39.良心の秤は欲で傾いた
お告げを振り撒いたドラゴンが庭に舞い降りて、気づかない人はいないでしょう。出迎えた公爵夫妻により、最上級の客間へ通された。神殿による布教のお陰で、この国で古代竜ギータ陛下のお名前を知らない者はいないんですもの。
「陛下、こちらへ」
「おいで。俺の花嫁」
並んで腰掛けようとしたら、腕を引かれて膝の上に座った。当然のように腰に手を回して抱き締める。溺愛していると伝わるように。恥ずかしいけれど、頬を染めて頷いた。
「本当に、フランが花嫁になるのですね」
感動した様子の公爵夫人は、少しふらついている。私が古代竜に誘拐されたと王宮から連絡を受け、青ざめて寝込んだらしい。今回のお告げで飛び起きて、慌てて支度をしたのが見て取れた。ドレスと髪型がチグハグです。
「何という光栄なことか。生贄とは違うのでしょうな?」
否定せずに入り、しかし食う気ではないかと釘を刺す公爵。人相手なら問題ない発言だけど、もし私が食べられるとしても神である古代竜相手にその発言は問題だわ。くつりと喉を震わせて笑ったギータ様は、私の白い髪に口付けた。
「この者は数百年に一度の花嫁だ。王家が掠め取ろうとした。返上させたばかりで、なんとも離れ難い。あの王子は、我が花嫁を諦めぬと宣言した。これほどに愛らしい娘では当然だが……不愉快だ」
王家と公爵家の対立を招く言い方をした。神殿は公爵家の味方につくだろう。公爵が頭の中で損得計算するのを待って、私は口を開いた。
「ギータ様の花嫁になる覚悟はございます。身の回りの世話をする侍女として、アデライダをください」
子猫のペキは問題ないけど、アデライダの所有権ははっきりさせておきたい。私が連れて行くと宣言し、それがよいとギータ様が後押しした。ソシアス公爵家に否定する理由はないわ。
王子と結婚させるのがいいと思っていた。でも、あの王子じゃダメね。前回と同じ癇癪持ち、自分勝手で我が侭なイグナシオは、アデライダを傷つける。今回のアデライダは前回の私同様、望みに縋って捨てられるから。それくらいなら、最初から私が引き受けてしまえばいい。
滅ぼす王家に預けても、先が見えているもの。微笑む私の本心を知るのは、ギータ様だけ。穏やかな微笑みを浮かべ、圧倒的強者として振る舞う。彼だけが私を知って、許してくれたら満足だった。
「アデライダは……自由にするがいい。だが、他に連れて行かなくていいのか? 嫁入り道具もあるし」
公爵が乗ってきた。他の侍女や家財を持たせようとする彼に、私はゆっくり首を横に振った。
「いいえ。ギータ様が用意してくださいます」
「なんと愛らしいことを口にするのか。お前が望むなら、世界すら手に入れてやるぞ」
ちゅっと頬に口付けるギータ様の過剰演出により、両親の心の天秤は傾いた。神に愛された愛娘のために、神殿や王家を倒すため踊って頂戴。それを祝いとして受け取るわ。




