73.膝の猛獣と背中の痛み
目を開けて、見覚えのない景色に瞬く。しっかり目を閉じて「元の景色でありますように」と念じて目を開けたのに、がっつり裏切られた。知らない部屋だ。
ギータ様は私へ手を伸ばし、私も振り返ろうとした。でもその前にくらりとして……記憶はそこで途切れている。多分だけど、魔法を使って移動したんじゃないかな。
冷静にそこまで考えて、固まった。あれ? つまり、私はリカラに捕まってるの? ぎこちなく身を起こして部屋を見回せば、巨大な獅子が寝ていた。薄茶の雄ライオン……巨大と表現したけど、馬よりは小さい気がする。初めて見るから、獅子として大きいか小さいか、判断できないけど。
ひとまず離れよう。猛獣だし、噛まれたらイチコロだから。一度目の人生で、衝撃の映像として観た光景が記憶に残っている。動物園の飼育員が虎に噛まれた映像だ。最後に「命に別状はなかった」と言ってたけど当たり前よ。もし死んでたら、放送できない。
私が知らないだけで、噛まれて死んだ映像もあると思うの。それを自分で再現したくない。距離を置くため、じりじりと後ろへ下がった。怖い。盗賊は人だから話が通じるけど、猛獣なんて絶対に話が通じないよ。
震えながら下がる私は、びくりと動きを止めた。寝ていたライオンが顔を上げたのだ。じっと見つめあって、私は目を逸らした。猫は目を見つめ返すと襲ってくるから、逸らすんだよね? 記憶を頼りに寝かされていた毛布を見つめるが、怖くてちらりと目を向けた。
ライオンとの距離が詰まってる! ひっと喉の奥で悲鳴が凍りついた。下がりたいが、動いたら襲われそうな気がする。目を逸らして考えている間に、ライオンはまた距離を詰めた。そこで思い出したのは、ダルマさんが転んだをする猫。
目を逸らすから近づいてくるのかも? そう思って顔を上げたら、目の前にライオンの口があった。あ、死んだかも。私の頭なんて一口で噛み砕けそう。大きな口が半分ほど開き、へらりと舌が覗いた。
「何してるんだ? フランカって変な奴だな」
その声に聞き覚えがあった。もしかして……。
「リカラ?」
「ふーん。やっぱり呼べるんだね」
不思議そうに首を傾げるライオン、でも中身はリカラで間違いない。大きな舌でべろりと頬を舐められた。ざらざらしてて結構痛い。
「あ、悪い。痛かったか」
あっさりと心を読んで、リカラは私の膝に頭を乗せた。重さが全部乗らないよう、前脚を交差させて顎の下に入れる。お陰で重さは半減した。
手に触れるのは、柔らかなタテガミだ。ふわっふわの毛に誘われて、少しだけ撫でてみる。気持ちよさそうに目を閉じるから、両手でわしゃわしゃと掻き回した。
中身がリカラなら、いきなり噛まれないよね。その前に抗議しそう。ふんと鼻を鳴らした音が、まるで返事みたいだった。
「ねえ、私……ギータ様の花嫁なんだけど」
返した方がいいと思うよ。攫ってきたんでしょう? 声をかけて体を大きく動かした途端、背中に痛みが走った。そうだ、捕まった時に背中が痛かったんだっけ。振り返って確認しようとするも、自分の背中は見えない。この部屋に鏡はなさそうだし、困ってリカラを見つめる。
「私に、何をしたの?」




