70.僕は間違えた――SIDE第二王子
僕より先に生まれた。ただそれだけで、王太子の地位が約束された兄が憎い。王妃の子であり、ソシアス公爵家の令嬢を娶る。がちがちに地盤を固める兄イグナシオに対抗するため、荒っぽい手に出た。
侍従のセベロは、ランヘル公爵家の血筋だ。現公爵の甥に当たる。ソシアス公爵家と王家を切り離す案は、彼から持ち込まれた。ソシアス公爵令嬢は、神のお告げにあった花嫁だ。
簡単に切り離すことはない。ならば、彼女が王家に嫁げない理由を作ればいいのだ。令嬢ならば顔に傷を作ったり、醜いケガを負わせればいい……ランヘル公爵は念を入れて別の案へ変更した。
乱暴で粗野な盗賊に攫われた貴族令嬢――その未来は暗い。何もなくとも、傷物にされたと噂が広まるだろう。実際に傷物になってくれるなら、もっと都合が良かった。お告げがあっても、純潔を失った令嬢が王妃の座に就くなど不可能だった。
ソシアス公爵家は、以前も公爵の妹が駆け落ちしている。汚されて私生児を産んだ妹の件は、まだ貴族家当主達の記憶に新しい。その状況で、今度は娘が汚されたら?
ソシアス公爵家の血筋の正当性、そのものが疑われるはずだ。貴族家との付き合いは絶たれ、徐々に衰退する未来が待っていた。それこそがランヘル公爵の望む道筋だ。
兄イグナシオの基盤が揺らげば、僕の立場が強くなる。ランヘル公爵の後押しで、王になる未来も夢じゃなかった。だから襲わせた。レグロと偽名を使った侍従セベロが、盗賊を焚きつけ……。
まさか無傷で戻ってくるなど。それも美談になって広まり、その後で彼女は竜乙女となった。屋敷の裏山が崩れた件も、それをドラゴンが救った話も。ランヘル公爵の情報操作が間に合わず、あちこちに広まる。
実家に戻った王妃が離婚を申請した。そんな噂を耳にした。側妃のお母様が繰り上がるのか、そう期待した僕を裏切るように王家そのものが崩壊する。玉座はどうしても手が届かない物らしい。
母の実家は僕達の引き取りを拒否し、王が封じられた塔の下にある離宮へ押し込まれた。王子の地位も、贅沢な生活も、すべてが消え去る。世界が終わったように感じられ、無気力に過ごした。ランヘル公爵家が古代竜ギータ陛下の怒りに触れて滅び、ソシアス公爵家まで失脚した。
貴族という階級そのものが、価値を失う。城の外で起きる出来事がただ恐ろしく……震えて過ごした。
眠る夢の中、僕は数年成長した姿で兄イグナシオと対峙する。婚約者を生贄として崖に突き落とした彼を非難し、失脚を狙う。その企みがうまく行きかけたところで、目が覚めた。
「あなたがしたことなのね。恐ろしい……私も一緒に逝くから、償いましょう」
震えたお母様の声、翳した手に光る銀の刃……僕は何も言わずに目を閉じた。ごめんなさい、一緒に償わせることになってしまった。そう懺悔しながら、胸の激痛に拳を握る。力が足りず、僕を殺しきれないと知った母は、ナイフを離して僕の首を絞めた。
ゆっくりと遠のく意識、開いた目に映るのは母の泣き顔だった。ごめんなさい、もう一度だけ謝って意識が落ちる。僕は日陰の身に甘んじる母を救いたかった。でも方法を間違えたんだ。次があるなら、今度こそ……笑顔で人生を終えられるように。
初めて、心から神に祈りを捧げた。




