22.
俺はザランたちを地上に待機させて一人で結界の中へ入ることにした。なにせ木の上だから、ザランも木登りはできるそうだが、図体が大きいので内部の状況がわからない結界に入れるのは躊躇われる。
大きな木をよじ登って、一応警戒しながら結界の中に頭を突っ込んだが、突然囲まれたり攻撃を受けるようなことはなかった。
「おお~!」
思わず声が出たのは、木の上に村があったからだ。
背の高い木にくっ付くようにいくつも家がある。木と木の間に吊り橋のような回廊があり、家同士を繋いでいる。木製で素朴だが、しっかり定住するための立派な家だ。
回廊の上から、もしくは家々の窓から、ダークエルフたちが顔を覗かせて俺の様子を眺めていた。別の種族の来訪は珍しいのか、みんな興味津々だが近付いてきたりはしない。特に子供は外に出ないよう言われているのか、窓やドアの隙間から目だけを覗かせている。
みんなひょろりと背が高くて浅黒い肌をしている。長く尖った耳以外は人間と同じに見える。そんな外見よりも俺が感激したのは服装だ。
獣の皮だけじゃない。明らかに布で作った服を着ている。短めの浴衣の下にズボンを穿いているような民族衣装で、靴も履いているし、剣とか弓とか色んな素材を組み合わせて加工した武器も持っている。
この世界に生まれて初めて触れるまともな文明だ。魔界で服着て家に住んでるやつがいただけで、俺は跳び上がりたいくらい感動した。
ひそひそと小声で囁き合う声だけが聞こえる中で、一番高いところにある家から、偉そうなダークエルフが出てきた。引き摺るくらい長くて派手な羽織を着ている。見た通り一番偉いやつなのだろう。
「私はこの村の長ヤオレシアだ、おまえが魔王を名乗るものか」
ヤオレシアは男か女かわからない外見をしていた。堂々とした声は低くもなく高くもなく、すらりと背の高い立ち姿には性別がわかるような凹凸がない。引き摺りそうなほど長い銀髪は女のようにも見えるが、大きな槍を軽々と持つ腕は男のようにも見える。
おそらく人間界ならば中性的で神々しいくらいの美形なのだろうが、魔界ではまあまあの魔力を持ったひょろいやつでしかない。ダークエルフの中では一番強そうだし、見たことのない魔力を秘めているような感じはする。
俺はいつまでも木にしがみ付いて顔だけ結界に突っ込んでるのも格好付かないので、勢いを付けて一気にヤオレシアと同じ高さにある回廊まで駆け登る。
「そうだ、俺は魔王ギルバンドラ、挨拶に来てやった」
友好的に挨拶したが、まあいきなり長の前まで行ったら警戒されるのは当然だ。周りにいたダークエルフたちが弓を構える。駆け寄るやつがいないのは、吊り橋状の回廊に一度に複数で乗るのは危険なのだろう。
俺も乗ってみてわかったが、やっぱり吊り橋は揺れるし、そこまで強度はなさそうだ。ダークエルフたちはみんな痩せ型だから問題ないのだろうが、ザランを置いてきたのは正解だったようだ。
「挨拶に? あの狂暴な獣どもを連れてか」
ヤオレシアはまだ半信半疑のようだが、周囲に合図して攻撃はしないように止めている。なんだかザランの印象があまり良くないようだ。どんな因縁があるのか知らないが、やっぱりあいつらは置いてきてよかった。
「樹海を歩くためのお供だよ、戦う気はない、おまえらが戦いたいなら、相撲なら相手してやるぞ」
「すもう? 我々も戦いは好かぬ」
「そう! じゃあ聞きたいことあるんだけどその服は何で作ったんだ? 生き物の毛っぽくないから植物の繊維か? 色は染めたのか? 建物に使っている木材にもなんか塗ってるよな? 弓矢は木か? 刃物は石か?」
俺が捲し立てると、ヤオレシアは若干引いた顔をしたが、すぐさま気を取り直して厳めしい顔に戻った。
「いいだろう、我々も話がある、警戒を解け、しかし結界の外へは出るなよ」
ヤオレシアは周りに指示を出すと、目だけで俺について来いと言い、一番高いところにある一番立派な家に入っていく。まだ周囲のダークエルフたちは俺を睨んでいたが、気にせずに俺も中に入った。
ダークエルフの家の中は想像以上に清潔だし明るかった。
俺はまず家の中央で火が焚かれていることに驚いた。大木の枝の上に建っているから、床に石や砂を敷くのは重量的に無理があるだろう。囲炉裏のようなところは灰の下が真っ黒だが、焦げた木材とも違う材質だ。
「ウルカ虫の殻を敷いているから燃えることはない」
俺がまじまじと床を見つめていたら、ヤオレシアが呆れたように教えてくれた。魔王だって気になることがあれば這いつくばって観察くらいする。
ウルカ虫とはこの樹海に生息する火を吐く虫で、背中の殻は火に強いだけでなく熱を通さないという。だから、その殻を敷き詰めれば床の木材は燃えないし焦げることもない。
「へ~天然の防火剤か」
元から真っ黒で硬いというから、ウルカ虫はカブトムシかクワガタムシのような外見なのだろうか。殻一枚の大きさが俺の顔よりも大きいから、たぶんきっと間違いなくこいつも巨大な虫なのだろう。
長の従者なのか家族なのか知らんが、家の中にいたダークエルフたちが俺に敷物を勧め、お茶らしきものも出してくれる。ヤオレシアだけでなく、どいつもこいつも外見で性別がわからなかった。もしかするとダークエルフに性別はないのかもしれない。
性別や年齢については迂闊に尋ねると地雷を踏む可能性が高いから、その種族の文化をよく知ってから訊ねようと思う。獣たちやオーガたちにも繁殖に関わることはまだ訊いてないからな。
俺はダークエルフの生態はスルーしたが、勧められた敷物には興味深々、やっぱり這いつくばって観察する。
見るからに乾燥させた草を編んで作っている。前世の御座に近いけれど、色が異様にカラフルだ。俺のは真っ赤、ヤオレシアのは青と黄色、壁のタペストリーも似た材質だが、色んな色で模様が作られている。
「教えてやるから、まずは座れ」
ヤオレシアに言われて家中うろうろしていたことに気が付いた。俺はいそいそと出された御座に腰を下ろした。
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