「 ??? とサイレン」
2−4 「?? とサイレン」
【 ??? 】
ああ、そうか。このパターンは84回目の実験の時と同じだな。だとすれば出力調整をすれば問題ないだろう。しかし、それに伴ってヴィランの変容が課題となるか。・・・まあそれも想定の範疇ではある。
それよりも気がかりは、やはりプレイヤー同士による争いが顕著に見られることだ。これは当初のダークレコードとは価値観が変わってきたことを意味している。
やはり人の心というものへの理解が、私には乏しいのだな。
よし、ヴィランとは別の共通悪を用意しよう。それによって避けられない仮の平和をプレイヤーたちには作ってもらうとするか。
・・・だが、やはり何度計算し直しても、ここに帰結してしまう。だとすれば、もう、あとは、タイミングしかないだろう。
待っていてくれ。もう少しで、君の影に手が届きそうなんだ。
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【旧ムーンティア5番街】
聞き込みをしていると、ちょうど洋服店ミューズの前を通りかかった。俺たちに気づいた女店主が声をかけてきた。
「もう頼みごと受けないよ!」
昨日の突発的に押し売られたクエストのことを思い出し、咄嗟に、断りを先制するが、女店主は笑いながら「ちがうわよ」と言い、店の中に入るよう促された。一瞬のためらいをみせる俺とはちがい、トカコは構わず店に入っていこうとするため、怪しみつつも店に入った。
「ほら、昨日言ったでしょ。助けてくれたお礼に仕立ててあげるって。今からわたくしが、最っ高〜で極上〜なっ! お洋服を作ってあげるわ!」
両手を合わせて小躍りみたいにクネクネと腰を揺らしている女店主は、こちらがなにを言おうがお構いなしに、メジャーで採寸を始める。
「あ、あの、ありがたいんすけど。俺たち人探しをしてるので、また今度に・・」
「んまあ! だめよ〜。早くしないと、わたくしのアイディアとパッションが溶けちゃうでしょ? ほらほら、ジッとして! あっ、トカコちゃんのは昨日のうちに採寸は終わって、もう仕立て終わってるから、あとでお渡しするわねえ」
「え! いいの! トカも、お洋服もらえるの!?」
「も、ち、ろ、ん、よ〜」
そう言いながら女店主と、嬉しそうハイタッチをしている。
ここまでプレイヤーの意志を尊重しないNPCがいただろうか。俺はもう諦めて、間抜けな案山子のように両腕を伸ばしたまま、その様子を見つつ、黙って採寸を受けていたのだった。
全ての採寸が完了すると、どんなデザインにしたいかと尋ねられた。元から服だとかのオシャレに疎い俺は、店主におまかせすることにした。
「おっけ〜い。それじゃあ、二時間後くらいにもう一度お店に来てちょうだい。あなたにピッタリのものを用意しておくからね! もちろん、お代はけっこうよ!」
俺は、ようやく終わったと、まだたいして行動もしていないのにどっと疲れた気になり、思わず店の椅子に腰掛けてしまった。すると、更衣室のカーテンの開く音がして見ると、着替え終わったトカコがでてきた。
「ど、どうかな? トカ、にあってる?」
「おっ、おう。なんか、かわいいな」
頭に浮かんだ感想がそのまま溢れ、言ったそばからなんだか恥ずかしくなる。ただ、トカコの装いは見違えるものであった。さっきまでのぶかぶかな白いシャツという不相応な服から一変して、なんというか良家のお嬢様のような姿になっていた。
