22.大切な形見なのね
今日も雨なのね。窓の外は土砂降りで、どんよりした灰色の雲が覆っている。景色全体が澱んだ感じで、気持ちが沈んだ。
「こんなに降って大丈夫かしら」
「そうね、領地の民は避難させたそうよ」
公爵が指揮を取り、配下の貴族家を動かしている。さすがに仕事が忙しく、ここ数日は現場に出ていた。屋敷はしんと静まり返り、雨が窓を叩く音が大きく響く。不安がる公爵夫人と昼間を過ごし、夜はアデライダを呼び寄せた。
かつて私の部屋だったアデライダの私室は、雨漏りがするのよ。執事ブラスに直すよう命じたけれど、その直後に雨が降り始めた。きっと修理は間に合わなかったわ。寝ている間に寒い思いをしないよう、部屋のソファを貸す。
「あの……本当にいいんですか」
「構わないわ。アデライダは義妹で従姉妹ですもの。お母様の手前、侍女としてだけど……助け合いましょう」
目を潤ませた彼女は、大切そうに箱を抱えている。勉強道具が入った箱から、小さな鈴の音がした。
「何か入ってるの?」
「あ、はい」
彼女は躊躇いなく箱の蓋を開けた。小さな銀色の鈴が音の原因らしい。やや錆びた鈴だが、音は透き通っていた。
「大切なものなのね」
「母の持ち物に付いていたそうです」
その言い方に首を傾げた。前回の私は実子でないことを知らなかったわ。でも今のアデライダの言葉は、まるで知っているかのよう。
「母? 公爵夫人のこと?」
「いえ。あの……私の母は公爵夫人じゃなくって、違うんです」
濁すアデライダの心境を押し図りながら、私は頷いた。
「そうなの。あなたが知ってると思わなかったわ」
私も知っていると示せば、アデライダは小さく首を縦に振る。それから銀の鈴をぎゅっと握り締めた。何も飾りのない鈴は、彼女にとって形見なのね。あの宝石ケースなら入るかしら。
ブローチが入っていた箱を思い出し、引き出しから取り出す。中のブローチを別の箱に移し、手に乗せた。少し大きめだけど、裸で持ち歩くよりいいわ。
「この箱にしまったらどう? 入ると思うのよ」
目を輝かせた彼女に箱を渡すと、じっくり眺めた後で頬を擦り寄せた。わかるわ、宝石箱って滑らかで手触りがいいから。大切そうに箱の中に鈴を入れ、閉めてはまた開ける。そんなに喜んでもらえると思わなかった。
綺麗なリボンもあるから、鈴の飾りに……そう思ってリボンを揺らすと、下から引っ張られる。
「あっ! ダメよ、ペキ」
茶トラの子猫は、先ほどまで籠で寝ていたのに。鈴の音で目が覚めたのかしら。手にした淡いピンクのリボンに夢中だった。寝転がって爪を伸ばし、高く上げると飛び掛かってくる。少ししたらリボンは傷だらけになって、アデライダにあげられる状態ではなくなってしまった。
「もう!」
叱ったものの、リボンを噛む姿が可愛くて許してしまう。アデライダには別のリボンをあげましょう。そう思って引き出しへ向かった私は、妙な音に足を止めた。
ゴゴゴゴ……地鳴りのような低い音と振動。棚に並んだ小瓶や、机の上の小物が次々と床に落ちる。怯えた様子のペキを抱き締め、ベッドの脇に逃げ込んだ。
「アデライダ、こっちへ!」
手を伸ばして繋いだところで、大きな揺れと共に屋敷は闇に包まれた。




