81.まだ食べられていません
セサルの村は、以前より南側に移動していた。村の移動? 僅か数年で? 首を傾げた私の疑問は、セサル自身が解決する。
「ああ! もう生贄になられたのかと……」
さめざめと泣く彼は、花嫁とは口実で生贄として神に食われたと思ったらしい。あれ? 一度公爵邸でギータ様と会ってるよね? 違ったっけ。
「生贄にならないよ」
「そうだ、食うのは違う意味だ」
それも恥ずかしい止めて! あちこちで宣言しないでよ。ぽんぽんとギータ様の胸を叩くと、嬉しそうに声を立てて笑った。その姿に「安心しました」とセサルが微笑む。え、今のやり取りのどこに安心できる要素があったのかな。
「村が洪水に襲われまして、事前に夢で見ていたので大急ぎで逃げました。今はここに暮らしています」
夢を見せたのはギータ様だと思う。神殿がなくなったから、神託を降ろすのではなく夢に見せたのかも。神を信仰する人は見れたらしく、村中ですぐ引っ越したとか。夢を見た翌々日の午後、川が氾濫して畑や家を押し流した。
犠牲者は二人。洪水の夢を見なかったようで、信じられないと言って残った。説得したけれど聞かないので、自分達だけ避難したとセサルは苦笑いする。諦めてしまったことを後悔してないならいいけど。
「夢を見なかった時点で、見捨てられてるからな」
ギータ様はそう呟いた。神は良くも悪くも公平で、人間を贔屓しない。唯一の例外が「花嫁」だった。信仰心がある民は夢を信じて逃げる。だが、沈んだ二人はギータ様も仲間も信じなかった。
「翌日じゃなかったんで、荷物もほとんど持ち出せました。ありがとうございます」
セサルが頭を下げると、集まった村人も続いた。私は神ではないので、一緒に崇められると恥ずかしい。
「我が花嫁にとって、縁のあった者達だ。助けてもいいだろう」
深い理由があったわけじゃないぞと言いながら、ギータ様はお礼に照れていた。セサルの村も、先日の豊作は影響を受けたようで。逃げたばかりで物入りの村が、潤ったとまたお礼を言われた。
「この村の信仰が続けば、困らない程度の実りは得られる」
予言のように言い残し、ギータ様は私を抱き上げた。ぐらりと不安定になった体勢に驚いて、首に手を回す。ぱっと景色が入れ替わり、別の場所にいた。
崇められて恥ずかしかったのかな。腰掛けた場所は、かつて王宮にあった塔だ。国王陛下が幽閉されたと聞いたことがある。その塔の天辺で、王都だった平らな土地を見つめた。
道は荒れ、建物は半壊が多い。行政が機能しなくなり、街や都は荒廃した。一度目の記憶がそう伝える。なんだか悲しくなる景色だね。
「すぐに立て直すさ、人間は図太いからな」
なにしろ、寝ている俺のおこぼれで勝手に国と宗教を作る連中だぞ? おどけた口調でそう付け足し、ギータ様はにやりと笑った。
「うん、そうだね。すぐに街は復興するよ」
「文官共を手伝ってやらなくちゃならんな」
神様の後ろ盾を周知する間、ギータ様は積極的に動くみたい。私も何か手伝いたいと申し出た。
「ちょうどよかった、抱っこされる花嫁役を頼む」
「え? それは嫌」
せめて隣に立ちたいわ。




