すぐ作るのは無理だ。


 でも、いずれは大きな機織り機を作って布を量産したい。文化的な生活をするからには、みんなまずは服を着るべきだ。いつまでも野外に雑魚寝するのも文化的じゃないから、家を建てれば布団だってカーテンだって必要である。

 だがしかし、今のままでは夢のまた夢だ。

 魔界の中ではダントツに文化的な生活をしているダークエルフだって、ベッドは葉っぱを積んだ上に布をかけただけだった。俺はお客様用ベッドだからまだ寝心地を考慮されているけれど、家族だけなら囲炉裏の周りに御座を敷いて雑魚寝もあるという。


 文明化の道は遠い。ぜんぜんわからないことは考えてもしょうがないから、コツコツと目の前の問題から片付けていくしかない。


 俺は大人連中が内職に集中しているうちに、玩具で遊んでいた子供たちに近付いた。

 ヤオレシアの子供たちと末の妹は、俺よりも背は高いけれど、この村ではまだ小学生とか幼稚園児くらいの扱いだ。

「なあなあ、おまえらって草原の獣と仲悪いの?」

 素朴な木彫りの動物で遊んでいた子供らがキョトンとする。この玩具はきっとヤオレシアか嫁が作ったのだろう。彼らは今も木片を削って何か作っている。生活雑貨は夫婦で合作するのがダークエルフの伝統なのだろうか。


「草原行ったことない、ジジが森から出ちゃダメだって」

「ババも言ってた、恐い獣がいるから食べられちゃうんだよ」

 ヤオレシアの子供たちはそう言うけれど、特に恐がっている様子はない。


 二人はムナとテオテムという名前だったが、もうどっちがどっちだかわからない。同じような髪型に同じくらいの身長で、どちらもご両親にそっくりだ。ご両親もまたご両親にそっくりだし、もう本当にみんな区別がつかない。娘と息子と紹介されたけど名前ですら性別がわからない。


「食われたやついるのか?」

「知らない」

「わかんない」

 子供たちに聞いても要領を得ない。大人に訊くよりは忌憚のない意見が聞けるかと思ったが、センシティブなことは子供には教えていないのかもしれない。

 それにしても、草原地帯の獣だったらダークエルフも食べそうな気がする。弱いやつはみんな餌だと思っているからな。昔本当に捕食されていたから森に引き籠ったというなら、禍根はなかなか深そうだ。


「大人の常套句なんです」

 俺たちの会話を黙って聞いていたヤオレシアの妹のレレイルが口を開いた。彼女は子供組の中ではお姉さんだ。子供の中でも少しだけ背が高いからまだ区別がつく。

「悪いことしたら草原に捨てるぞとか、夜更かしすると草原の獣に食べられるぞとか」

「ああ……」


 なるほど、そう言う子供の躾のための脅しは古今東西どこにでもある。この村の子供たちは樹海から出たことがないようだから、よくわからない草原の獣たちは丁度良い脅しの材料になっているのだろう。

 そうなると、草原の獣は伝説の魔獣みたいな扱いになっていて、実害らしい実害は伝えられていないのかもしれない。ならばお互い嫌い合っている原因はどこにあるのだろう。


「大昔のことだから私も詳しく知らないですけど、トト様カカ様の親の代で、ダークエルフは獣に草原を奪われて森に住むようになったんだって」

「なーるほどねー」

 大昔の遺恨でずーっと恨みっぱなしということか。でも、大昔のことだから、若い子たちは獣への恨みはあまりピンと来ていないようだ。


 これくらい薄れているのなら、話し合いでどうにか和解することもできるかもしれない。

 草原に帰ったら獣たちにも話を聞いて、俺が仲介して会談の場でも設けよう。民族間の休戦協定とか何すりゃいいのかわからないけど、子分たちの喧嘩の仲裁くらいに考えれば何とか出来るだろう。


 俺は今後のことを考えながら、ついでだから子供たちと一緒に遊んだ。なんか、ここでは俺も子供組に入ってるっぽいし、見た目だけなら悔しいかな誰よりも子供だしな。

 ヤオレシア作だという木製のカブトムシはかなり精巧に作られている。角が二本あるけどたぶんカブトムシだろう。


 どうにかダークエルフを森から連れ出せれば、沼地の連中と共同で工芸品をレベルアップさせることができるかもしれない。オーガたちも身体の形は凡そ同じだから、ダークエルフの服作りは森林地帯でも通用するだろう。草原の獣の毛を使って毛糸みたいなものも作れるかもしれない。

 俺に知識がないのなら子分たちに考えさせればいい。何も魔界の開拓は俺一人でするもんじゃない。


 俺と子供たちとのカブトムシ対巨大謎トカゲ頂上決戦は大いに盛り上がって、ヤオレシアに煩いと怒られるまで続いた。やっぱりヤオも俺のことガキだと思ってるな絶対。

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― 新着の感想 ―
そこに混じって遊べるのはわりかしガキなのでは…?笑
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