80.花嫁という餌で獅子は働く
「嫌だよ、面倒だから」
呼び出された獅子姿のリカラは渋い顔をした。私が言われても同じ意見だから、彼の反応は予想通り。ただ、ここからの交渉が卑怯……じゃなくて、凄かった。
「4年に短縮してやってもいいぞ」
「……アデライダを交渉に使うなんて」
卑怯だと言いかけて、自分に都合がいい条件なので言葉を飲み込むリカラ。うーんと悩む彼に、ギータ様はさらに畳みかけた。
「なあ、嫁に取るまでが4年だぞ。仕事をしている期間は彼女と会うことを許す、と言ったら?」
あ、これは狡い。リカラが断れるわけないもの。そう思った私と同じで、リカラの顔が悔しそうに歪んだ。それから空を見上げて、尻尾を揺らす。さらに迷いに迷って、伏せたり寝転がったり忙しかった。最後にむくりと顔を上げ、髭を震わせて宣言する。
「嘘じゃないだろうな。ちゃんと仕事している日は会わせてくれるか?」
「ああ、もちろんだ。アデライダが嫌と言わなければな」
ここで条件を付けるとか、ギータ様らしい。切り札は手放さず戦うタイプか。うーん、心情的にはリカラに味方したい。可愛い妹が幸せになれるなら、多少の後押しはしたいけどね。
アデライダはリカラを未来の夫として認識しているのかな? こないだのは「一緒に遊ぼうね」「またね」の子どもの約束みたいだったし。たぶんだけど、夫じゃなくて友達候補な気がする。
「いんだよ、友達からで」
長い年月を生きる神様だから、獅子神であるリカラはゆっくり歩み寄るつもりらしい。人間側の寿命がそこまで長くないので、彼女が若くて綺麗なうちに口説き落として欲しいな。花嫁姿みたいもん。
「は、花嫁っ!?」
叫んだ彼の巨大な肉球が目を覆う。ああ、うん。襲われる心配はなさそう。意外とヘタレだったみたい。反論しようと口を動かしたリカラは、結局何も言わずに顔を手で覆った。
「アデライダと会わせてくれるなら、仕事する」
いろいろ堪えて結論を出したリカラに、ギータ様は大きく頷いた。
「もちろんだ。なんなら、一緒に昼食を食べる休憩時間を与えてもいいぞ。代わりに、こことここの橋を直しておけ」
「げっ、急流じゃん」
地図で示された場所に渋い顔をするものの、アデライダとの昼食に釣られてリカラは承諾した。なんていうか、神様ってちょろい。ギータ様も同じなのかしら。ちらちらと視線を向けて窺うと、彼はにっこり笑って肩を竦めた。
「花嫁は神にとって唯一の弱点だ。まあ、当然さ」
あっさり肯定されたことで、聞いた私が恥ずかしくなった。
リカラが尻尾を振りながら空を駆けて橋へ向かう。壊れたのは昨年だけど、私達の洞窟の外は数倍の速さで時間が過ぎたらしい。僅か数ヵ月、そう認識していた引き籠り期間は、数年だった。
「セサルだったか、あいつも子どもが出来てたな」
「え? いつの間に」
うっかり過ごした数年は、知り合いの人生が変わるほど長い時間だったようで。お祝いを言いたいので、セサルの住む村へ向かった。それとは別に……今頃気づいたんだけど。リカラは真面目なんだな。接触禁止と言われたけど、触らなければ目の前でご飯食べるのも問題ないと思う。
「奴は気づいていない」
にやりと笑うギータ様、悪い顔してる。確かに嘘は言ってないよね。接触の範囲をどう定義するかの話だから、リカラもいずれ、ギータ様レベルでずる賢くなれるのかな。




