1 同窓会
久しぶりの新連載です。今回は野球×恋愛ものでいきます。
中学の同窓会の案内状が送られてきたのは、中学卒業後15年目の夏。アパートの戸口についた郵便受けにそれは入っていた。居間で案内状の封を開け、印字された文字を俺は読む。
中学……か。あの頃には良い思い出しかない分、同窓会には行きたくないな。
当時の俺・雪平冬馬は、地元の硬式野球クラブのエース。強豪校に進学し、甲子園を目指すと言ってはばからない生意気なガキだった。
だが、高校進学後の俺は転落の一途を辿る。宣言通りそこそこ強い野球部でエースになったまでは良かったが、不運にも俺の在籍した3年間は投手不足が著しかった。まあ、だからこそ俺がエースになれたとも言えるが。
とにかくそんなわけで、大会ではほぼ常に俺が先発完投。酷使で次第に肘の靭帯をすり減らし、3年の夏が終わる頃にはほぼ投手生命を終えていた。しかもその頑張りが報われることはなく、一度も甲子園へ行けずに終わった。
無為な時間だった。「努力は報われる」なんてうそぶくやつは世の中に数多くいるが、あれはたまたま正しい方向に努力できた人間が言うことだ。何も考えずがむしゃらにやるだけでは、努力は平気で人を裏切る。それを早く知るべきだった。
結局失意のまま高校を卒業した俺は、適当な大学に進学した後、適当に4年間を過ごし、適当な企業に就職した。そしてその企業が案の定というべきか真っ黒な会社で、薄給で馬車馬のように働かされて今に至る。
俺の現在を中学の同級生が知ったら、当時との落差で失望や憐憫の感情を向けられること間違いないだろう。その視線に俺は耐えられるか。例えば、星宮希空にそんな目を向けられて、俺は――。
そうだ、星宮。なぜ俺は今の今まで、彼女を忘れていたのだろう。中学時代の俺が密かに恋していた相手こそ、星宮希空だった。
星宮は本当に綺麗な子だった。直接話す機会は少なかったけど、少しでも話せた日には俺の心は満たされた。今思えばあの気持ちこそ、初恋というやつだったのかもしれない。ああいう感情を抱いたのは、後にも先にも彼女一人だ。
彼女は今、どうしてるんだろう。あんな綺麗な子は周りが放って置くはずないから、彼氏がいるのはほぼ確実だ。それどころか、どこかの若手起業家と婚約してるなんて可能性すらある。
ふと気になってネットで検索しようとして……やめた。かつてのクラスメイトにネットで調べられるなんて、星宮もあまりいい気分はしないだろう。だったら顔を見て直接話を聞く方がいい。
「……仕方ない、行ってみるか」
さっきまで破いて捨てる予定だった案内状を、俺は封筒に入れ直した。
* * *
夏は過ぎ去り、秋も終わろうかという頃に同窓会は開催された。
華やかなパーティー会場では、あちこちで旧友たちが昔話に花を咲かせている。でも、中学を卒業してから15年経つだけあって、ぱっと見誰だか分からないやつも多い。正直ちょっと心細かった。
「おっ、冬馬じゃないか! どうだ、元気してたか」
そんな中、見覚えのある男が俺に向かって手を挙げているのを目にする。男の周囲には多くの人が集まっていた。あまり注目の多い場所には行きたくなかったが、仕方なく彼の元へ向かう。
「久しぶり、酒井。お前こそ元気だったか」
「俺はもちろん、ばりばり元気よ!」
そう言ってくしゃりと笑ったのは酒井敬浩。中・高と6年間、俺とバッテリーを組んでいた男だ。酒井はスポーツ推薦で大学に進学した後、4年時にドラフト指名を受けて今は某プロ野球チームで活躍している。
最近は彼と連絡を取っていなかったので、直接顔を合わせるのは久々だ。見た目こそ以前と変わりないものの、華やかな世界で活躍しているだけあって、酒井にはオーラが漂っていた。
高校卒業後の人生の差を痛感しつつ、彼と昔話に花を咲かせる。酒井は高校時代を共にしただけあって、こちらがどんな話題を嫌がるか何となく分かっているようだ。気を遣わせているとは知りつつも、俺は酒井の厚意に甘えていた。
ただ、皆が皆酒井みたいなわけじゃない。
「ふーん……雪平って今、野球やってないんだ。中学の頃は凄かったのに」
そう言って、品定めするようにこちらの姿を上から下までじろじろ眺めるやつもいた。頭の中のかつての俺の姿と、今の俺を見比べているのだろう。居心地の悪い思いをしつつ、「星宮の顔を見るためだ」と自分に言い聞かせて俺は乗り切る。
……そう言えば、肝心の星宮が見当たらないな。
「なあ、酒井。星宮って今どうしてるんだ?」
かつてのクラスメイト数人+酒井という面子で話していた時、さりげなく酒井に話題を振ってみる。するとその場にいた全員の顔が固まった。酒井がなにやら深刻そうな顔で俺をまじまじと見る。
「……冬馬。お前、知らないのか?」
「……? なんだよ、なんか怖いな」
「いや、怖いも何も……なあ」
酒井がその場のクラスメイトに同意を求めると、皆が顔を見合わせて頷く。嫌な予感がした。心臓が早鐘を打つのを無理に抑えつつ、俺は尋ねた。
「何、まじでなんかあったの?」
「あー……」
酒井がぽりぽり頭をかいてから、俺以外の全員を代表して口を開く。それも、随分と気まずげに。
「星宮は、亡くなったらしい」