28.
その途端にオーガたちがワイワイ集まってくる。強いやつの相撲は良い娯楽になっている。
俺は戦闘狂じゃないから毎度相撲するのは面倒臭い。でも、子分たちに力を示すためと、娯楽の提供も魔王の仕事と言えなくもないから、出来るだけ勝負を挑まれたら応じるようにはしている。だいたい勝負を挑んでくるのはクーランばかりなのだが。
「そう言って、ギルバンドラ様は負けたらもう一回って言い出すからな」
「うっさい、魔王が負けたまま帰れるかってんだ」
今度は俺が膨れっ面をして、クーランは苦笑する。普段のクーランなんてただの相撲馬鹿のくせに、土俵に立ったら一丁前に強者みたいな顔をする。
まあ、クーランが強者なのは間違いない。毎度クーランが俺に相撲を挑んでくるのは、ボスだからではなく一番強いからだ。
オーガどもは常日頃から相撲を取っている。その中で一番多く勝ったものが俺に挑めるというルールができているらしい。だから、たまにクーランじゃないやつが俺に挑んでくることもあるけれど、今のところ森林地帯での相撲相手は八割方クーランだ。森の王の名は伊達じゃない。
ちなみに俺の勝率は九割強、たまに負けるのはクーラン相手だけだ。負けてもすぐさま再戦するから常に勝ち越してはいるけれど、たぶん魔法禁止で戦ったら圧倒的にクーランの方が強いと思う。言わないけど。
なんやかんやオーガの相撲は俺の戦闘訓練にもなっている。初めは俺もギリギリ勝ててたけど、最近は結構格好付くようになってきた。
相変わらず審判はいない。開始の合図もない。俺とクーランは向かい合って睨みあって、ワイワイしていた周囲が息を飲んで鎮まり返った瞬間、ほぼ同時に飛び掛かった。
身体強化の魔法を使ってもスピードはクーランの方が若干早い。同じタイミングで踏み込んだのに、俺の方が土俵際に近いところで拳が合わさる。
クーランはいつも通り捨て身の攻撃型だから、防御なんて端から考えずに殴りかかってくる。
俺はやっぱり痛いのは嫌だから、耐物理結界を展開しつつ、相手の攻撃の隙を狙ってボディにダメージを与えることを重視する。でもクーランはとにかくタフだから、いくら殴ってもぜんぜん勢いが衰えない。たぶん骨折しているところもあるだろうに、心底楽しそうに殴るのを止めないのだから、戦闘狂恐い。
しかし、相手も阿呆じゃないから力押しだけでは終わらない。
クーランが片足を大きく振りかぶったのを見て、俺は回し蹴りを警戒して前面に耐物理結界を集中させる。クーランの蹴りは俺の結界でも防ぎきれない可能性がある。
だが、蹴りはフェイントだったらしい。結界が全面に集中することを予想していたクーランが、いつの間にか俺の背後に移動していた。
俺は完全に無防備な背中をとられた、と思わせといて、背後に火魔法で火炎放射をお見舞いする。後ろをとられてバックドロップのようにぶん投げられたのは、前回の俺の敗因だ。同じ技は通用しない。
でも、俺もクーランが炎にまかれている間に転がり逃げるのが精一杯だ。クーランは初回の時から炎をぜんぜん恐れないから、多少スピードが落ちただけで平気で飛び込んでくる。治癒魔法でどうにでもなるとは言え、焼け焦げながら笑っているのは本当に恐いからやめてほしい。
あと、毎度身に付けているものも焼けてしまうから、焼いているのは俺だけど、すっぽんぽんでも誰一人怯まない精神はどうにか矯正したい。
俺は転がって回避したから地面に倒れている状態、クーランは炎を飛び越えて上から降ってくる。明らかに俺が不利だ。
「もらったぁ!!」
勝利を確信したクーランの声に、観戦しているオーガたちも最高潮に盛り上がる。
だがしかし、これしきで負けるような俺ではないのだ。なにせこれは、相撲とは名ばかりの何でもありの大乱闘なのだから。
地面に触れている俺の手から岩が生える。大砲並みの早さと威力で伸びあがる岩を、クーランは空中にいるにも関わらず身を捩って寸前で回避した。だが、追い回すように次から次へと生えてくる岩に、跳ねながら後方へと跳び退けることしかできない。
そのうち、岩は生き物の触手のようにクーランの片足に絡みつき、その質量で足を握り潰した。
複雑骨折どころじゃなく、皮一枚で繋がっている状態だ。流石のクーランも痛みに顔を歪めているが、今は勝負中、俺は心配する前に片足で着地に失敗したクーランの横っ腹を蹴って土俵からはじき出した。
「今日も俺の勝ちだ」
俺は高らかに勝利宣言した、つもりだがゼイゼイ息を切らしているから格好は付かない。最近、俺も結構戦い慣れてきたと思っていたが、相撲に明け暮れているクーランだって上達するのだから、力量差はぜんぜん変わらない。
「負けたー!!」
クーランは清々しく負けを認めて大笑いしているが、片足が千切れかかっている状態で笑わないでほしい。本当にこの戦闘狂恐い。
俺は転がったまま起きないクーランに近付いて、治癒魔法で片足を蘇生してやる。オーガたちも治癒魔法は使えるけれど、四肢欠損を再生させるだけの力はないらしい。というか普通は身体の一部を生やすことはできないらしい。俺は普通に出来るけどね。
クーランの我が儘には付き合ってやったから、俺はそそくさと森林地帯を後にした。あそこは留まっていると際限なく相撲を挑まれる。一番強いやつが俺に挑めるというルールは最初だけで、後は特に順番がないガバガバルールなのだ。
あとは北西の山脈地帯だけど、巨人たちはとてものんびり屋だから、毎日顔を出しても特に進捗は変わらない。命じたのも魔王城の建築資材になりそうな岩の選定や、金属類の探索だから、今すぐ成果を上げられても俺の方にそれを利用する知識がない。
そもそも巨人は動いている時間より寝ている時間の方が多い。十日に一回でも赴けば充分だ。
今日はもう寝床になっている草原地帯へ帰ることにする。
「それにしても、やっぱり問題はノウハウの無さだな」
魔王は力だけじゃやってられない。そんな現実を痛感する毎日だった。
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