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9 星宮翔一

 週末の朝、俺は駅にいた。星宮が彼女のお父さんにアポを取ってくれたのが5日前の夜のこと。その後お互いの日程を擦り合わせ、今日の午前中に会うと決まったのだ。真面目な話をするので、もちろん制服で来ている。


「おはよう、雪平くん」


 星宮がやって来た。てっきり私服かと思っていたが、彼女も制服を着て来ている。休日で、これから星宮の家へ行くというのに妙だな。


「……おはよう」


 視線と声音で気持ちが伝わったのか、星宮が「ああ、これ?」と自分のブレザーを指差す。


「雪平くんが制服で来るなら、私も制服を着てくれば、ちょっとは味方になれるかなと思って」

「……ああ、そういうこと」


 私服で一家団欒する星宮家に俺一人制服で乗り込むのは、確かにアウェーな感じがする。星宮が制服を着てくれるだけで、パワーバランスはましになるはずだ。


 しかし、なんて気遣いのできる子なんだ。本当に中学生か? 中身は未来からタイムリープしてきたりしてない?


「ありがとう、星宮」

「ふふっ、どういたしまして」


 少し大げさに頭を下げると、星宮がくすくすと笑う。


 ……星宮のお父さんを説得するための準備は、この5日間でばっちりしてきた。そして、たった今の星宮の笑顔で、モチベーションも上がった。緊張も多少ほぐれた。スポーツじゃないけど、心技体の揃っている今ならいけるはずだ。


「さて、行きますか」


 顔を上げて星宮を見ると、彼女が微笑む。


「家までは私が案内するわ」


* * *


「……ブルジョワだ」


 星宮の家を見上げて、俺は呟いた。


 その家は2階建てで、周囲の家より明らかに大きい。玄関前には黒い鉄格子の門扉があり、庭は広く手入れがよく行き届いている。全体的に洋風な建築で、何の変哲もない住宅街では異質な存在感を放っていた。


 俺の声が聴こえていたのか、星宮は苦笑した。


「そういうの、うちに来た友達には必ず言われる」

「あ、やっぱり? というか星宮ってそもそも、友達とか家によく呼ぶタイプ?」

「よく呼ぶってほどじゃないけど、全く呼ばないわけではないわ。……あ、でも」


 ふと何かを思い出したように、星宮が付け加える。


「男の子を呼ぶのは、雪平くんが初めてかも」

「……あ、そう」


 どうしてそういうことをサラッと言えるかな……。なんか別の意味で緊張してきたんですが。責任とってくれよマジで。


 なんてキモい思考はすぐさま打ち切り、「入るか」と星宮に言う。彼女はこくりと頷くと、門扉の左手に設置されたインターフォンのボタンを押した。まもなく女性の声が聴こえる。


「あら、もういらしたの?」

「ただいま、お母さん。雪平くん、連れてきたわよ」

「そう、ちょっと待っててね」


 プツンと通話が切れ、少しして門扉の先の玄関扉が開く。黒髪の若々しい婦人が出てきた。星宮に似た整った鼻梁には、どことなくハーフっぽさを感じる。たぶん星宮のお母さんなんだろうけど……姉と言われても信じてしまいそうだ。


「希空の母の希美です。今日はよろしくね」

「ほしみ……あ、いや、希空さんのクラスメイトの雪平冬馬です。こちらこそよろしくお願いします」


 頭を下げて言う希美さんに、俺はさらに深く頭を下げて返事をする。


「あら、随分と礼儀正しい子ね。……希空、この子中学生よね」

「正真正銘の中学生よ。今はちょっと緊張して、猫被ってるんだと思う」

「いや、猫被ってるとかじゃなくて……」


 ――一応、元社会人だから。


 なんて言葉が咄嗟に出かかり、口を抑えて我慢する。


 頭を上げると、何やらキラキラした目をする希美さんと目が合った。彼女はまじまじとこちらを見つめる。


「へえ、でも、あなたがねえ……」

「……俺の顔、何かついてますか?」

「ああいえ、そういうんじゃないの。こっちの話。……さて、こんなところで立ち話するのも何だし、中に入りましょうか」

「あ、その前にちょっといいですか」


 一言そう断ると、俺は鞄の中からお菓子の詰め合わせを取り出す。地元でそこそこ有名な菓子店のものだ。あまり高いのを買うのも中学生にしては重い気がして、1500円程度のものを選んでいる。それでも今の俺の所持金ではきつかったけど。


「あの、これ、お口に合うかは分かりませんが、よろしければ皆さんで――」

「あなた本当に中学生!?」


 希美さんの声が空に響いた。


* * *


 靴を脱ぎ、失礼しますと声をかけて玄関から家に上がる。2階建ての一軒家という字面だけ見ればうちと同じはずなのに、全体的にうちより広い。インテリアもいちいちお洒落で、外観の洋風な雰囲気と合っている。


 周囲を見回しつつ希美さんの案内で居間へ入ると、食卓に座り腕を組む壮年の男性と目が合う。星宮に似た目つきをした、銀縁眼鏡の似合う整った容貌の人だ。男性は組んだ腕を崩さないまま、厳しい表情で言った。


「ふむ……君が希空のお友達か」


 ……なんかすごい威圧されてね? 気のせいじゃないよな、これ。


 プレッシャーをひしひしと感じつつも、俺は頭を下げた。


「希空さんのクラスメイトの雪平冬馬です。今日はよろしくお願いします」

「希空の父の翔一だ。……まあ、かけなさい」


 翔一さんが手で示した彼の目の前の椅子を引き、大人しく腰かける。すると、流れるような動作で隣に星宮が座った。翔一さんがぴくりと眉を動かす。


「やっぱりな。休日に制服で揃えてくるところといい、君らはそういう関係か」

「……何の話?」

「この後に及んでとぼけるつもりかい、希空。休日にこうして顔を揃えている時点で、彼が君にとってどういう人間なのか、僕には分かるんだよ」

「……ごめんなさい、お父さん。本当にわけが分からないわ」


 なるほどな。二人の会話を聞いていて分かった。星宮がどう伝えたのかは分からないけど、翔一さんはどうやら大きな勘違いをしてるらしい。


「あの、お父さん。どうも何か勘違いされてるようですが、僕らは――」

「君にお父さんと呼ばれる筋合いはない!」

「はい、失礼しました!」


 やっべえ。今のは完全にやらかした。なんでこういう時に限って、一番やってはいけないミスをするのか。


 平謝りに謝っていると、隣の星宮がテーブルをバンッと両手で叩く。


「お父さん! そんなに怒ることないでしょ!」

「い、いや、今のはビシッと言わないとだろ! 私は彼のお父さんではないし、今後もなる予定はないからな!」

「……ねえ、さっきから何言ってるの?」

「じゃあ、この際だからはっきり言わせてもらおうか」


 困惑する星宮を前に、翔一さんは眼鏡をかちゃりと上げた。少し間を置いて、力強く言う。


「希空、君は中学生だ。彼氏を作るにはまだ早い!」

「……は?」


 星宮の極寒の視線が、翔一さんに突き刺さった。

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