「ニュース速報」
1−5 「ニュース速報」
■ 全プレイヤーへ ■
ダークレコードプレイヤー諸君。先に話した通りいくつか変化した点を下記にまとめている。
参照されたし。
① 既プレイヤーのステータス・アイテムなどはすべて初期化された。
② 能力の変容。(能力はランダム化された)
※能力の消失が確認されたため、再設定を行った。
③ ダークレコードからログアウトすることはできない。
以上がこれからのダークレコードの概要だ。
人生は目の前にあるもの全てになった。
素晴らしき世界を創造し、君たちの人生に幸あることを祈る。
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人手が足りないこともあり遅めの昼休憩をとっていると、同じく一緒に昼ごはんを食べていた小倉さんが驚いた様子で言った。
「え!? なにこれ?」
黙々と弁当を食べていたが、小倉さんの視線の先をチラリと見ると、テレビのニュースだった。しかし、さっきまでご当地有名カフェの特集が放送されていたのに、急にピリッとした男性と女性のアナウンサー二人に差し替わっていて、そしてニュース速報が流れた。
『大人気VRゲーム、ダークレコードで有名なG&Aカンパニーより、本日行ったダークレコードのアップデートに不具合が発生していると発表がありました。その不具合によって大勢の利用者がゲームを止められない状況になっているとのことです』
女性アナウンサーが真剣な顔つきで読み上げると、ダークレコードのパッケージが映り、そしてすぐに今度は大きな建物の映像が流れた。画面の端にG&Aカンパニー本社前と白文字がはいっている。建物の前には男性レポーター、さらに大勢のマスコミが押し寄せていた。
「よくわからないけど、大変なことが起きてるのね・・・」
「・・・そう、ですね」
『現在G&Aカンパニーは原因を調査中とのこと。またG&Aカンパニーからはダークレコードを所持している人はくれぐれもプレイしないようにとのことです』
「・・・ねえ、もしかして大竹さんの息子さんも、これなのかしらね。なんか息子さんもはまってるって話してたし」
小倉さんは「怖いわね」と呟くと、つづけてテレビを見ながら弁当を食べる。
「そうですね」と言ったつもりだったが、言葉になっていなかった。俺の頭のなかでは「あれ? あれ?」とつまづきながら自問が転がっていた。最近、よく聞くようになった『ダークレコード』というゲーム。そして、妹の顔が浮かんだ。
弁当の唐揚げが口の中に入ったままだったのでそれを飲み込み、お茶で流し込む。胸がつっかえている気がする。
大丈夫だろうと思えなかった。今日、はじめを最後に見たのはベッドで寝ている姿だった。
携帯を取り出してはじめに電話をかける。しかし、繋がらない。
カチ、カチ、カチ、と休憩室の時計の音が聞こえた。
『 ーーー繰り返します。今プレイをしていない人は、ダークレコードをプレイしないようにしてください』
時計の音に混ざって、やけに迫真な女性アナウンサーの声が背中を押してくるようだった。
立ち上がった拍子にイスが後ろに倒れた。その音に小倉さんが短く「ひゃっ!」と声をあげた。
いてもたってもいられない。不安に駆り立てられながら俺は休憩室を飛び出した。「岩波くん!」と聞こえたが、体は止まらなかった。
駅に駆け込み電車に乗ると、俺は携帯を開いた。ネットニュースではどのトピックにも同じものが連なって掲載されている。どれもこれも嫌な予感を助長するだけだ。何度かけたかわからない通話ボタンを押す。当然のようにはじめの電話は繋がらない。メッセージも既読にならない。不安と苛立ちが交互に胸を這い上がってくるのを懸命に抑え込む。
改札を抜けるとそのまま駅を出て走った。そして団地の前に着くと外には何人かが固まりながら話していた。普段であれば必ず挨拶をするのに、俺はそれを無視して団地の中へ入っていく。微かに「いったいなにが起きてるの?」という言葉が聞こえて、それが余計に不安を大きくさせる。二段とばしで階段をあがる。握りしめた携帯から、しきりに通知音が鳴っていて、それはクラスのグループメッセージからだ。電車で見たときにはクラスメイトの「やばくない?」「大丈夫?」などの文字が飛び交っていた。
俺は、はじめの名前を心のなかで呼んでいる。
ずっと呼び続けていた。誰に、なにをどうしてほしいのか、わからないが「頼む」と願っていた。
扉に体をぶつけながら鍵を開けてなかにはいると、靴のまま妹の部屋へいった。乱暴に襖を開けると、そこには今朝からなにも変わらないはじめの姿があった。体の位置も、俺がかけたタオルケットもそのままだ。
部屋の小さい机に足をぶつけた。箱が床に落ちるけれど気にならないまま近づいて、はじめの頭についているゴーグルを外した。長い髪が絡まるように流れておちる。
「はじめ? おい。・・・はじめ、起きろ!」
名前を呼びながら体を起こし肩を揺らす。はじめはどこにも力が入っていないためか、首がダランと倒れそうになり咄嗟に腕を回し支える。
気づかないうちに、はじめの名前を呼ぶ声は大きくなっていた。
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日付が変わった。朝になったと思ったら、気づけば夕方になっていた。
