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26.

 本当は魔王らしく玉座にどーんと座って、子分たちから出向かせて会議するというのが理想だ。

 しかし、現状はまだ国家体制なんて欠片もないし、通信手段もないから、俺が自ら出向いて指示を出していくしかない。


 沼地は相変わらず霧に包まれて薄暗いし肌寒いし、足元はグチョグチョの泥道だ。俺は周囲を浮遊している火の玉やゴーストに倣って、フワフワ飛んで移動する。

 沼地はそもそも視界が悪い上に、独特の魔力溜まりがあるから迷いやすい。だから漂うように浮遊するゴーストの真似をしなくても、同じようにゆっくり飛ぶしかない。


 そんな俺の訪問に気付いてくれたのか、スケルトンたちが迎えに来てくれた。

「出迎えご苦労、シクランとこまで」

 タクシー感覚で頼んだが、乗り物なんてないから、俺は数体のスケルトンにわっしょいわっしょい持ち上げられて移動する。骨の手に身体を預けるのはちょっと痛いから、半分は自力で浮遊しているけれど、ただ漂うように飛ぶよりかは多少速く移動できる。


 シクランはいつも通り湖の畔の柳の木の下にいた。別に地縛霊ではないから移動することもできるらしいが、住み慣れたところが落ち着くらしい。

「よ」

「魔王様、ご機嫌麗しゅう」

 俺が適当に手を上げれば、シクランは恭しく頭を下げた。生前どこぞの貴族だったというから、こういう礼儀作法はちゃんとしている。いつの時代のかは知らないけど。

「進捗は?」

 俺も沼地での定位置になりつつある湖の畔の岩に腰かける。ここ意外にまともに座れそうなところがないのだ。

「こういう物でよろしいのでしょうか?」

 シクランが答えれば、ゾンビたちが俺の前に木箱を差し出して来た。その中には色々な雑貨が並んでいる。


 沼地の連中には石や骨で作る工芸品の製作を命じていた。

 ゾンビやゴーストは元が人間だから、こういう道具作りができるやつがいるという。

 それに沼地の魔力は独特で強い力を使うのは難しいが、弱い魔力なら使えるし、ゾンビやゴーストはシクランの眷属になった影響なのか、みんな多少の魔法が使える。ついでに、スケルトンも長く存在していると魔法が使えるようになるらしい。


 その上、意外にも沼地は工芸品の材料が豊富だった。

 じめじめしているおかげか死骸が分解されるのが速く、そこらに獣の骨がよく転がっている。他にも、独特な魔力の影響なのか、水晶のようなものや宝石みたいな石もよく取れるらしい。


 そして何より、沼地の連中は基本的に食事はいらないし睡眠もいらない。たまに、魔力を溜めるためにスリープモードみたいに突っ立って停止していることはあるけれど、そもそもが生きていないから、生き物に宿命づけられた生命維持のための時間と労力がほとんど必要ないのである。

 だから、すごく暇。一日の大半を沼地を徘徊するだけに費やしていたから、俺が有意義な作業を命じてやったのである。


「へえ、予想以上の出来」

 俺は箱の中の物を一つずつ摘まんでしげしげと眺める。細々した道具類ができればいいと思っていたけれど、沼地のやつらが作った物は俺が想像するよりも精巧で、ちゃんと使うことまで考えられていた。

 俺が作るように言ったのは、まずはスプーンやフォークなどのカトラリー、単純に俺が欲しかったから。後は針とかピンとか、カッターみたいな小さい刃物など、今後どこかで必要になりそうなものだ。

 それらは俺の要求以上の仕上がりで出来ていた。


 それ以外に、沼地の連中の実力とかセンスとかを知るために、テキトウに作りたいもの作ってみろと言っておいたが、こちらが俺の想像を遥かに超えていた。正直、舐めててスンマセンと言うべきかもしれない。

 作られたのは装飾品が多い。指輪や腕輪、それに細かいビーズもあって、紐に通せば様々な飾りができるだろう。基本的に材料がそこらの骨や石ばかりなので、色は白や灰色が多いけれど、色味がない分細かい彫刻で模様が描かれていて、腐肉をダラダラ引き摺っているゾンビが作ったとは思えない美しさだ。

 流石にカラーストーンはたくさん取れないようだが、たまに色のついた石なども綺麗にカットされている。石が小さい分台座の彫刻で補っていたり、プロのデザイナーが作ったような物も結構ある。


「すごい綺麗じゃん、本職のやついるの?」

「はい、細工職人や彫刻家だったものが、王族に宝飾品を献上したことのあるものもいます」

「へ~……」

 シクランは少女のような顔で自慢げに話す。王族から注文受けてたやつが末路は無縁仏だったと考えると、暗く汚くドロドロしたドラマが思い浮かぶから、俺は深く考えないようにした。

 これなら今後の現金収入にもなるのではないか。魔界は言わずもがな、人間界の文明レベルがどの程度かは知らないけれど、作れるものがいっぱいあるのはいいことだ。


「魔王様にはこちらを」

 そう言ってシクランが鶏の卵くらいの石を差し出してきた。

「ほ~綺麗……」

 綺麗な縦長の楕円形に整形されている石は、たぶん石だと思うけど、真っ黒なのに透明感があってガラスみたいにも見える。真っ黒だから光を通さないように思えるが、角度を変えると黒の中に赤や青がオーロラみたいに滲んで見えた。


「ラーヴァナイト、魔王石とも呼ばれている石の結晶が見つかりましたので、ギルバンドラ様に相応しいかと」


 シクランの老婆のような重々しい説明に、俺も機嫌がよくなった。魔王石、なんて中二病が擽られる名前だろうか。ラーヴァナって前世でも何かの神話にあった気がするけど、この世界と前世はどこか繋がりがあるのかもしれない。

 形はとてもシンプルで、楕円の上のとこに穴を開けて、荒縄みたいな紐が通されているだけだ。紐もよく見れば組紐みたいで編み方に意味があるのかもしれない。石の中央に簡単な記号が彫られている以外に、装飾らしい装飾はなかった。


「このマークは?」

「魔王の紋章を簡略化したものと伝わっています、元の紋章は失われてしまっていますが」

 確かに紋章としては単純すぎる記号だ。アスタリスクの縦線を伸ばしたような形に、上のところに角のようなものが付いている。

「ふーん……なんか、どっかで見たことあるような……」

 既視感があるのは俺が魔王だからなのか、それとも前世の記憶にあるのか、頭を捻ってみてもよくわからない。単純な記号だから、子供がテキトウに描いた落書きにもありそうだし、俺はあまり気にしないことにした。


「うん、ありがとう」

 首にかけると丁度良いネックレスになった。俺は服より先にアクセサリーを手に入れた。この布一枚の恰好はいい加減どうにかせんといかんな。

「よくお似合いですわ、ラーヴァナイトは魔力を溜め込む特性があります、ギルバンドラ様が身に着けておられましたら、いつか途轍もない力を秘めることでしょう」

 シクランは珍しく淑女のよう微笑んでいるが、俺の魔力に中ててたら核兵器並みの危険物になりそうだ。俺に世界殲滅でもさせる気だろうか。

「ま、いいや、工芸品作りは任せる、できるだけ日常生活で使える道具を量産してくれ」

「かしこまりました」


 俺はまたスケルトンたちにわっしょいわっしょいされながら沼地を出て、北東の森林地帯へ向かった。

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