05 相思相愛
並んで料理をしながら、訊いてみた。
「ねえオジサン」
「なんだ?」
「もし私がいなくなったらどうする?」
「そりゃ探すよ。迷子になった時も、いつも俺がちゃんと見付けたろう?」
「違うよ!そのいなくなるじゃなくて」
「う~ん、分からないな。死んでしまう事を言ってるなら、年齢的にも性別的にも、俺の方が先だろうし」
「え?そんな?」
「歳の差があるって、そう言う事だ。生きててもボケボケで、リノの事が分からなくなってるかも知れないし、寝たきりで意識もないかも知れないし」
「そんなの、ヤダよ」
「だからリノさえ良ければ、家族を増やすかどうか、将来考えような?ひとりぼっちにならない様に」
「それって子供を産むって話?」
「結婚して家族を増やすなら、1番多いのはそれだろうな。でも子供を作るかどうか決めるのは、結婚してからで良いよ。俺がいくら育児を手伝ったとしても、産むのはリノにお願いしなくちゃだから。ゆっくり話し合って決めれば良いさ」
オジサンとは「家族になる」だったのに、子供を産むのは「家族を増やす」なんだ。
「でもオジサン、孫が欲しいんでしょ?」
「え?なんで?」
「孫の為に高いドレッサー買おうとしたじゃない?」
「ああ、リノの孫な。でもリノと結婚したら俺の孫か」
「そうだよ」
「じゃあやっぱり、ドレッサーは買い換えるか?」
「なんでよ?あれを大事に使う。私にはもう、思い出の品になってるし」
「そうか」
孫に渡さないで、私がずっと大切に使うもの。
「ねえ?もし私が先に寝たきりになっても、傍にいてくれる?」
「もちろんだよ。でも健康にも事故にも気を付けてくれよ?」
「うん。顔に怪我したり火傷したり、手足を失くしても?」
「もちろん傍にいる。心配しなくても大丈夫だから、そう言うのは言わないでくれ。怖いから」
「うん。私、特に何も無くても、オジサンにしがみつく事にする」
「そうか。それは良かった。頼ってくれて嬉しいよ」
「嫌われても、浮気しなければ、私の事、捨てないよね?」
「ああ、離さない。約束する」
「前にオジサンの人生ちょうだいって言ったけど、私の人生はオジサンにあげる」
私が「だから」と続ける前に、オジサンに応えられてしまった。
「そうか。ありがとな。でも、あげたり貰ったりって、ちょっと俺のイメージとは違うんだ」
「そうなの?」
「俺がリノと生きて行くイメージはやっぱり“一緒くた”なんで、寄り添って同じ時間を生きて行く感じだからな」
「それって、手を繋いで歩いて行くみたいな?」
「そうだな。そっちの方が近いな。手を繋ぐだけじゃ無くて、おぶったり抱き上げたり肩車したり、必要なら手を放して別の道を歩いてみたり、でもいつでも戻って来たり、そんな感じだ」
「手を放すって、離れるの?」
「離れはしないけど、リノが就職したらきっとそんな感じになるさ。リノの仕事の責任を俺が取ってやる事は出来ないだろ?俺が全然知らない仕事だったら、愚痴を聞いてやるくらいしか出来ないだろうし。精々が、リノが思い通りに仕事やった所為でクビにでもなったら、一緒に文句を言いに行ってやって、次の仕事が見付かるまで金の心配をさせないくらいだ」
「バイトに反対してたけど、私、働いて良いんだよね?」
「もちろんだ。バイトだって職種と時間を選べば、バイト自体は賛成だよ」
「そうなんだ」
「バイト先選ぶのも経験になるけど、イヤじゃなければ俺が紹介したって良い」
「うん、そうか」
オジサンは私を縛り付けてる訳じゃないけど、突き放してる訳でもない。
精神的にはね。
お金的には縛り付けると言うか、私が頼りっきりだけど。
「オジサン、私、やりたい事見付けたんだ」
「うん?どんな事だ?」
「まだ具体的には決まってないから、上手く言えないけど」
「構わないぞ。具体化する為にバイトしたり大学行ったりするんだし。イメージだけでも良いから言ってみな」
「うん。私、オジサンが寝たきりになっても私の事分からなくなっても、私がオジサンを養いたいなって思う」
「え?俺の介護の心配?」
