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31.

「粘液も強化剤として使えます」

 一仕事終えた作業員がバケツの中を見せてくれた。

 中身は透明で一目ではわからないけれど、バケツを傾けると底の方に水ではない物が溜まっているのがわかる。透明なスライムか水飴みたいなものだ。


 バケツの方に溜めた粘液は、今は乾燥しないように水の中に落としているが、後で水と分離させてニスのように使うらしい。

 木材や布の表面に塗ると頑丈になる。防水効果もあるから家の外壁や磨り橋などの木材にほとんど全て塗られているし、雨具や水袋にも使える。ただ、熱には弱いから火を近づけると溶けてしまうそうだ。本当に前世で言うところのニスにそっくりな素材だ。


 だから、蜘蛛糸も火に弱いということになるが、そもそも糸とは火に弱い物だから、糸を火の中で使おうなんて考えるやつはいない。

 それに、蜘蛛糸は火以外には非常に強いそうだ。

 前世では絹糸は美しいけど繊細で、手入れが非常に面倒臭い高級素材だったと思うが、キヌ蜘蛛の糸はツヤツヤで美しい上に丈夫だから、戦闘員の防具やマントにも使われている。


 更に染色によって特殊効果も付与しているらしい。

 次は隣の染色工房へ向かう。


 毒染めとは、その名の通り植物の毒でキヌ蜘蛛の糸を染める技術だそうだ。

「いいか、この中にあるものはほとんど毒だ、迂闊に触るなよ」

 糸摘み工房と染色工房は、村と同じく吊り橋状の回廊で繋がっている。回廊を渡る間中、ヤオレシアは念を押すように何度も注意してきた。

 糸摘み工房は蜘蛛がたくさんいて気持ち悪いだけで危険はなかったが、染織工房は非常に危険だ。だから村とは別の結界に工房を作っているのだ。

 あと、やっぱりダークエルフたちも、害がなくても居住区が虫だらけになるのは嫌なのだ。


 また二重扉の間でバサバサとゴミを落とされて、更に口元を布で覆われてから、工房の中に入った。


「おお~」


 今度は歓声を上げてしまった。

 工房の中は、天井を覆い尽くすように色とりどりの糸束が吊るされている。さっきの気味の悪い虫の群生とはぜんぜん違う綺麗な光景だ。


 しかし、床には壺や桶が並んでいて、中身は明らかに毒々しい色をしている。中には禍々しい魔力を湛えたものもあって、口を酸っぱくして触るなと言われた意味が実感できる。

「あちらで乾燥しているのが全て毒草です」

 指さされた方には壁一面に棚が並んでいる。支柱の木材以外は網になっていて、その上に草や花が並べられていた。

 ドライフラワーは吊るして乾燥させるものだと思っていたが、これらは完全に乾燥させるのではなく、余計な水分を抜いているだけなのだという。どうせ潰して使うから形を綺麗に保つ必要もない。


 乾燥させた草花を種類ごとに磨り潰したり、煮たり焼いたり、中には魔法で凍らせたり風に当てたり霧に当てたりして、毒と色素を分離させる、または毒を中和して染料にするわけだ。

 何故、危険な毒草をわざわざ使うかというと、毒によって特殊効果が得られるからだ。あと、この樹海に生息する植物がほぼ毒を持っているからだった。

 毒と薬は表裏一体というけれど、ダークエルフたちはこの毒と狂暴な虫ばかりの樹海で、どうにか生きていく方法を模索してきた結果、辿り着いたのが蜘蛛糸と毒染めだったわけだ。


 あの美味しくなかった御馳走も、実は毒草を掛け合わせて毒を中和して食べられるようにしているらしい。安全に食べられるようにすることに注力しているから、味が二の次になっているようだ。

「これが調合見本です」

 見せられたのは薄い木の板で、そこに毒草の絵と実際に染められた糸の見本が張り付いている。糸の下には硬いとか強いとか温かいとか冷たいとか、おそらく染めの効能が記されている。


 ダークエルフが使っている文字も他の魔物と同じだから、簡単なことしか記録できないけれど、いくつかの効能の横には数字を表す記号もあって、効能の度合いなども出来る限り細かく記録されているようだ。

 そんな板が工房の隅にはたくさん立てかけられていた。随分古びているものもあるから、ダークエルフたちが永い間この毒染めの研究をしていることが伺える。


「すごいな、毒染めした布は肌に触れても影響ないのか?」

「効能だけを残し無毒化しているから問題はない、赤子の産着にも使っている」

 ヤオレシアが自信満々に言うから本当なのだろう。ダークエルフは長命だというから、長期間の使用にも耐えられると考えて間違いないはず。


「他の生き物に影響がないかの研究はあまりできてませんが」

「濡れたり高熱に晒されると効果が変化するものもあるので、物によっては扱いに注意が必要です」

「あとは単純に何度も洗うと色落ちします、そうすると効果も薄れますが、蜘蛛糸ならば非常に色持ちが良いです」

 工房で染色に勤しんでた連中がわらわらと集まってくる。ダークエルフたちはかなり閉鎖的な暮らしをしていたようだから、仲間以外に自分たちの研究成果を自慢できる機会に飢えていたのだろう。


 毒染めは植物性の糸などでも出来るけれど、効果が出なかったり薄かったり、なんなら糸が毒染めに耐えられないということも起こるそうだ。

 その点、蜘蛛糸ならどんな毒にも耐えられるし、効果の持続性も圧倒的に高いという。蜘蛛糸の唯一の弱点である熱も、毒染めで防火や耐熱の効果を付与することで補うことができる。


 ただ、キヌ蜘蛛から糸を採取するのも、毒染めをするのも、長い修業期間を要する職人技なので、生産量は限られてくる。

 だから、ダークエルフの中でも蜘蛛糸毒染めの一枚布なんて最高級品だ。普段使いの物なら、麻布に毒染めした蜘蛛糸で刺繍を施し、多少の特殊効果を付与するくらいがせいぜいだ。


「そもそも、最初から気になっていたが、おまえの着ている襤褸切れも我らが作った物だろう」


「え? そうなの?」


 俺はずっと身に着けていた布を改めて見下ろした。

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