102.
「君たち何か探してるのかい?」
「おじさんたちが案内してやろうか」
口調こそ優しげだが、だらしない服装に不健康そうな顔、こっちを見下した笑顔に明らかに何か企んでる目、どっからどう見ても田舎もんを騙して身ぐるみ剥がす気です、と顔に書いてある。田舎もんでもこれは騙せないだろう。
「え! いいんですか!? この辺に肉屋さんがあるはずなんですけど見つからなくて、どこにあるか知ってますか」
しかし、リオは騙された。もう相手を信じ切った笑みで馬鹿正直に道を尋ねるもんだから、騙そうと思ってよってきた男どもも少々引き気味だ。
「お、おお、それならそこに……」
「あっ、あそこお肉屋さんだったんですね! 看板ないから見逃してたな」
リオがあまりに普通に聞き返すから、チンピラもノリで普通に教えてくれた。ここは道が違うぞとか嘘ついて路地裏に連れ込む流れだろうが、と俺の方がお節介にもチンピラどもの不手際に嘆息してしまう。
「分かりづらいもんな~、この先も案内……」
「それは大丈夫です! お手間かけるのも悪いんで! じゃあありがとうございました!」
「お、おお……」
「気ぃ付けて……」
溢れる元気にチンピラどももたじたじで、結局苦い笑顔で手を振って見送ってくれた。元気と明るさだけで追い払われるなんて、根は良いやつらだったのかもしれない。まあ見た目が悪いからチンピラで間違いないが。
「おまえ、すごいな」
「何が? 王都の人も親切だね」
リオの手際がいいから、チンピラ除けのためにワザと元気に振舞ったのかとも思ったが、リオは素で人間を信じ切っているようだ。
チンピラどものおかげ、でもないが、然程迷わず目的の宿は見つかった。
冒険者ギルドから大した距離でもなかったが、ここまでの道のりでリオは、二人のチンピラと笑顔で言葉を交わしただけでなく、半グレっぽい集団の真ん中を元気だけで押し通り、物乞いの爺さんと仲良くなり、追剥らしきガキどもと打ち解け、八百屋のオッサンと食堂の婆ちゃんに気に入られ、何故か、タダで貰ったイモ一袋とサンドイッチの包みを抱えて宿屋に入ることになった。
「おまえ……すごいな」
何故だか、俺もいつの間にかサンドイッチを一包みと人参一袋を持たされていた。どうしてこうなったのか、ずっと見ていたはずなのに理解できない。
「何が?」
当のリオはなにも気にしていないし気付いていないらしい。王都は良い人たちばかりだねと言う顔をしている。田舎の村と比べれば、王都の片隅は治安が頗る悪そうなのだが、そんなのことものともしないリオの善人オーラに、俺もちょっと目が潰れそうだ。
宿屋はテイマー御用達の動物OKの安宿だったが、想像よりはまだ綺麗だった。
清掃は行き届いているし、店主夫婦もまあまあ親切だ。ただ、建物は物凄くボロくてドアを開けただけで傾きそうだ。うちのペットは小動物だから心配ないが、大型犬でも入れたら床が抜けるのではないか。
「おやまあ、小汚いガキどもだね、しょうがないから湯を用意してやるよ、そんな恰好で部屋に入られちゃ迷惑だ」
宿屋でもリオのウルトラコミュ力は大活躍して、飛び入りでも部屋を一つとれただけじゃなく、宿屋の女将さんと秒で打ち解けて風呂まで用意してもらえることになった。
俺たちが汚過ぎたというのもあるし、持て余していた野菜類を提供しているから物々交換ということになっているけど、イモも人参もタダで貰ったものだ。結局、タダで石鹸とバスタブいっぱいのお湯を手に入れているのは、尋常ならざる人徳といえるだろう。
部屋に案内される前に宿屋の裏に通される。どう見ても大型動物を繋いでおく厩に、動物用の大きな桶がある。そこに湯が張られていた。
別に動物扱いされているわけではなく、そもそも湯に浸かるという習慣がないから、安宿には風呂場なんかないのだ。全身洗おうと思ったら外で水浴びしかない。
「お湯はそれだけだよ、足りなけりゃ井戸から水汲みな、石鹸はこれ二人で使いな、タオルと着替えはここ置いとくから、服も洗いな、今夜は厩は空だからロープ張って干しときな、荷物も埃を落とすんだよ」
「わかりました」
「うっす」
女将さんはテキパキ説明してさっさと出ていった。不愛想だが仕事のできるオバサンだ。
シャワーもないから身体を洗って桶でお湯を被るだけだが、長旅の後で身体を洗えるのは有難い。俺もリオもこの程度の旅で疲れないし、浄化魔法も使えるから特に問題はないけど、風呂は気分的に疲れが癒える気がする。
身体を洗って、お湯が足りなくなれば井戸から水を汲む。俺は火魔法が使えるから湯をケチる必要はないのだ。
ルビィとピーパーティンも勝手に水浴びをしていたが、猫が勝手に石鹸で身体を洗うな。ルビィはもう少し猫らしくするべきだ。水浴びだけで済ましているピーパーティンは、鳥らしくしようというのではなく、ただのズボラで衛生観念が足りないだけだろうけど。
服も全部洗って乾してから、女将さんが貸してくれた服に着替えた。リオはワンピースみたいな寝間着で、俺はどう見ても大人物のシャツだけど、俺が着ると膝まであるからシャツ一枚で平気だと思われたのだろう。悔しいかなその通りだった。
その頃にはもう日が暮れ始めていた。服を干したのは厩の中だから、半分外みたいな状態だが、たぶん一晩も干しとけば渇く。念の為、窃盗防止の幻覚魔法をかけておく。よくよく見なければ、ここに服がかかっていることに気が付けない。
「お湯ありがとうございます!」
「どうも」
部屋に戻る途中で女将さんがいたから、リオが元気よく礼を言う。リオが元気過ぎるから俺は控えめで丁度良いのだ。
「あ? あらあら、いいのよ、うふふふ」
女将さんは、さっきまで田舎出のガキンチョどもを相手に気風の良いオバサンだったのに、綺麗になったリオを見た途端に乙女みたいな顔になった。やはりリオは女を狂わせるヤバい男になりそうだ。
部屋は狭い一人用でベッドも一つしかなかったが、子供なら相部屋も可能ということで、もう一式布団が用意されていた。後は自分たちで好きにしろということだ。宿代は割り勘だから、順番にベッドで寝ることにする。
ベッド以外何もない部屋だから、俺たちは床に座ってサンドイッチを食べることにした。灯りも小さなランプ一つきりだが、あとは飯食って寝るだけだから問題ない。
この国では室内でも靴を脱がないし、床に座る習慣もないようだ。でも、一般庶民の家には人数分のベッドがないのはざらだし、ここまで野宿してきたのだから、床に座るのも寝るのも抵抗はなかった。
通りがかりの食堂の婆ちゃんは、余りもので適当に作ってやると言って、その場でぱぱっとサンドイッチを包んでくれたが、肉も野菜も入っているボリュームたっぷりサンドイッチは普通に売り物だと思う。
「ふふ、良い人たちに巡り合えてよかった」
口いっぱいにサンドイッチを頬張って笑うリオは、本気で自分のコミュ力を理解していないようだ。
「いや……まあ、そうだな」
ここまでの道のりで結構ヤバそうな連中とも会ったけど、実害はぜんぜんなかったから、俺はまあいいかと思い直した。
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