29.
さて、今日は初めて樹海へ入った日から三日経った。つまりはダークエルフが宴をすると言っていた日だ。
俺は意気揚々と一人で樹海を歩いていた。獣たちは連れて来てもダークエルフの村へは入らないから待ちぼうけさせるだけだし、何らかの因縁があるみたいだから、今日は連れて来なかった。
樹海の中は最初に入った時よりは落ち着いていた。特に虫系の魔物が襲ってこない。
前回遠目で睨みあっただけの虫の王が俺を魔王と認めてくれたのかもしれない。次会った時は金色の触手などを伸ばされるような気がするから、出来れば二度と遭遇したくなかった。
それでも、まったく知能がなさそうな小さい虫とか植物系の魔物は襲ってくる。俺の敵ではないけれど、やはり自力で結界を張れないやつらにとっては、樹海は危険極まりない場所だろう。
樹海の向こう側に人間の住む世界があるらしいが、完全に魔界と隔てられているのも樹海のおかげだ。
しばらく歩けばダークエルフの村が見えてきた。実際には見えない。相変わらず完璧な結界に覆い隠されている。
でも、一回来たことのある俺には通じないし、方向感覚が狂う樹海でも迷うこともない。
俺が村に入る前に、結界に近付いた時点で中からダークエルフたちが出てきた。
「ようこそおいでくださいました」
「宴の準備は整っております、どうぞこちらへ」
各段に扱いが変わった。完全に俺は王侯貴族扱いだ。前世でも今世でも王侯貴族の扱いなんて知らないけど。
俺は気分良くふんぞり返って入村した。村の中でも俺を警戒する者は居らず、子供たちなんて手を振ってくれるから俺もヘラヘラと手を振り返す。民に親しまれる魔王を目指したい第一歩だ。
前と同じように一番高いところにある村長の家まで案内される。家の前ではヤオレシアが膝をついて待ち構えていた。
前回よりも華やかな羽織を着ていて、相変わらず布一枚の俺とはえらい違いだ。いいや、俺だって今日は首飾りを付けているので布一枚じゃない。
「魔王ギルバンドラ様、ようこそおいでくださいました、御礼が遅れ申し訳ございません、我が村をお救いくださったこと感謝申し上げます、以前のご来訪では無礼な態度をとってしまったことお詫びいたします、お許しくださいませ」
流れるように挨拶と感謝と謝罪を述べられて、俺はたじたじだ。ただでさえヤオレシアの方が背が高いし、無暗に顔がよくて輝かんばかりの存在感だから、丁寧な態度をとられると逆に威圧感が増す。
「おお、いいよ別に、村が助かってよかったし、そんな仰々しくしなくていいから」
こいつも一族の長だし嫌味でやっているわけではないだろうが、俺の方が居心地が悪い。さっきまではふんぞり返っていたけど、俺は生まれは魔王だが根が庶民なので、本気で「面を上げよ」なんて言える性分ではないのだ。
「そうか、では従おう」
切り替え早。
ヤオレシアは俺に言われた途端にすっくと立ち上がって、前回の高飛車そうな態度に戻り、さっさと家の中へ入ってしまう。やはりさっきのしおらしい口上はただのポーズだったのか。
しかし、家の中では先に座らずに、自ら俺用の座布団を用意して待っているから、たぶん俺を魔王と認めてもてなす気はあるのだろう。
まあ、ザランだってクーランだって一応は敬語っぽい口調を使うけれど、態度はかなりフランクだ。クーランなんて俺のことを相撲友達くらいにしか思っていない節があるし、シクランも態度こそ丁寧だが形式ばったことはしない。ガンギランは、ほとんど動かないからよくわからない。
だから、今更ヤオレシアの態度に文句なんて言わない。舐められてさえいなければ、日頃の行いにいちいち目くじら立てる気はないのだ。
俺は勧められるままに一段高いところに置かれた座布団に腰を下ろす。その隣の一団低いところにヤオレシアが座る。ダークエルフの作法なんて知らないけれど、ここが上座的なところなのだろう。
俺たちの前に向かい合う形でダークエルフが数名並んで座った。こいつらもきっと村長の側近とか、結構偉い立場なのだろう。なんとなく雛人形になった気分だ。
全員が着席すれば、テキパキと料理が並べられる。大皿にドーンではなく、一人ずつ膳に小皿が並べられて出てくる。すごくちゃんとした料理と食器類に俺は感動した。文明だ。すごい文明的だ。
「それでは一同、新たな王に感謝を」
ヤオレシアの言葉に座っているものも、後ろの方で立っている配膳係も、一斉に杯を上げた。
中身はお茶だったから、杯というより湯飲みだ。酒がなかったのは残念だが、お茶でも充分だ。植物を加工して食す文化があることが重要だ。
そして、肝心の料理の味は、良く言って薬膳みたいで健康には良さそう、悪く言えば薬っぽくて料理としては不味い。
味付けはやはり塩だけのようだ。スパイスっぽい味はあるのだが、味付けのためというより素材の味がそのまんまという感じで、つまりはほぼ草の味。青臭さと苦さとえぐみとよくわからない風味が有りのまま出ている。
ダークエルフたちを見ると、特に不満はなさそうだし、むしろ美味しそうに食べているから、ダークエルフの味覚だとこれは美味しいものなのかもしれない。
「お、おまえらは、いつもこうゆうの食べてるのか?」
「まさか、いつもは食べない」
恐る恐る訊ねてみれば、ヤオレシアがとんでもないと言うように首を振ったから、俺はちょっと安心した。
やはりこれは特別な時用の精進料理か、何らかの儀式料理のようなもので、食事というより、何かこう身を清める的な、力を高める的な、修行の一環として食べる薬みたいなものなのではないか。
と思い込もうとしていた俺に、一緒に食べていたダークエルフの連中が笑顔で答えてくれた。
「こんな御馳走は滅多に食べられません」
「いつもは干し肉とかイモばっかりです」
「このタタン蝶の幼虫は俺が獲ってきたんですよ」
「ギルバンドラ様のために皆張り切って食材を集めたのです」
薬どころか御馳走だった。やはりダークエルフの味覚ではこれはすごく美味しいらしい。俺はむしろ普段の干し肉とかイモとかの方がよかった。
ちなみにタタン蝶とは、樹海に生息する獰猛な魔物ヤマワニの巣穴近くに生息する虫型の魔物で、採取は難しいがその卵や幼虫は大変美味だという。
このスープに入っていた丸くてブヨブヨしているもの、足と目のようなものがあるけれど、きっと木の実だろうと言い聞かせて食べていたが、案の定虫だった。
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