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6 高校野球

 翌日の10時10分前、俺は保土ヶ谷球場の前にいた。昨日星宮にLIMEで連絡した通り、制服を着て来ている。その星宮からは、LIMEで『そろそろ着く』と連絡が入ったばかりだ。


 まもなくブレザー姿の星宮が見えた。控えめに手を振りながらやって来る。やっぱ綺麗だなあ、と感心しつつ挨拶代わりにと右手を挙げたところで、俺はとんでもないことに気付いた。


 ――あれ、これってデートじゃね?


 考えてみてほしい。同じクラスの女子と連絡先を交換し、休日の午前中にスポーツ観戦へ行く。字面だけ見れば完全にただのデートだ。


 もちろん俺と星宮には、複雑な事情があるわけで。星宮にだってデートのつもりなんぞ1ミリもないだろう。でも、事情がなんであれ、初恋の相手と一緒に野球観戦できるという状況に変わりはない。


「ごめん、待った?」

「大丈夫、俺も今来たとこだから」


 しかもこの、初デートのテンプレをなぞるような会話。やばいな、なんだかむず痒い。別に1周目でこういう経験がなかったわけでもないのに、デートと意識しただけで、なぜ俺はこうも緊張してるんだ。


「試合、もうすぐ始まるんでしょ? チケットは取ったの?」

「……あ、ああ。これ」


 星宮の言葉で我に返った俺は、ついさっき購入した2枚のチケットのうち、1枚を渡した。すると星宮が、「いくらだっけ?」とポケットから財布を取り出す。


「いや、いいよ。たった200円だし」

「だめよ、こういうのはキッチリしないと」


 存外強い口調で星宮は言うと、百円玉を二つ俺の方に差し出してきた。借りを作るのが苦手なタイプなのかもしれない。大人しくお金を受け取った俺は、近くに見える3塁側入場口を指差す。


「あそこから入ろう」


 星宮は頷いた。俺が歩き始めると、大人しく隣へついて来る。何を話せばいいか分からず黙っていると、入場口を通った直後に星宮が口を開いた。


「なんかワクワクするわね、こういうの」

「そうか?」


 隣を歩く星宮を思わず見る。彼女の目は、確かにキラキラと光っていた。


「私、こういうところへ来るのは初めてだから」

「……へえ」


 その眩しさに、俺は星宮から目を逸らした。ふと思い浮かんだことを考える。


 1周目の星宮は、死ぬまでこういう場所へ来なかったのだろうか。もしそうなら、俺は現時点で彼女の運命を変えてることになる。


 もちろん、15年後に星宮が死んでいるという事実をそう簡単に覆せるとは思えない。でも、彼女に自分が影響を与えているということそれ自体が、俺にはなんだか嬉しく思えた。


「……高校生の試合で、こんなに人が入るの?」


 スタンドへ入るなり、星宮が周囲を見回して言う。実際、かなりの席が埋まっていた。そして、俺はその理由を知っている。


「この試合は、県内じゃかなりの好カードだからな」


 今日は横浜実業と緑川の試合。神奈川で「私学4強」と呼ばれるチームの一角同士の試合のため、通常の3回戦ではあり得ないほど、ここ保土ヶ谷に観戦者が集まっているのだ。


 そんな事情を星宮にざっくり説明つつ、バックネット裏の空いている席に並んで座った。隣からふわりと柑橘系の香りが漂ってくる。俺の話を分かったような分からないような顔で聞いていた星宮が、ふと思いついたように尋ねてきた。


「そう言えば、雪平くんって緑川に進学するつもりなのよね。夢でこの試合を観たって言うのも、もしかしてそれが理由?」

「まあな。でも、今はやめようかとも思ってる」

「……あんなに行くって言いふらしてたのに?」


 不思議そうな顔をする星宮に、俺は言った。


「夢で見たんだよ。緑川に行くと怪我で野球をやめることになるって」

「…………」


 星宮は黙りこくった。野球を知らない彼女にも、好きなことをやめなければならなくなる辛さは伝わったようだ。


 しばらくして、気を取り直したように星宮が尋ねてくる。


「でも、夢は夢でしょ。自分の進路も夢の内容で決めちゃうの?」

「『夢が現実になるから、進路を変えてくれ』って他人に言っておいて、自分の進路を夢の内容で決めない方がおかしくないか?」

「それは……そうだけど……」


 ……まずいな、ちょっと引かれたか? まだ夢が現実に起こることだと信じてもらっていない段階で、内容に触れすぎるのはあまり良くないかもしれない。


「まあ、俺の見た夢が本物かどうかは、この試合で全て分かるんだ。今は大人しく試合を観ることにしよう」


 俺はグラウンドを顎で示した。ちょうど球審の合図に従って、両チームが整列するところだ。星宮もそうね、とそちらに注意を向ける。


「忘れないうちに聞いておくけど、雪平くんの夢ではどっちが勝ったの?」

「……一般的には、横浜実業の方が強いとされている」


 私学4強の中にもヒエラルキーはある。緑川は3番手か4番手で、横浜実業は1番手か2番手。俺は横浜実業に憧れていたが、そちらからは声がかからなかった。つまり、そこまでの才能はないと宣告されたに等しい。


 今思えば、この頃周囲に緑川へ行くと言いふらしていたのは、自分の気持ちと現実との折り合いを無理やりつけようとしてたのかもしれない。周りにそうと言ってしまえば、逃げ道がなくなるから。


 でも、やっぱり横浜実業への憧れも捨てきれない。そんな折に両校が対戦するとなれば、観に行かないなんて選択肢はなくなる。そう、1周目の俺はあの時、両校を天秤にかけるような気持ちでこの試合を観に来たのだ。


 そして俺はこの試合を観た後、緑川に進学する。つまり、試合結果は――。


「その言い方だと、緑川が勝つのね」

「正解」


 両チームが挨拶を交わし、観客席から拍手が起こった。先攻は緑川、後攻は横浜実業。まもなく試合がスタートする。

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