「オジサンが失業した時は私が働いて、オジサンに食べさせて上げる」
「俺がリノの扶養家族になるって事?」
「今、オジサンが私にしてくれてる事だよね?良いでしょ?」
「構わないけど、俺もそうならない様に注意するから」
「ううん。私、オジサンの肩書きも収入も要らないから、私の為に我慢しないで」
「え?」
「勉強も教えてくれなくても良い。どこにも行けなくても良い」
「リノ」
「私、幼稚園の頃からずっと、オジサンに迷惑掛けてたんだね」
「迷惑なんかじゃないよ」
「ううん。私の為に我慢しないで、オジサンの好きな事やって。オジサンに好きな事をして貰える様にするのが、私のやりたい事」
「ああ、そうか」
オジサンが私の手から包丁を取って、まな板の上に置いた。
それから私を抱き締める。
「俺がリノに思ってる事、リノも俺に思ってくれてるんだな」
「あ?オジサンと同じ事言ってた?」
「いや。リノの言葉を聞いて、俺がリノにしたいのはそれだって、改めて思った」
「ホント?同じ事を思い合ってたって事?」
「ああ」
「もしかしてこれって、相思相愛ってやつ?」
「ふふっ。そうだな。きっとこれが相思相愛だ」
オジサンにギュッと抱き付いた。
「リノ・・・」
「・・・オジサン」
「おはよう!オジサン!リノも!」
「おはようござ、います?」
「おは・・・しまった」
グリッと声の方を向いて、思わず睨んだ。
なんでキッチンもダイニングもドアが開けっ放しなの?
頭の上からオジサンの苦笑混じりの「おはよう、みんな」の声がする。
「朝食、もう出来るから、食器を出してくれないか?」
「適当に選んで良いですか?」
「ダメよハナ。折角だからメニューに合わせましょう」
一切ためらいを見せないハナちゃんと、見て見ぬ振りを決めたらしいマユちゃん。
ハナちゃん。ここに流れていた甘い空気に気付かなかった?今はハナちゃんの大好きなコイバナの、クライマックスシーンだったんだよ?
マユちゃん。見て見ぬ振りするなら、こちらをチラ見するのもダメだよ?
そして気まずそうな表情のコノハ。いや、気まずいなら目を逸らしなよ。
「そう言えばみんなの事、幼稚園の頃と同じ呼び方してしまってたけど、名字をちゃんと呼んだ方が良いか?」
「え?なんで?全然構わないよ、ハナちゃんで」
「いや、知らないオジサンにちゃん付けされて、引かれてたんじゃないかと思ってさ」
「私達が忘れてたからって事ですね?」
「中学・・・ちゃん付け」
「ああ、コノハちゃんは小中もちゃん付けだったからな」
「え?・・・小?」
「リノが転校するまで、一緒だったろう?」
「え?・・・転校?」
「4年生で転校したよ?でもそれまでコノハと同じ小学校だっけ?」
「そうだぞ。一二年は同じクラスだったし、学校行事で何度か会ったけど、まあ忘れるか」
眉を寄せて首を傾げるコノハと顔を見合わせる。たぶん私も同じ顔をしてると思う。
「私も今のままで良いですよ?幼稚園の事は忘れてたけど、オジサンに対して引いてなんていませんし」
「私も・・・良い」
「そうだよね?もうみんなのオジサンなんだし、今から替えるのも変だよ」
「ハナちゃん!みんなのオジサンじゃないから!」
「なに言ってんのリノ?みんなでオジサンって呼んでるし、幼稚園の時から知ってるんだから、みんなのオジサンでしよ?」
「違うわよ!」
「ハナ、止めなさいよ」
「え?なにを?」
「リノのオジサンでしょ?」
「ああ、そう言う事?」
「そう言う事」
「じゃあ、タカヒロさんって呼ぼうか」
「なんで!ダメよ!」
「それこそなんで?」
「確かにそんなご年齢でもないのに、オジサンって呼ぶのは失礼に当たるかな?」
「タカヒロさん・・・良いかも」
「ダメ!もっとダメ!」
「俺もタカヒロさんはちょっと。オジサンで良いよ」
オジサンが苦笑いしてそう言う。
仕方ない。
オジサンから手を放して、朝食の仕上げをした。
3人にはさっさと朝ご飯食べさせて、さっさと帰ってもらおう。
なるほど。
これが友情より恋を選ぶって気持ちなのね。
相思相愛だし、同じ気持ちだよね?オジサン?