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短編小説『真の愛』  作者: 川住河住
6/6

第6話 お嬢様は執事に一生そばにいるよう命じる

 ひとしきり泣いたお嬢様は、淹れなおした紅茶を飲んでいる。


「真さん。話してくれてありがとう」


 お嬢様の目は赤くなり、ほおには涙が流れ、声には震えが混じっている。


「知らなかった。若女将のお付き合いしている人が……」

「お嬢様はなにも悪くありません。悪いのは恋人がいながらお見合いをした男です」


 そんな奴のことで気に病む必要はないと言いたいところだが、おそらくなんの気休めにもならないだろう。彼女は優しい人だから。すでに頭の中では別のことを心配しているはず。


「もうあのお店には行けないのかな……」

「大丈夫ですよ。お嬢様があの料亭を気に入っているのは社長も奥様もご存知ですから」

「でも、これからどんな顔して若女将と会えばいいんだろう」

「お嬢様がにっこり笑っていれば若女将も笑い返してくれますよ」


 不安な気持ちを吐き出し続けるお嬢様に、私は少しでも元気になるような言葉をかける。


「若女将はとても優しい方ですね。そして約束を守る律儀な方でもありますね」

「どういうこと?」

「お嬢様は言ってたじゃないですか。なにかあったら対処してくれるよう若女将に頼んでいたと。そして実際に守ってくれたじゃないですか。わかる人にだけわかるメッセージを送って」


 おそらく若女将はお嬢様に対して嫉妬や敵意を向けていない。

 少しは抱いたかもしれないが、今はまったく持っていない。少なくとも私はそう思っている。


 そうでなければお詫びのクッキーの説明がつかない。

 もしもお嬢様に悪意を持っていたとしたらわざわざクッキーなんて用意しないだろう。

 そんなものを渡したら若女将がお菓子を作ることができるとわかってしまうのに。

 これのおかげで私はプリンが彼女の手作りと気づくことができた。


 しかも花形のクッキーには洋酒が入っていた。

 きっとこれは若女将からお嬢様へのメッセージだったのだ。

 『お見合いを台無しにしてごめんなさい。でもこの男はやめておきなさい』と。


「……そっか。うん、そうだね。今度会ったらクッキーおいしかったって伝える」


 お嬢様の顔には、いつもの明るい笑みが戻っていた。

 それを見届けた私は、ティーセットを片づけて部屋を出ようとする。
















「真さんが男の人だったら今すぐ結婚したっていいのになあ」


















 お嬢様の言葉が私の胸に突き刺さる。


 歯を食いしばってなんとか涙が出るのはこらえた。


 小さく息を吸って吐いて気持ちを落ち着かせる。


 振り返ったら涙がこぼれるかもしれない。


 失礼を承知で背を向けたまま答える。


「お嬢様の前にもきっと現れますよ……素敵な男性が……」


「そうかな。うん、そうだといいな。その時は一番に紹介するね」


 お嬢様の悪意のない言葉が私の心を傷つける。


「ありがとうございます……」


「私が結婚してもこの屋敷で働いてくれる? ずっと私といっしょにいてくれる?」


「ええ……もちろんです……」


「ふふふ。絶対よ。絶対ずっといっしょにいてね。これは命令よ」


 今なら若女将の気持ちが少しだけ理解できるかもしれない。


 愛する人に辛い仕打ちを受けた人の気持ちが。


 お嬢様が私の胸に飛び込んでくれるのも――。


 お嬢様が私を部屋に入れてくれるのも――。


 お嬢様が私の手が触れることを許してくれるのも――。


 お嬢様が私の口にクッキーを入れてくれるのも――。


 ()()()()()()


 そうでなければここまで心を許してくれるはずがない。


 ああ、女に生まれてきてよかった。


 こうしてお嬢様のそばにいられるだけで私は幸せ。


 だから喜ぶべきだ。


 そして笑うべきだ。


 それなのに、どうしてこんなに苦しいのだろう。


 両目から涙がこぼれ落ちていく。


 それは自分の意思とは関係なく流れ続ける。


 止めようと思っても止まってくれない。



 いつかお嬢様が結婚することになったらマーガレットの花束を贈ろう。

 最初で最後の告白。

 お嬢様は私の想いに気づいてくださるだろうか。

 マーガレットの花言葉は――。



 了

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