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8.写真

 一ノ瀬の親戚を当たってみるか、友枝の実家を洗い直すか。

 事務所のソファに寝転がり、天井を見上げながら考える。時計は午前9時を回ったところだ。まだ着替えてもいないし、朝のコーヒーも飲んでいない。


 体がふたつあれば同時に調査できるのに、などと考えながら寝返りをうつ。


 ふと、テーブルに置きっぱなしにしてある友枝の卒アルが目に入った。何となく手を伸ばして取り上げると、ソファに寝転がったままパラパラとめくる。


「……!」


 学園祭の写真のページ。ステージで西洋風の衣装をつけた生徒たちが何かの劇を披露している。数人のドレス姿の女生徒に囲まれて、王子様らしき凛々しい姿の男子生徒が剣を構えていた。


 この王子様の顔は――。


「マスター?」


 おなじみのバー・タンニーンのマスター、増田だ。まさかこんなところでまみえるとは。一ノ瀬友枝と同じ高校だったのか。


 写真の下に「演劇部」と記載があり、メンバーの氏名が並んでいる。「増田」という名前を探すが、何度見直しても見つけられなかった。


 代わりに見つけたのは「一ノ瀬友枝」という名前だ。ドレス姿の女生徒の中にいるらしい。

 しかし、写真を近づけたり遠ざけたりして何度も見返すが、友枝らしき顔が見つけられない。


 まさか。


 友枝のクラス写真を開く。しっかりと顔を見直して、再度文化祭の写真に戻る。


 まさか。


 何度も見直して、やがて確信した。


 友枝は王子様役だった。


 つまり、友枝はマスターだった。


「マジか……」


 ソファに座り直し、王子様姿のマスター、いや、友枝を穴のあくほど見つめる。


 間違いない。何度も顔を合わせていたのに、何で気づかなかったんだろう。


 アルバムを閉じかけたところで、メンバーの氏名の下に演劇部のコメントが記載されているのが目に入った。


『劇のタイトル「タンニーン」はヘブライ語で「龍」という意味があり、若き王が民衆を脅かすドラゴンを退治する物語です。元ネタは日本神話「ヤマタノオロチ」からきています』


 以前マスターが店名の由来を「小学校の時の担任の先生が好きだった」と言っていたのを思い出す。担任じゃなくてタンニーンだったのか。そこまで隠さなくていいのに。よっぽど自分の正体を隠しておきたかったんだな。


 アルバムを閉じ、コーヒーを淹れるためにようやくソファから立ち上がる。まずは湯を沸かさねば。


 直後、スマホの通知音が鳴った。


 やっと立ち上がったソファにあえなく座り直し、スマホの画面を確認する。発信元の「柿崎」という表示に、昨日対面した一ノ瀬の同僚の顔を思い浮かべながら受信したメールを開いた。


『おはようございます、柿崎です。一ノ瀬と家族が写っている写真が見つかったので添付します。10年ほど前の写真です』


 さっそく探してくれたのか。仕事が早くて助かる。

 感謝の気持ちで添付画像をタップする。


 河原でバーベキューをしている様子だった。トングを持って満面の笑みを浮かべた、俺の記憶よりやや若い一ノ瀬彰悟が写っている。


 一ノ瀬の隣には、はにかんだような笑顔の友枝。化粧のせいで卒アルよりは大人びた印象だが、間違いなく友枝だ。そして、よく見知ったマスターの顔とも重なる。


 そして、彰悟と友枝の間でオモチャのロボットを自慢げに構えているのが、2人の息子・タツヤだろう。この写真の数年後には両親と離れ離れになるなんて想像もしていない無邪気な笑顔だ。心が痛む。


 タツヤの持っているロボットの足元に何か書いてあるのに気付く。

 写真を拡大してよく見ると、それは名前だった。自分の持ち物に名前を書くのは子どもにとって当前のことなのだろう。


 一ノ瀬龍也。


 そうか、タツヤは「龍也」と書くのか。

 ドラゴンの意味をもつ「タンニーン」にも通じる名前だ。


 あらためて龍也の顔を見直す。どこかで見たような気がする。この目、眉、友枝の面影を映した顔――。


 龍也。ドラゴン。――りゅう


 ***


 バー・タンニーンはまだ開店前だった。もしかして準備で開けてるかと思い、店の前までやってきたが、あいにくドアにはカギがかかっている。


 そういえば、マスターの連絡先も、住んでいるところも知らない。

 テツローならマスターと連絡が取れるだろうか。


 以前チラ見したテツローの学生証を思い出す。ここからさほど遠くない地元の大学だったはずだ。日中はラーメン屋でバイトしていると言っていたが、どこのラーメン屋か聞いていない。大学を当たった方が可能性が高そうだ。


 しかし、一体いつ勉強しているんだ?


 徒歩15分ほどのところにある大学へ向かう。街の中にあるおしゃれな外観の大学で、規模はそれほど大きくないので、ちょっと聞き込みすればたぶん会えるだろう。


 下手な聞き込みをすると、好奇心旺盛な若者からネタにされかねないので、テツローの迷惑にならないよう気を付けないとな。探偵を名乗るより、親類と言った方がいいか。いっそ親のフリをするとか。


 いや待て、さすがに大学生の息子がいるってのは無理じゃないか? そんなに老けてないはずだ。何ならまだ30代でも通せる自信がある。これでも学生時代は――。


「あれ、ハッチさん?」


 考え事をしているうちに大学に着いていた。そして、あろうことか、正門前でばったりテツローに出くわした。ここまでの試行錯誤は何だったんだ。


「おう、テツロー。お前、マスターと連絡とれないか?」


「え、俺、店の電話番号しか知りませんけど? 何かあったんですか?」


 いろいろムダになった脱力感でがっくりと肩を落とす。テツローは怪訝な顔をしていたが、急にガシッと俺の肩をつかんで背後を指さした。


「ちょ、ハッチさん、あれ!」


 テツローの指さす先には、大学の向かいにあるビルのモニターがあった。街の人々に向けてニュース映像なんかを流している巨大モニターだ。


 テロップの文字が目に入る。


『一ノ瀬彰悟さん殺害の疑いで逮捕』『飲食店経営の男性(40)が自首』


 警察署から出てくる男性の映像が流れる。マスクとフードで顔を隠しているが、顔見知りなのですぐにそれがマスターだと分かった。


 俺も、テツローも、その場で凍り付いたように動けなくなってしまった。


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