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短編小説『真の愛』  作者: 川住河住
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第2話 お嬢様は執事に謎解きを命じる

「今日の相手はⅠT企業の社長さんでね、うちのパパと違ってまだ若かったよ」

「ええ。たしか大学卒業と同時に起業されたと聞いております」


 父親のコネでなんとか就職先を見つけた私とは大違いだと心の中で苦笑する。


「今まで会った人の中では若いけど、二十八歳だからなぁ。もうおじさんだよねー」

「そうですね……」


 たしかに十八歳の女の子からすれば二十代半ばを超えたらおじさん扱いになるだろう。


「ま、真さんはまだまだ若いよ! 大丈夫だから! 自信を持って! ね!」


 なぜかお嬢様がなぐさめてくれる。

 なんとか笑おうとしたら苦笑いになってしまった。

 まだ女子大生とはいえ、お嬢様がお見合いをするのはこれが初めてではない。


 それこそ彼女が高校に通っていた頃から多くの男性と将来の結婚を視野に入れた会食を重ねている。お金持ちの家に生まれた女の子にとってはこれが普通なのだろうか。

 この屋敷に勤めてしばらく経つが、庶民の私には理解できないことも多い。



「場所はいつもの料亭。でもね、ここで一つ不思議なことが起こったの」

「なにがあったんですか?」

「若女将がいなかったの」

「はい?」

「だから、若女将がいなかったの。いつもは仲居さんといっしょに玄関であいさつしてくれるのに。今日はいなかったんだよ」


 お嬢様の顔には不満と悲しみが入り混じったような感情が浮かんでいる。


「はあ。そうだったんですか」


 不思議なことがあると言うからなにかと思っていたら……。


「ちょっと真さん。そんなこと? って思ったでしょう」

「いえ、そんなことは……」

「ほら! そんなことって言った!」


 お嬢様は不機嫌そうにクッキーを食べると紅茶で流し込んだ。

 なんとか機嫌を直してもらおうと紅茶のおかわりを注ぎながら話を続ける。


「申し訳ありません。ただ、今日はたまたま若女将がお休みだったのではありませんか?」

「それはないよ。わたしと若女将が仲良しなのは真さんも知ってるでしょ。だからお見合いの日は必ずいるようにお願いしてるの。事前に相手のことを伝えておいて助言をもらうこともあるわ。わたしのことを世間知らずなお嬢様だと思ってなめてかかる男の人も多いから。そういう時に上手く対処してくれる人がすぐ近くにいたら安心でしょ?」


 なにも考えていないように見えてちゃんと考えているらしい。

 世間知らずなお嬢様であることは否定できないけれど。

 私はお見合いに同席できないから、そういった方がそばにいてくれるならありがたい。


「それなら体調でも崩したのか。急な用事でも入ったのかもしれませんね」 

「急な用事……。あ、そうかも!」


 お嬢様はなにか思いついたように両手を胸の前で組んだ。


「きっと若女将はデートね。バーで知り合った素敵な男性がいると言ってたから」


 なるほど。 

 他人の恋路よりも自分の恋路を優先するのは当然のことだろう。


「あの人も二十代後半だし、料亭を継いでくれるお婿さんを見つけなきゃいけないってたくさんお見合いして大変そうだった。でも、いい人が見つかったならよかった。いいな。わたしもお見合いじゃなくて恋したいな。もうおじさんの相手はイヤ!」

「お嬢様……そういったことは外で絶対に言わないでくださいね……」


 しかし、大企業の社長令嬢も老舗料亭の若女将も跡継ぎを見つけるためにお見合いか。

 子どもの頃、お金をたくさん持っていれば幸せで悩みなんてひとつもないと思っていた。

 だが実際は、お金持ちにはお金持ちなりの苦労があるのだと気づかされる。


 かくいう庶民の私も、就職先が決まったら次は結婚相手を探せ、と両親から言われている。

 恋人はいるのか、好きな人はいないのか、と耳が痛い。

 好きな人は目の前にいるけれど、紹介できるわけがない。

 苦い気持ちが心を満たし、気分は悪くなる一方だった。



「でもね、不思議なことはそれだけじゃないの」


 私は背筋を伸ばしてお嬢様の言葉を待つ。

 たとえどんな内容であっても今度は顔に出さないように気をつけよう。


「実はね、お相手の若社長さんがお食事の途中で帰っちゃったの」


 お嬢様……いったいどんな失礼なことをなさったんですか……?


「ちょっと真さん。私がなにか失礼なことをしたと思ってるでしょ」


 私の想いにはまったく気づかないのに、こういったことにはよく気がつく。

 喜ぶべきか、悲しむべきか。複雑な感情が心の中でうず巻いては消えていく。


「しかしお見合いの途中でお帰りになるなんて……いったいなにがあったのでしょう」

「わかんない。わたしは失礼なことを言ってないし、やってないからね。ほんとだよ?」


 お嬢様は念押しするように言ってからクッキーを食べる。

 それから紅茶を飲んで一息つくと、澄んだ瞳でまっすぐに見つめてくる。


「真さん」

「はい」

「どうして若社長さんは突然帰ってしまったのかしら」

「さあ。私にはわかりません」


 その言葉にお嬢様は子どものように頬をふくらませる。


「真さんのいじわる」

「申し訳ありません。他にやるべき仕事がありますから」

「なら命令です。どうして若社長さんは突然帰ってしまったのか。この謎を解きなさい」

「かしこまりました」


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