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内緒話



 エルメレ風の立派な店は、立派なオークの扉から始まり、中は両国の特徴が上手く融合されている。

 ザイラは指の隙間から目ざとく店内を観察した。

 目新しいのに、妙に居心地の良い空間で、ザイラは不思議な安心感を覚える。

 

 男は長い足を伸ばして歩みを止めない。    


 行手を阻む者は一人としていなかった。   

 階段をいくつか登り、男に近づく支配人らしき人物と幾つか言葉を交わすと、支配人は恭しく頭を下げ、ザイラを抱えたまま、どこかの部屋へ案内される。


 扉が閉まると、ようやく男はザイラをソファへ下ろす。それはまるで、羽根の上に載せるようにそっと、下りたのも分からない程だった。


 『こちらで、しばしお待ちを』


 男は大きな体を屈め、ザイラにそう言った。男に顔を向けれないままザイラはコクっと一度頷く。


 男は風のように去り、ようやく静寂が訪れると、ザイラはふーっと長い長いため息を吐いた。

 室内を見渡すと、応接室のような印象を受ける。だが、室内は落ち着いたセンスの良い家具が並び、窓からの眺めも良い。窓際にはエルメレで嗜まれる水タバコのガラス装置が四つ並べてあった。


 洒落てるな、流行りそう——


なんて思いながら、ザイラは店内を興味深く観察する。本の中でしか見たことの無いものが実態と空気を伴って現れれば、好奇心は抑えられない。


 


 するとザイラの好奇心を宥める様に、扉がノックされた。


 『失礼します』

 その声にザイラは聞き覚えが無い。ザイラが返事をすると、温和な笑みを浮かべた人物が、扉を開ける。

 黒い瞳と肩まで伸びたくるくるとした癖毛のダークブラウンの髪、小麦肌に合う動きやすそうな生成色の服を纏った人物は、手には独特な模様が型押しされた革の鞄を持っていた。


 『お怪我をされているとか。エルメレ帝国の医師でマルコ・ラティマと申します』


 そう言ってラティマは頭を下げる。


 『あっ……ザイラ・……フェルゲインと申します』

 ザイラが立ち上がり、頭を下げると、ラティマはすぐにザイラに座る様な動作をしてザイラに歩み寄り、床に片膝をついた。


 『痛みはどうでしょうか?見た限り出血は片足だけのようですが。私が、足に触れても構いませんか?もしご希望でしたら、王国の、オブリフィム王国の医師を呼びましょう。幸い、私にはこちらに旧友がおります』


 ラティマは私が、の部分だけ気まずそうに恐る恐るザイラに尋ねた。

 王国では女性の足についての問題は繊細で、触れられるのは基本的に夫だけだ。

 ラティマの配慮に、ザイラは恐縮する。


 『診ていただけるだけで幸運です』

 ザイラはそう言ってラティマにもう一度頭を下げる。


 『……でしたら、仰せのままに』


 ラティマは人懐こい笑みを浮かべて治療を始める為、革の鞄を開く。


 これだけ気遣いの出来る人物の王国の旧友とは一体誰なのだろう——その人もきっと、思慮深く、聡明な人に違いないだろう——とザイラはラティマの放つ穏やかな雰囲気に、その身を任せた。



————————————————————


 『エルメレ帝国第二皇子フィデリオ殿下にご挨拶申し上げます』


 『堅苦しい挨拶はしないで下さい。貴女は私の恩人です、フェルゲイン夫人』


 

 ザイラの治療は、呆気なく終わり——靴擦れ程度なので当たり前のことだが、ラティマ医師は『では皇子殿下をお呼びしましょう』とザイラに言った。

 たかが靴擦れ程度の身で皇子に出向いてもらうなぞザイラには恐れ多いと立ち上がり固辞するが、扉の前は既に人の気配があり、その扉はすぐにノックと共に開かれた。



 タイミングを計ったように、第二皇子フィデリオは優雅さを体現したような足取りで部屋へ入る。その後ろを、鷹の目の男と護衛らしき数人が続いた。

 だが部屋に入ってすぐ鷹の目の男が目配せをし、人払いの為護衛数人とラティマ医師はすぐに部屋を出て行った。


 


 挨拶もそこそこに、フィデリオはザイラの向かい側のソファへ腰掛ける。フィデリオはザイラに座るよう促し、ザイラももう一度座り直した。色調は控えめで品の良い最高級のソファさえ、フィデリオが腰掛ければ霞んで見えた。

 


『ここはコーヒーが美味しいのです。気に入ってくれると良いのですが』


 フィデリオがそう言うと、鷲の目の男が扉を少しだけ開けた。

 そこに使用人が二人現れて、テーブルにお茶の準備を始める。

 

『このような素敵な場所へお招き頂き、身に余る光栄です』


 ザイラはもう一度恭しく頭を下げた。


 確かに店に入ってから、コーヒーの香ばしい香りがザイラの鼻をくすぐった。

 その香りのお陰か、ザイラは思いの外緊張はしていない。むしろ新しい何かに出逢えるようなわくわくとした興奮を覚えていた。

 

 この美しいエルメレ人達の腹の中が、ご自慢のコーヒー同様に真っ黒い事など、この時は全く知らなかった。

 


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