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008 - 白き霊柩車


 部屋から叩き出されたあと、なんとぼくは館の敷地からも出された。

 使用人の林さんが「指示なんで、すみませんね」とか言いながら巨大な門を閉めていく。


 いやー、嘘でしょ。ぼくがもしこの山の中で遭難して死んだりしたらどうするつもりなんだろう。ぼくのほうは、生き返る便利な機能ついてないんだぞ。


 とはいえ、ぼくは慌てない。

 叩き出されたのはまだぼく一人なので、取り急ぎみことちゃんにメッセージだけ入れておけばいい。間に合うといいんだけど。


 もう、謎は解けた。ほぼ全て解けたと思う――金銭目的の犯行ではなさそうだからと、道利家の経済状況に一切興味を持っていなかった初動の悪さによってここまで時間がかかってしまったが――もう、だいたいのピースは集まった。


 一応初山先生の持つ遺言書も開いて確認はしたほうがいいだろうが、残タスクはそのぐらいだ。

 犯人の蒔苗さんは、とある一つのなかなか打算的かつ利他的な目的のためにみことちゃんを殺した。

 だがもちろん、莫大な遺産が目的だったわけじゃない。彼女の目的は金銭ではない。むしろある意味では、その逆だったといってもいいだろう。


 細かい理屈や法律はぼくには分からないものの、彼女がみことちゃんを殺した以上、そして彼女が生き返るのを見て自分で自分を殺した以上――チャペルには、やはり死体が必要だったのだ。

 みことちゃんではないなら、自分が死ななければならないと思うほどの。

 どうして? どうして? 考え続けていたが、結局答えはたったひとつしかない。

 さっきの道利夫人のあの顔で確定だ。だから、もう、することはない。やることはない。

 あとは待つだけ――とはいえ何もせず突っ立っているのも性に合わないので、手持ちの物で遊びつつ、機が熟すのを待つ。


 それにしても、道利夫人にあんなに激情的なところがあったとは。一言不倫のこと聞いただけでこれだよ。

 今さら誰に怒られることでもないんだし。まーちょっとびっくりさせちゃったかな。とかとか考えながら二十分ほどが経過したころだったろうか、ようやく彼らがやってきた。


 一本道なのに、誰ともすれ違うはずもないのに、律儀にパトライトを点灯させた、パンダ柄の車両たち。

 あ、せっかくだし一度隠れておこうかな。ぼくは茂みのなかに身を隠し、悪戯を楽しむ子どもみたいに頭だけ出して彼らを観察した。楽しんでくれるかな。どうかな、どうかな。


「なんだこれは!」


 と、刑事、警部、いや、役職はよく知らないけれど……とにかく制服を着た警察官たちが、わらわらと館の門の前に並ぶ。猟奇殺人が起きたにしては人数が少ないが、これは今回の事件が《みことちゃんケース》であることを事前に伝えていたからだろう。


 千切れ千切れた百合の花。KEEP OUTの黄色線。

 ま、驚くだろうな。警察が到着するまえにこんなものが張り巡らされていたら。


「誰がこんなことを? 一体どうなっているんだ!」


 よし、このあたりで出ていこう。


「あ、ぼくです。すみません」


「……またお前か!」


 事前に電話で連絡しているんだから分かってるんだろうに。

 集団の一番前にいた、刑事の獅戸さんが顔をしかめて仁王立ち。おー、怖い怖い。


「坂江午後! 誰が勝手に立入禁止のテープ貼っていいっつったんだ!」


「ちょっとちょっと、ゆっくり来てって言ったじゃないですか。激早ですよ」


「ゆっくりできるわけねーだろ、善良な市民からの通報だぞ」


「そこをなんとか。っていうか、大富豪の権力者からの通達、でしょ、どっちかっていうと」


「そうでもねえさ。日本の警察は確かに腐敗しているが、殺人事件の通報をもらったら相手が誰だろうと変わらず一目散に駆けつける。そこのスピードは変わらない、変わるのは、」


「はい、はい、もういいです」


 中年男の、仕事にかけるプライドの話、あるいは意地の話、あるいは社会の暗黒の話――なんて聞きたくない。ぜんぜん聞きたくない。


「で、人の話遮っといてなんなんですが、もうちょっとだけ待っててもらえませんか」


「なんでだ。まだ謎が解けてないのか、名探偵?」


「解けました。でも、お披露目シーンがまだです」


「我慢しろ」


「いやいや。もうあと一場面だけで結構ですから。ちょっとぼくの解釈的に許せないことが起きてるんで、みんなに認識改めてほしくって」


「警察は公権力だ。市民の味方だ。たった一人の高校生探偵には屈しない」


「だから、『おねだり』してるんですって。ね、お願いしますって。正直、犯人死んでるとはいえ、こんな猟奇的な事件の動機が一切分からないってちょっと書類作りづらいでしょう? お手伝いしますから、ねっ」


 獅戸さんは別にぼくの敵ではない。というか、月に何度かしか会わない保護者のようなものだ。つまり甘いってこと。それにぼくには切り札もあるし。獅戸さんはうーんうーんと唸りながら、何度か問答したうえで、ついに認めてくれた。


「……そうしたら、ちゃんとあいつに会うのか?」


「白浦さんですか? はい、勿論逆らいません!」


 パンダ柄の車の後ろに、霊柩車と見まごうほどの大きな大きな特注車。あれ、山道走るの大変だったろうなあ。白浦さん、今、機嫌わるそー。


「……はー、じゃあいいぞ」


 獅戸さんは大きくため息をついてから、誰かに電話をし始めた。お、さっそく調整してくれている。


 ぼくの切り札というのはこれだ。『白浦さんに会いますよ、約束通り』と言うだけ。

 約束の履行をもう一度約束するだけで言うことを聞いてもらえるなんて、なんてラッキーな星のもとに生まれてきたんだろう。


 獅戸さんがインターフォンを鳴らせば、門はすぐに開いた。そりゃそうだ、どんな金持ちだって、自分が呼んだ警察が事件現場に入るのを止められるもんか。ぼくも当然同行する。


 中で待っていたみことちゃんと金谷に声を掛け、おなじみトリオでチャペルの戸を開く。

 事前の依頼通り、そこには事件の関係者全員が集められていた。犯人の蒔苗さんの死体も一緒。


「――それでは皆さん、大変お待たせいたしました」


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