77.他神の痕跡を残すわけにいかない
「ん……」
「綺麗に消してやる」
口の中で呪文のような言葉を繰り返しながら、ギータ様は私の背中に唇を寄せる。キスをしてるの? と尋ねたら肯定されてしまった。恥ずかしい。でも他に治す方法がないと言われたら仕方ないわよね。
神が付けた傷を消せるのは、神のみ。それも上位の神が付けた傷は、下位の神では消せないとか。力の差が人以上にはっきりしているのが、神の世界みたい。
ちゅっと音を立てて離れる唇が辿った場所から、じわじわと熱が広がる。熱くないけど、温かい。心地よくて体が軽くなる気がした。ギータ様の口が繋ぐ言葉は、古代語の一種だと思う。聞いたことのある響きが、歌のように音階を付けて耳に届いた。
右の肩甲骨の下あたり、ひどく痛む場所に何かが触れる。
「いたっ」
「傷と魔力を舐めとるまで我慢してくれ」
申し訳なさそうに告げられ、ぐっと力を込めてシーツを握った。引き攣れた皮膚を舐めるギータ様の動きが繰り返されると、痛みが消えていく。突然ずきんと響く痛みを覚悟して握り締めた手を緩めた。皺になったシーツを離し、強張った体の力を抜く。
「これでよし。目を離してすまなかった」
謝るギータ様に首を横へ振った。強がりじゃなくて、ギータ様も万能じゃないと知れてよかった。私だけが不完全で、神の花嫁なのに何も出来ない。でもギータ様にも出来ないことがあれば、私だけじゃないから。伝わるのを承知でそう心で呟いた。
こんな醜い言葉を声に出したら、耳が穢れそうだもの。そんな強がりで、面と向かって言えない自分を誤魔化した。くすくす笑うギータ様はお見通しみたい。まだ晒した肌にちゅっとキスが落ちる。肩が大きく揺れた。
「安心しろ。フランカを食らうのはまだ先だ」
「……いやらしい」
性的な意味でしょ? さすがに人生3度目になれば、恥ずかしがってる場合じゃない。知らない方がおかしいから。睨む先で、ギータ様はからからと明るく笑った。
「まあいい。リカラではないが、俺も数年はお預けだからな」
あ、そうだった。アデライダと話さなくちゃ。あの子、たぶん理解できてないわ。慌てて起き上がった私の服がはらりと落ちて、胸が露わになる。まだ未発達でふくよかさが足りないけど、悲鳴を上げて両手で隠した。
ふわりと何かを掛ける気配がして、丸めた背中にシーツが被った。
「褒美をもらったので、少しばかり奮発するか」
ギータ様の言葉に呼応するように、精霊達がふわふわと舞い上がってどこかへ向かう。空中で点滅して消える精霊を見送り、首を傾げた。
「何が起きるの?」
「地上が多少豊かになるかもな」
神が消えて荒れた地上、私が背を向けた先も考えている。彼の視野の広さに、自分の狭量さが堪えた。そうよ、セサルを始めとして知り合いもいるのに。まったく考えていなかった。
「これは必要な時間だ。心を癒してフランカが立ち上がるための隔離。俺が望んで、俺がフランカを閉じ込めた。だから自分を責めるな」
くしゃりと髪を撫でて、ギータ様は部屋を出ていく。後ろ姿を見送りながら、大急ぎでシーツを巻きつけて着替えに向かった。言わなくちゃ! 私も手伝いたいって。裏切るから人は怖いけど、嫌いではないのよと。




