なぁマロ。きいてくれ
襖をカリカリ掻く猫のマロを抱いてベッドに移動させる。今日の俺はすこぶる心の調子が悪い。ちょっとした拍子でマロにあたってしまいそうだ。もう三十代。これといった夢もなければ目標もない。金がなくなればバイトをして、日銭を稼ぐ日々。
今は祖母の忘れ形見のマロ(コイツ)と一緒に暮らしている。俺がこの歳になっても、両親はせっせと働いていた。何のためやら。彼らのことを思うと少しだけ不憫に思えてくる。
腕の中のマロは、呑気にあくびをしては体を包めて眠る体制に入っていた。
「良いよな、お前はなーんにも悩み事無くて」
マロは一瞬こっちを見る。
どうせ何て言ってるかはわからないだろう。
「なぁマロ。きいてくれ」
俺は長い不安と悩みをぶちまけた。
「俺さ。もう三十超えてんだ。なのに定職に就かずに、フラフラしてる。毎日がただただ流れて行ってるって感じで、俺は本当に何にも成長しちゃいない。それどころか退化してしまってんじゃないかって思うこともある。親の健康ももうじきなくなる。金だってそんなにあるわけじゃない……」
マロは俺の話をガン無視して手を舐めている。
「なぁマロ。俺どうするべきかな」
マロは俺に背を向けて、後ろ足で土を払いかけるような仕草をした。よく猫用トイレで排便したあとに、猫がとる仕草だ。
「止めろ。俺の悩みをう〇こみたいに扱うな」
「にゃーーーー!」
まるで『黙れ!』と言われたような、そんな気がした。きっとこんな悩み、猫でもきく価値が無いのだろうな。
「……はは」
と声が漏れた。
解っている。俺が変わらなければずっとこのままだということを。だが、堕落した思考や態度は、そう簡単に変えられず。このままどうすれば良いのか考えるだけの一日だ。
「にゃー」
「ん、なんだマロ」
「んなー、んなー」
マロがベッドから降りて、俺を案内する。キャットフードの置いてある棚だ。
「腹が減ったのか」
「にゃ」
生きているから、何かを喰らう。人間だってそうだ。俺は、食えりゃなんだっていい。だがマロは違うようだ。スティック状のおやつをあげれば目をひん剥いてがっついて食べる。面倒だからと安い鰹節をやったら、食べない日もあった。
(猫のくせに生意気だ……)
俺よりも欲がありやがって。ムカつく奴だ。
けど、祖母はマロ(コイツ)をかわいがっていたな。しわくちゃの身体で。縁側で一人椅子に揺られながら……だいたい老いたら何にもできなくなるんだ。死んだら今までの積み重ねがパー。全部なくなる。
だったら、最初から何もしないってのも選択肢にあって良いはずだ。
「うにゃー!」
俺が餌を出し渋っていたらマロが追突して来て驚いた。零れた粒状の餌を器用に一粒一粒なめとるマロ。
「なぁマロ、何でそんなに必死なんだよ」
「にゃー!」
どことなく、『今は大事な食事中だ。話しかけるな!』と言われた気がした。猫のぶんざいで生意気な。猫一匹にでもあるのかよ。やりたいことや好きなモノが。
(あぁ、俺何やってんだろ……)
変わろうとしたが、変われない日々。老いていく両親。マイペースなマロ。
(俺の人生って何だろうなぁ)
「なぁマロ。きいてくれ」
「うにゃあ」
マロはまた。俺に背を向けて、後ろ足で土を払いかけるような仕草をした。俺は、「だよなぁ……」と頭をかきながら大きく息を吐いた。
きっと答えは、俺もマロも知っているんだろうな。