俺は、ベッドのヘリに腰を下ろして、はじめの手を握っている。ずっと、こうしていた。
携帯のネットニュース。画面の中では偉そうで頭の良さそうな数人の大人が何発ものフラッシュを浴びながら何回も頭を下げていた。テレビ記者たちが殴りかかる勢いで質問、糾弾を飛ばしている。画面の上には常にテロップが流れていて、そこには赤い字で「バグ? サイバーテロ? ゲーム世界に囚われた人たちはっ!?」と書かれている。原因なんて知ったこっちゃない。バグでもなんでもいい。
俺は、はじめの部屋から離れることができない。
こうしてベッドの上で仰向けに静かに寝息を立てている顔は、いつものかわいい妹だ。ニュースを閉じて、見るとメッセージアプリに通知がたまっていた。そのなかに学校から全家庭に向けたメッセージがあった。
学校からのメッセージは、今日が臨時休校になったこと。そしてダークレコードへの注意喚起であった。
『ダークレコードというゲームをするとログアウトできなくなる問題が発生しているため、子どもたちのなかでもしプレイしようとしていたら直ちに止めてください。また、本校の生徒も多数巻き込まれているため、状況が整理でき次第また随時ご連絡します』
もっと、・・・もっと早くこのメッセージがきてたら。そう思ってしまう。けれどこの状況、事件のことを考えるとそれは到底無理な話だということも理解はできた。
そうだ。さっきからずっと「こうすればよかった」「ああすればよかった」が頭を巡る。自問と自戒が順繰りに回り続けている。
「そうだ。のど乾いたな」
俺はゆっくりと立ち上がり、逃げるように妹の部屋を出ようとした。その時、顔がサッと血の気が引いていくのを感じた。
ちょっと、気持ち悪いなと思ったときには体がフッと軽くなり視界がどんどん白くなり、倒れた。
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【フォークブリッジ】
大きな月だけが灯りとなって照らす。
クエスト:ファントムの討伐
クエストエリア:フォークブリッジ
大橋の上、無秩序に置いてある車が一台、爆音とともに火柱をあげた。
「はじめっ! 後ろのカバーお願いね!」
そう声をあげたのは今しがた両手を前に突き出して火の玉を撃っていた『リューカ」だ。
「うん! まかせて」
はじめは目を凝らす。特に車の影から敵が出てこないか警戒している。一瞬横目でリューカの方を見ると、ファントムという敵が2体ほど近づいてきているようだった。
「リューカ、気をつけてね」
「わかってるって! いくよ。アンティーク・フリート!」
その掛け声とともにリューカの手から歯車の形をした炎が現れ、それを敵に向けて撃ち込んだ。歯車の炎は回転しながら敵の体に埋まり、そのまま発火した。「グギャアアア!」という断末魔をあげて倒れると、燃え尽きた。
それを見ていたはじめは、ホッとしたと同時に気配を感じた。すぐに前を警戒するがなにもいない。なのに全身に緊張が走っている。
「はじめっ! しゃがんで!」
リューカの声が耳に届いてから、「しまった」と思った。すぐに見上げると、敵がはじめに向かって飛びかかってきていた。後ろで火花が弾ける音がして、反射的にしゃがんだ。
「グギャっ!」
飛びかかってきた敵の頭に、一発二発と歯車の炎が刺さり吹き飛んだ。そしてリューカが指を鳴らすと敵の頭は燃え盛り、すぐに動かなくなった。
「ふう、なんとか終わってよかった。ほら、これで最後みたいね」
「うん。あっ、ありがとう助けてくれて」
「いいのいいの。こっちこそ色々教えてくれたんだし。それに仲間じゃん? 助け合っていこうぜ!」
リューカはビシッと親指を向ける。はにかんだ時に八重歯が覗き見えて、はじめはなんとなく笑ってしまった。
「ははっ、いいね。笑ってる笑ってる。最初にあったときよりも全然オッケー。・・・まあ大変なことになっちゃったけど。でも、だからって暗い顔してるよりは、笑ってた方がマシだよ。それに、せっかくのカワイー顔が台無しだしね!」
「・・・ありがと」
リューカはうんうんと頷きながらふと気づいたように「メニュー」と言って目の前にスクリーンを出した。そこにはステータスやアイテムといった項目が並んでいて、そのなかにある「クエスト」を押した。すると、画面はスライドしてさらにクエストに関連した項目になる。一番上には『フォークブリッジエリアにてファントムの討伐』とあり、それにチェックマークがついていた。フォークブリッジとは、今いる大橋のことである。
「あっ! いいね。ちゃんと経験値と報酬もゲットできてる。あー、早くレベル上げてお金貯めて、自分の家買いたいよー」
リューカはそう言いながら歩きだした。
「そうだね。・・・でもさ、こんなことしてて、いいのかな?」
その背中を見ながら、はじめは言った。立ち止まったまま、自分でも驚くほど暗い声がでてしまっていて、すぐに申し訳ない気持ちになる。しかし、リューカは背を向けたまま歩みを止めず、一言だけ「なんとかなる」と言った。
はじめは、リューカがどんな顔をしているのか気になった。見てみたいような、見たくないようなどちらともいえない気持ちのまま、その言葉を信じるようになにも言わず小走りで背中を追いかけた。