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32.

 本当にただの布切れだから、ヤオレシアが身に着けている高級そうな羽織と同じ素材だとは思えないけれど、言われてみればただの麻布よりも上等な布ではある。でも、布の丈夫さは魔法がかかっているせいだと思っていた。


「とても古い品ですね、製糸や染色を研究し始めた頃のものでしょう」

「魔法は染料の定着のためだけにかかっているようです、染色を始めたころは定着剤がなく、魔法で無理矢理止めていたと聞きます」

 染色職人たちも俺の一張羅をしげしげ観察する。俺が魔法のおかげだと思っていた防水防雨加工は、実は毒染めの効果で、その毒の効果を止めるためにだけ魔法が使われていたらしい。


 ぜんぜん気付かなかった。魔王として恥ずかしい。


 言い訳をすると、だってすごく古いものだったから、魔法も染料の効果も完全に布に馴染んでいて、詳しく鑑定しないと判別できなかったのだ。こんなボロ布わざわざ調べようなんて思わないだろ普通。


 俺がブスッとしている間、顎に手を当てて考え込んでいたヤオレシアが口を開いた。

「千年以上も昔、先代の魔王に衣服を献上したと聞いたことがある、これはその残骸ではあるまいか」

 ダークエルフでも流石に千年生きるやつはいないらしいが、長生きだから大昔の出来事も伝聞で残っている。


 このボロ布は正真正銘ボロ布だったようだ。

 魔王の衣服がこんな端切れしか残っていないんかい、とツッコミを入れたいけれど、碌な保管場所もないのに布切れだけでも残ったのは、流石ダークエルフ自慢の糸と染料だと褒めるところかもしれない。


「ふむ、先代から継承した品というのなら粗末には扱えまい」

「いや、ちゃんとした服あるならこんなボロ布いらん」


 厳格な顔をするヤオレシアに、俺は軽く言い返した。

 先代魔王の持ち物だったということも、今の今まで知らなかったのだ。来歴がわかったところで、俺にとってこの布はただのボロ布に変わりない。

「そうか、ならば用意した物は無駄にならなそうだな」

「用意した物?」

 ヤオレシアも別に持ち主に拘りがないのならどうでもいいらしく、ケロッと態度を改めた。こいつにとっても先代魔王なんて生まれる前の話だ。伝説の存在でしかないのだろう。


「礼の品を用意すると言っただろう、できているか?」

 得意げな顔でヤオレシアが部下に声をかけると、染色職人たちもすぐさま奥から行李を運んできた。

「前回来た時も、困窮した顔で私の服を羨んでいただろう」

 ヤオレシアの憐れむような視線は気になったが、俺はとりあえず前に置かれた行李を開けてみた。


 中身は衣服一式だった。


「おお~、俺の服か!」


 民族衣装みたいなダークエルフたちの服とは違う。シンプルなシャツとズボンだ。

 真っ黒いシャツは襟元を紐で閉めるタイプ、同色のズボンも腰で紐を結ぶ形だ。伸縮性のある布やゴムがないから紐で固定するしかないのだろうが、どちらもかなり大きめに作られているし、紐ならば調整が効くから、俺の体格が変わることもある程度考慮されているのだろう。

 同じく真っ黒い靴も横に添えられた。


「どれも蜘蛛糸の毒染め? 靴も?」

「当然だ、防水と体温保持、それに防火の効果もある」

 高い鼻を更に高くしてヤオレシアが得意気に笑う。特殊効果の選択も適格だ。


 俺は俺自身の身体が世界最強と言っていいので、装備で防御する必要がない。しかし、いくら強くても暑いもんは暑いし寒いもんは寒いし、水や火は結界無くして防げない。

 体温保持というなら、どんな環境でも体温を一定に保てるのだろう。暑いとこも寒いとこもへっちゃらだ。防火は蜘蛛糸の弱点を補うために付与したのだろうが、防水の効果は嬉しい。汚れも付きにくそうだ。


「靴は蜘蛛糸の布を何枚も重ねたものです、靴底には耐物理効果も追加しています」

「もう少し時間があれば、刺繍を施して他の効果も追加できるのですが」

 染色の作業員たちが服の作成もしたらしい。ヤオレシアの羽織ものがやたらと細かい刺繍に覆われているのは、お洒落のためだけじゃなく、毒染めされた糸を重ねて効果を増大させているそうだ。


 確かに、魔王よりも一村長の方が立派な服を着ているのはどうかと思うが、俺は存在が最強だから、着る物があるというだけで充分なのだ。靴は底がフカフカで履き心地も考慮されているので完璧だ。

「いいよいいよ、地味なくらいが丁度よかった」


 俺はさっそくその場で着替えてみる。常に素っ裸の魔獣たちと生活しているから気にしていなかったけれど、ダークエルフたちはちゃんと着替え中は後ろを向いてくれていた。

 サイズはやはり少し大きいけれど、シャツは大人サイズの半袖だから、俺が着ると七分袖くらいだ。ズボンは裾を捲れば動くには問題ない。靴は驚きのピッタリサイズだったが、前回来た時の足跡を計ったらしい。


 俺はようやく衣服を手に入れた。

 全身黒尽くめで地味というか、カラスみたいな出で立ちになったが、魔王は黒というイメージだし、ラーヴァナイトの首飾りともピッタリだ。

「ありがとう! 気に入った」

 とてもありがたい。まともな服はずっとほしかったのだ。

 最初は毛皮の腰巻からスタートだろうと諦めていたが、いきなり上等な布の服が手に入るなんて僥倖だ。


 でも、一つこれだけは言っておかなければいけない。


「俺は困窮してないからな」


 確かに服や敷物には興味深々だったけど、それは文化的な生活に興味津々だったわけで、物欲しげに見ていたことは一度もない。こちとら魔王様だぞ。着る物がなくても生きるに困ることはない魔王様だぞ。


 ジト目で睨んでもヤオレシアはどこ吹く風だ。こういう時、身長がないと威厳が出ないのは悔しい。

「そうだったのか、みすぼらしい格好で情けない顔をしているからてっきり……」

「下がり眉は地顔だ」

 みすぼらしい格好は否定できないが、素っ裸じゃなかっただけ魔物たちよりはちゃんとしていただろう。

 ヤオレシアからは会った時から呆れたような視線を感じていたが、まさか裸の大将みたいに思われていたなんて、やっぱり服装は大事なんだな。

祝!服着た!


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