肩と手首の周りにフリルが装飾された白いブラウスに、膝丈ほどの高級感のある黒いスカート、薄手のゆったりとした長めの黒い蝶ネクタイ、よく磨かれた黒いローファー。やぼったかった前髪はピンクのカチューシャで綺麗にまとまっており、まるで物語から飛び出してきたかのような、可憐さが際立つ格好に変身していた。
思わず見入ってしまうと、トカコは恥ずかしかったのか、スタスタと女店主の腰に隠れてしまう。そんなトカコをガシッと掴み、「ああ、なんて、なんて美しいお洋服なの、すばらしい、ああ、素晴らしすぎる!!」と、どういう方向なのかわからない興奮の仕方で女店主は盛り上がっていた。
腕は確かだけど、やっぱり、こいつちょっとおかしいんだな。
店をあとにして、また旧ムーンティル5番街を探索することにした。新しい服にトカコはまだ慣れていないのか、少し歩き方がぎこちないものの、洋服自体はとても気に入っているようだった。
「ねえねえ、トカ、いい感じ?」
「ああ、いい感じだ」
「うふふ、トカ、にあう?」
「ああ、似合う似合う」
「ふふ、ねえねえ、トカ・・」
「わーっかったよ! いい感じだし似合うし可愛いから!」
「えへへ、やったー!」
そんなやりとりを何度かしながら歩き、トカコの母親を探すため、また聞き込みをしていると、あるプレイヤーから妙な話を聞いた。そのプレイヤーはトカコの母親について「知らないなー」とやはり手がかりと呼べるものはなかったが、唐突に「もしかしてあんた、ヨウタって名前か?」と言ってきた。
「え? ああ。そうですけど。なんで俺の名前を知ってるんだ?」
「僕さっきまでメインストリートの方にいたんだけど、その時にあんたっぽい人見てないかって聞かれたんだよね。なんか人探ししてるやつって。それで、・・えーっと確か、レックス、ってやつだったかな」
「・・・・・・そうか」
どうやら、俺のこと探してるのか。そんなに前ではないはずなのに、レックスと別れた時のことをまるで昔のことのように思い出された。
そういえば、あいつのこと殴りっぱなしだったな。
「わかった。ありがとう。メインストリートだな。あとで行ってみるよ」
俺は礼を言って、離れようとした時、男は「あっ」と何か思い出したかのように呟くと、ニヤリと笑みをこぼして体を寄せてきて口元を手で隠しながら内密な話をするように言った。
「そうそう。そのー、レックスってやつと一緒にいた、すげえ可愛い女の子、あんたの彼女? その子もさ、あんたのこと探してたぜ。なあ彼女? ちがう? ちがったらいいなあ」
・・・・・・え?
頭が静止した。
男が冗談めかして肘で小突いてくる。トカコは不思議そうにそんな様子を見上げている。俺のなかで、パチンとなにかが嵌るような、そんな感覚があった。
女の子? 可愛い。・・・はじめ!?
「おっおい! 本当か! レックスと一緒に女がいたんだな! 可愛くて、えーっと、可愛くて、そんで可愛いんだよな!!」
「な、なんだよ。おい、離せって! そ、そうだよ。かなり可愛い感じの子で、ええっと・・・」
全て聞き終えることもできないほど、感情が溢れそうで、思わず男を突き飛ばしてしまった。男は「なんだよ!」と言いながら尻を擦る。
「あっ、悪い。いや、ありがとう。本当にありがとう。恩人だ! あんたは恩人だよ!」
俺は腕を掴むと男を引き上げて、汚れた尻とついでに腕やら胸やら背中やらをパンパンと叩いた。
「や、やめろ! わかったから、もういいから!」
男は逃げるようにその場から立ち去った。
レックスが見つけたんだ。
見つけて、くれたんだ!!
