潮騒とともに去る君を 第一章
この物語は第一章から第四章で編成されております。一章につきだいたい10話前後を予定しています。一日、一話ペースで投稿しようと考えていますが、制作中にストーリーや文章の訂正をする場合に投稿頻度がずれる場合があります。
以上です。
第一章 「ファンタジーだろうが探しにいく 最愛と離れてしまうなら」
転校生、山田ハンナが俺のクラスに転入してきた時のクラス内のどよめきは大きかった。6月もそろそろ終わりになる随分と中途半端な時期にやってきた。日に日に気温と湿度が増す鬱陶しい曇り空の朝、担任教師が黒板に均一な文字で書いた名前を見て、俺は「ハーフなのかな?」と感想をもった。それはきっと俺だけではなくてクラスの何人かも浮かんだと思う。こんな田舎町ではハーフなんてテレビや雑誌で見るもので、実際に目の当たりすることなんてない。だから、このクラスのどよめきも、どこか有名人を見かけたかのような浮かれようだった。
隣の席の岡野が、大きな体をもそっと寄せてきて「おい、すっげえな」と呟き、俺を見た。頷こうとすると、岡野の後ろの席の女子が手を挙げた。その気配に気づき横目で見ると、「はい、はーい!」と興味津々といった顔で、その山田ハンナに対して質問をしようとしたが、担任教師が「まてまて、まだ自己紹介がまだだろ」とたしなめた。
すでにクラス中の興味を惹きにひいている『山田ハンナ』に、一斉に視線が注がれる。
と、この時の俺の心情は、若干空気が読めていないようだが一人すでに転校生への関心は薄らいでいた。知らんぷりをしているというわけではないが、昨日、自分の将来のこととか、妹のこととかでいろいろと悩んだあげく、卒業後の進路をなんとなく決めたこともあり、つまり、金が必要だということに結論づいたからだ。
ああ、バイトのシフト増やせるかな。なんて思ったりしていた。
ところで当の転校生、教壇に立たされている山田ハンナはどこを見ているのかわからない表情を浮かべている。担任教師が促すと、色素の薄い妙に長い前髪を右手で払った。その時、手首に巻かれた数珠が見えた。
「・・・山田、ハンナ、です。よろしく」
薄桃色の唇から、張った水面に一滴の水を落としたような、そんな静かな声がした。綺麗だが青白い顔も相まって、それが想像以上に不気味であった。教室内は一瞬、静まり返った。岡野の後ろの席の女子も、さっきまでのお調子者さが失せたように、中途半端に手が止まっている。
担任が気を取り直したように「そ、それじゃあ、山田は、あそこの空いている席な」と教室の後ろを指さし、最後にすぐに一時限目が始まるから準備するようにと言い、教室を出ていった。
山田ハンナは、ゆっくりと通路を歩いてきて、俺の席の横を通り過ぎる。
青白い肌に大きな瞳、長い睫毛。細身の体躯に手足はスラリと伸びている。一瞬、ゾッとしたがそれと同時に、どこかで見たような気がした。
まあ、気のせいか。
俺は授業の準備を始めた。
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俺の名前は『岩波葉太』という。16歳、高二、中肉中背、帰宅部でアルバイトをしている。学業状況はクラスのなかで真ん中より少し上くらい。運動神経はいたって平凡。他に自分の特徴をあげるとすればなにがあるだろう。
ああ、妹がいる。今年で15になる、『はじめ』という名の妹だ。
・・・いやこれも、自分の特徴ではないか。
性格は、クラスメイトの岡野からは「真面目なやつ」と言われることがある。あと小学校の通知表では公平・公正という項目に◎がつけられていたことを覚えている。
自分のことは、これ以上語ることもない。なので住んでいる町のことを少しだけ。この町は、とりあえず小さい。そして寂れている。半分が山、半分が海に囲まれた、良く言えば自然豊かなところ。悪く言えば何もない町だ。学校からも見える漁港には毎朝、魚が揚げられて、磯の匂いが登校中には学校の方まで漂ってくる。海が近いせいか、町全体が湿っていて潮が舞っているような、そんな気がする。
町の中心にある駅は小さい。朝と夕方は町内外の出入りが激しいためひたすらに混んでいる。深緑色の電車は老朽化もあってか人が満杯になると辛そうに軋んでいる。町の端には、唯一の大きな建物である文化会館がある。月に1回、流行りの映画が上映される。あとはたまにやってくる何年も前にヒットしたバンドやグループがライブをするが、他にどんなことで会館がつかわれているかよくわからない。
山側の方には老人ホームと障がい者施設がある。そういえばこの前、山を削った土地にメンタルクリニックが建設中であるとなにかで見た気がする。
なんとまあ娯楽の少ないことだろうか。だから地元の中高生は、休みの日となれば町を出て遊びに行くか、家でネットかゲームをすることが定番となっている。
俺の家は、駅に近い所にあるボロボロの公団住宅だ。日当たりの悪い1LDK。そこで妹と二人で暮らしている。妹は普段部屋にこもってもっぱらゲームばかりしているようで、ネットで購入したゲームが時折届くことがあった。俺は、自分の部屋はないので台所の横にある広めのスペースに布団を敷いて寝ている。以前は自分の部屋が欲しかったが、今はもう慣れてしまい、なんとも思わなくなった。
学校が終わると、自転車を漕いでまっすぐ駅へ行く。電車に乗り、隣町のスーパーのバイトに勤しむ。バイトが終わると電車に乗ってまた町に戻り、停めていた自転車に乗り、家に帰る。
最近、ああ、一日ってこんなに早く過ぎるんだな。と思うことが増えた。明日も明後日も家と学校とバイトを行き来する。
カチ、カチ、カチ、と二人きりの家は、夜になると時計の音しか聞こえない。
寝る頃には、転校してきた山田ハンナのことは、もう頭になかった。