セローの何でも屋
「それで、君、レイチェルは今日の泊まる場所はあるのか?」
「いえ、まだ決まってなくて」
「じゃあ早速、仕事だ」
「・・・・・・はい?」
「ウチは24時間受付だから、誰か来た時のためにここに泊まってもらう」
なんでもするといってしまった以上断れない。
「わかりました・・・・・・」
「よっしゃ! やっと俺もベッドで寝られるぜ」
「レイチェルと、ジェスタ、お前ら2人、1日ずつ交代でソファーで寝ろ」
「レイチェル、奥にシャワーとトイレがあるから、勝手に使え。タオルは使ったら籠に入れとけ」
(思ったより親切で助かった~)
「もし、俺たちが居ない間に客が来たら、この住所に呼びに来い」
「はい」
「ランタンのろうそくが切れたら、そこに入ってる」
戸棚を指さして、ろうそくの位置を教えてくれた。
黒髪の人は、手元にあった適当な紙に、手書きで簡単な地図と住所を2カ所書いてくれる。
「今日の日給は先に渡しておく。これで夕食を済ませておけ」
100ゴールド2枚、200ゴールドの硬貨を貰う。
「ありがとうございます!」
「とりあえず1週間は日払いしてやる。明日、1日やるから家を探せ」
「はい。それで、あなたの名前は? そっちの方はジェスタさんなんですよね?」
「俺か? 俺は・・・・・・」
その名前を私は一生忘れることはできないことだろう。
後にも先にも、彼のような冒険者はいないはずだ。
「セロー・ルード、それが俺の名前だ」
「セローさんですね」
こうして私は何でも屋、セローさんのところでお世話になるのだった。
(よかった。一応寝る場所もできたし)
夜の6時になり、
「レイチェル、俺たちは7時になったら帰る。それまでに夕食を済ませて帰ってこい」
そう言われたので、私は下の酒場っぽいところで食事をパッと済ませて2階へ戻る。
「戻りました」
「早かったな」
「じゃあまた明日な」
セローさんとジェスタさんは部屋を出ていく。
部屋に残ったのは私とランタンの灯りだけ。
(シャワー浴びとこうっと)
バッグを適当にテーブルに置いた。
ランタンを持ってシャワー室へ向かい、水を浴びる。
村をでて、しばらくは野営のときに布で体を拭いていただけだったから、汗を流せるのはとてもありがたかった。
私はシャワーを浴びて、置いてあったタオルで体を拭いて、服を着て、ソファーに座る。
服のポケットに入れてあった懐中時計を見る。
まだ夜8時前だった。
(あ、ホッとしたら眠くなってきちゃった)
私は近くに置いてあった薄い毛布を体に巻いて、そのままソファーに横になって寝てしまった。
トントンと肩を叩かれる。
「おはよう」
(やばい、完全に寝ちゃってた)
肩を叩いてきたジェスタさんはにっこり笑顔、セローさんの表情は読めない。
「お疲れだったのか?」
「はい・・・・・・ごめんなさい」
セローさんは、怒ってるジェスタさんを手で制して、
「気づいていないのなら、どうせ誰も来なかったんだろう。レイチェル、さっさと住む場所を探してこい」
「はい。ありがとうございます!」
私はセローさんの優しさがありがたかった。
起きた私は不動産屋に向かう。
男性の受付だ。
「えっと、部屋を1つ借りたいんですけど」
「予算はどのくらいで?」
(最悪、仕事場の事務所でシャワーは浴びればいいや)
「どのくらいが普通ですかね?」
「日当たりがまあまあで、シャワーとトイレ付で1日なら70ゴールド、一月なら2000ゴールドくらいです」
「う・・・・・・」
(思ったよりも圧倒的に高い!)
一月でその金額じゃあ、村への馬車代と大差なかった。
「シャワーはいらないのでもうちょっと安いところは・・・・・・」
「ありますけど、年頃のお嬢さんだったらシャワーくらい欲しくないですか?」
「・・・・・・いえ、シャワーなしで大丈夫です」
「それなら、一月で1600ゴールドからですね」
受付の人は紙をめくりながら言う。
(それでも高いよぉ。村と違って食べる野菜もタダじゃないし!)
「よかったら、どんなお仕事をしてるか伺っても?」
「えっと、セローさんっていう人の何でも屋? で手伝いをする予定です」
「・・・・・・これは、また、随分と若い方が」
なぜか受付の人は言葉を失っているようだ。
「わかりました、とっても安くしておきます。この街で、あの人に感謝していない人はいませんからね」
「具体的にはいくらくらいに・・・・・・?」
「さっきのシャワーとトイレ付の部屋を一月1000ゴールドでお貸ししましょう」
「! 半額ですか?」
(やった! でも、セローさんの名前を出した途端に一気に態度が変わったな)
「私、ちょっと前に街に来たばかりで知らないんですけど。セローさんってスゴイ人なんですか?」
「ああ、あの人は『依頼を絶対に断らない』んです」
「え? 依頼っていっても、できるできないがあるでしょう?」
「関係ありません。どんな依頼でもお金さえ出せば受け付ける、最後の砦なんです」
(もしかして、私、とんでもない場所に入っちゃった?)
「私たちは、いつもギルドの新入りの方にお部屋をお貸ししていますが、1年もつのは半分くらいです」
(半分しか残らないの? みんななりたくてなってるはずなのに)
「セローさんのところは・・・・・・最短3日くらいでおやめになった方がいましたかね」
(やっぱり、厳しいんだ)
「その方は、初めてのお仕事がワイバーンの討伐だったらしくて」
「はあ」
(聞いたことがない名前だ)
「火球が直撃して、大やけど。まだ5レベルの方でしたから、2度と冒険者として仕事はしないとおっしゃってました」
「へぇ。大変なんですね」
「いや、他人事じゃないですよ。一番初めの依頼が難しそうだったら、無理せず、事務所に残ってください。たとえその期間のお給料が出なくても」
(いやいや、新人に流石にそんなことさせないでしょう?)
「とりあえず、お部屋は安く貸しますので、頑張ってください」
「はい。ありがとうございます」
日当たりよしの、2階建ての集合住宅の部屋まで案内してもらって鍵を受け取る。
「家賃っていつ、どこに払えば?」
「1階の大家のアリサに来月頭に700ゴールド、そこから先は毎月頭に1000ゴールド払ってください」
「わかりました」
(よし、部屋も見つけたし、頑張ってお仕事するぞー)
私はセローさんの事務所へ戻る。