37.罪は正しく贖われるべき
主神である古代竜ギータ陛下に捧げる贄は、純潔で無傷でなくてはならない。私が知る神殿の掟は、欲の前であっさり破られた。神殿騎士の槍で突かれた私は、真っ赤に血に染まり落ちる。ギータ様は、くすっと笑った。
「皮肉なものだ。勝手に定めた掟が破られたことにより、俺はお前を嗅ぎ分けた」
赤い血の香りは芳醇で、故に落ちてきた私に反応した。過去の生贄を無視した理由が、いつの間にか落ちてきて目の前で死んでいたから。生きたままギータ様の元へ届いたのは、私と初代のフランカ姫だけ。
確かに皮肉ね。王家も貴族家も、神殿の思惑に踊らされて足を踏み外した。ギータ様は何も変わっていないのに。
「俺は落ちて来たお前の願いを叶えた。血から得た情報で、お前の生きる年数分だけ力を行使したのだ。それで、フランカは幸せに生きられると思ったが……そう簡単ではなかったな」
今度こそ天寿をまっとう出来るよう、ギータ様はそう考えた。優しい家族が欲しいなら、両親に干渉すればいい。私を殺さない婚約者は、性格を入れ替えればいい。上書きされた世界の時間を戻し、そっと私を置いた。
「……ありがとうございます」
「礼を口にしたな? あれでは気に入らぬか」
僅かな間に潜む本音を嗅ぎ取り、ギータ様がくつりと喉を震わせた。それは王家や神殿を引き裂く宣言のように響き、私はゆっくり顔をあげる。恐ろしい顔をしていると思ったのに、泣きそう。そう感じて腰に回した手を頬へ伸ばした。
「ギータ様、私はもう十分です。ただ幸せになりたかった。今は幸せですよ」
こんなに私を愛して気にかけてくれる人がいる。それだけで両親や婚約者の前回の仕打ちを上書きできるくらい、幸せだと思う。知らない世界に飛ばされ、虐待されて裏切られ殺された。その恨みを捨てても、この人のくれる幸せの方が大切だから。
「フランカ、お前は俺と繋がっている。一度食ってしまったからな。心が筒抜けなのだぞ?」
「構いません」
迷いなく言い切れた。今回の人生で心残りがあるなら、子猫のペキと妹のアデライダだろう。今回のあの子達に咎はない。
前回が別のパラレルワールドではなく、あの人達の犯した罪だと理解した。今の私が思うのは、ひどく残酷な仕返しだった。
「お前が望むなら、それを叶えてやろう」
「お願いします」
迷いはなかった。婚約者候補のイグナシオ王子も、ソシアス公爵家の両親も私に執着している。逆転した世界で私を愛した。ならば、前回はまったく愛されていなかった証拠よね。当事者に記憶がなくても、罰は償ってもらうわ。
よく言うじゃない。足を踏まれた人は痛みを覚えているけど、踏んだ人は忘れるって。まさにそれよ。覚えていないから、過去の所業が許されるわけないの。
顔を上げてギータ様に頷く。私の覚悟を読み取り、古代竜はにたりと口角を上げて笑みを浮かべた。
「よかろうよ、それが我が花嫁の願いならば、叶えてこそ意味がある」
待っていて。あなた達の最愛の宝を、私が奪ってあげるわ。