「おい! トカコ! 妹が見つかった! やったぞー!!」
俺はトカコを抱き上げてそのままぐるぐると回った。トカコは「ひゃあ!」と驚き、恥ずかしそうにしているようだが、この時の俺はそんなことには気づかない。
「よし! すぐに戻るぞ! あっ、急がないとな。トカコ、このままおんぶしてくからな! しっかり掴まれ!」
「ええー! よ、ヨウタお、おにいちゃん。まってよ。なにがどうなってるのー」
そんな戸惑いをよそに、トカコを背に乗せて、メインストリートに向かった。
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【アーサーブランク 中央】
霧の大都市『アーサーブランク』これがダークレコードの丁度真ん中に位置する主要都市である。アーサーブランクは中央と東西南北にエリアが分かれており、さらに都市を抜けると枝分かれ状にエリアが点在している。そして今、レックスとハンナの二人がいるここは、ヨウタたちが言うメインストリートで、生活に必要な店から娯楽の多い通り、常に人が賑わうエリアである。
二人は、その通りで人をかき分けながら歩いている。互いに共通の目的のために行動をともにしていた。それは、ヨウタを見つけることである。そして、もう一つ、ハンナにこのゲームのことを説明するためでもあった。
「まあ、ざっくりとした説明になったけど。今話したのがダークレコードの基本的なことで、あとこのマップでいうと真ん中あたりのエリアがメインストリートだ。えーと、なんか質問ある?」
「・・・いいえ。大丈夫」
説明を受けている間、ハンナは終始難しそうな顔をしていた。
「ああそう。えっと、ちなみにだけどハンナさんの能力ってどんなやつ?」
「・・・どうやって確認するんだっけ」
「いやだから、さっきも教えたけど・・・」
どうやらハンナはこういったゲームの類には疎いようで、何度も聞きながら覚束ない操作でメニューを開いた。
「えーっと、・・・『紫電融解【メルト・スパーク】って書いてある」
「へえ。あっ、能力の横に説明みたいなの書いてない?」
「ええ。粘液状の電撃を操る。・・・ふう。どうやら私には理解できないものみたい」
「いやいや、まあようするに電撃系の能力ってことだよ。うーんと、じゃあさ、せっかくだからどっかで能力を試しにつかってみる?」
レックスがそのように提案をしてみる。しかし、ハンナはまた難しそうに画面を見つめていて、首を横に振った。その様子にレックスは思わず笑みが溢れる。
「・・・岩波葉太の、聞き込みはこれ以上は手探りすぎてラチがあかないわね。最後の目撃情報である星屑ってバーも、良い情報はなかったし」
「んー、でも冷静に考えてみれば、そこまで焦らなくても大丈夫だと思う。あのバーはヨウタと俺がいつも立ち寄ってた店だし、マスターにもヨウタがきたら引き止めてって伝えてるから。それ以外にも一応聞き込みした人にもし見かけたらってお願いもしてるから大丈夫だと思うけど」
そんな話をしていると、突如、それは鳴り響いたのであった。
サイレンだ。人に警戒を迫るような不快な音を繰り返し鳴る。周囲のプレイヤー達は、皆が同様にこのサイレンがなんなのか分からずに混乱していた。それは丁度、獅子原博士がプレイヤー達に語っていたあの時に似ていた。
「な、なんだ。どっから鳴ってるんだ?」
レックスは周りを見ながら音の出処と、そしてこれからなにが起こるのか、全身が鋭敏になるほど緊張が走る。すると、突然なにもしていないのにメニュー画面が開かれ、人に警告を迫るような赤色が明滅して、文章が表示される。そして、アナウンスが流れた。
『緊急警報。緊急警報。アーサーブランク北側のエリアに、ファントムの軍勢が出現しました。近くにいるヒーローたちは、直ちにファントムの討伐をすること。繰り返す・・・』
どういうことだ?
そうレックスを始め、周辺にいた多くのヒーローたちが同じく思ったことであった。
「・・・ねえ、勝手に画面が、開いたのだけど。これは? 私、変なとこ触った?」
ハンナの微妙に方向のちがう戸惑いに対してレックスは答えられず、尋ねられても、あまりにも唐突なことにしばらく黙り込んでいた。だが、次第に周りにいるヒーローたちはアナウンスに従うことにしたのか、そのファントムの軍勢が出現する北側へ走り始めた。
「こんなの、今までなかったはずだ。ダークレコードで、こんな緊急警報だなんて」
「ね、ねえ。この画面、どうしたらいいの? どこ押したら」
「ハンナさん、俺たちも行ってみましょうか!」
「ああ、戻った。・・・・・・なぜ? 今は岩波葉太を探す方が先でしょ?」
「まあそうだけど。こんなの今までにない。おかしなことだから様子を見てみないと。それに、もしこれをヨウタが聞いてたとしたら、そこに向かってるかも」
その言葉に少し考えた後、ハンナは頷き、二人はプレイヤーたちの流れに混ざり、アーサーブランクの北側へと向かったのであった。




