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無意味なコンビネーション

イヴェルとスパード、シエルとシャムル。

それぞれの戦いが始まってから10分が経過した。


「おいおい!そんなものか!?」


「ぐぅッ...」


「...おい、もう少し頑張れ」


「く、はぁッ...」


戦況からいえば、イヴェルとシエルが共に劣勢だ。

それにも関わらず、スパードとシャムルは未だどちらも本気を出していない。喋りながら戦っているところを見れば、それは明らかだろう。


「くっそッ!!」


「お?いいのう!」


防戦一方だったイヴェルが半ば無理矢理に攻撃へ転じる。

一歩間違えれば更に不利になる行為だが、彼女はそれを見事に成功させた。


「うおおおおぉぉぉぉ!」


イヴェルは物凄い剣幕でスパードへ向け剣を振るう。

その猛攻にスパードは少し後退するが、イヴェルの攻撃はすべて凌いでおり、その体は無傷のままだ。


“剣技”へは、本気のイヴェルでも剣を当てることすらできないのか。 



「はッ!!」


すると突然、スパードに剣を振るっていたイヴェルが大きく横に飛び退いた。その次の瞬間、彼女が飛び退いたことで空いたスペースから金色に輝く一匹の鳥が飛び出した。

その鳥は恐ろしいスピードでスパードに迫り、数秒後、



ドォォォォォン!!!



スパードの眼前で大爆発を引き起こした。


あの鳥は光の最上級魔法だ。

つまり、あれを放ったのは———


「ふゥ......」


イヴェルの後方には、左手を自身の前に翳したシエルの姿がある。


これも一歩間違えればシエルの魔法がイヴェルに当たっていたし、逆に避けるのが早ければスパードに魔法は当たっていなかった。イヴェルとシエルの信頼関係があってこそ成せる技だ。


フィールドの中心へ目を戻すと、そこには先程の爆発によって大量の黒煙が充満していた。


「しぃッ!!」


その黒煙の中から突然、イヴェルが飛び出した。その視線の先には無防備なシャルムの姿がある。


それに気が付いた時にはもう遅い。イヴェルは既にシャルムの姿を捉え、その首目掛けて剣を振り下ろし———


「「なッ...」」


イヴェルとシエルが同時にその目を見開く。

しかし、それらの目に映る光景はそれぞれで異なっていて。


「刃が...届かない!?」


「どうして傷一つついてないの!?」


イヴェルの目には、シャムルの首筋まであと数ミリまで迫ったところで動かなくなった自身の剣が、シエルの目には黒煙の晴れたフィールド上で悠々と仁王立ちをするスパードの姿があった。


「...無駄だ」


「おう、すまんな」


シャルムとスパードが同時に言う。

どちらもその口を三日月型に歪めて。


「「ワシ (オレ)に、それは通じない」」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


“剣技”スパード。”魔術”シャルム。

その名前の通り、この両名はそれぞれ剣と魔法を極めた魔人だ。故に彼らはそれ以外の方法で、自身を傷つけることを良しとしない。

そこで俺は彼らにある設定を付与することにした。



“剣技”スパードは魔法を、そして”魔術”シャルムは物理攻撃をそれぞれ無効化するという設定を。




「う、嘘でしょ...」


自分達の出せる最大の力で放った攻撃が目の前の魔人に全く通用しなかったことを受け、シエルは絶望したような声を漏らす。イヴェルも声には出さないものの、渾身の一撃が無効化されたことにショックを隠しきれないでいる。



なにやってんだ前世の俺!!!


彼女達の絶望したような顔を見て、俺は激しい後悔の念に駆られる。


「おいおい。もしかして、これで終わりではなかろうな?」


「...期待して損した」


そして彼女らに回復の隙を与えることなく、フィールド上ではイヴェルとスパード、シエルとシャルム、それぞれの戦いが再開する。


だがそれは先ほどと変わらず、イヴェルとシエルは劣勢のままだ。


あともう少し、もう少しだけ耐えてくれ...!!


心の中でそう念じながら、俺は彼らの戦いを見ていた。

 


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「がはっ...」


「イヴェルちゃん!」


「...キューブ」


「ッ!!」


戦闘が再開してから更に10分後。

スパードの膝蹴りを受けたイヴェルは、遂にフィールド上にその膝をついた。


それを見たシエルは彼女を助けに向かおうとするが、即座にシャルムによって大きな立方体の中に閉じ込められてしまう。

魔力を強く硬化させてできた立方体だ。あれでは助けに行くことなどできない。


「おいおい、もう終わりか?ワシはまだ本気を出しとらんぞ?」


膝をついたままのイヴェルのもとへ移動したスパードは、彼女を見下ろして言う。実際、彼がまだ本気を出していないというのは事実だろう。


「...」


「ふむ...終わりか。まあ中々に楽しませてもらったぞ。ではな」


無言を貫くイヴェルへ、スパードは無慈悲にもその剣を振り下ろした。


が、その剣は彼女には当たらなかった。


「——ふッ!!」


「おお、不意打ちか!嫌いではないぞ!」


何故ならイヴェルはそれらのタイミングを読み切り、スパードの首を狙いに行ったからだ。弱ったフリをして相手の油断を誘う。完全な騙し打ち。


普段の彼女であれば絶対にしない行為だが、そんなプライドに固執している場合ではない。死んだら元も子もないのだから。


「うぉぉぉぉ!!」


鬼気迫るイヴェルの剣戟にスパードの表情はだんだんと余裕を無くしていき、彼は一歩二歩と後ずさる。

何も知らずに見れば、イヴェルが火事場の馬鹿力でスパードを押しているようにも見えるだろう。だがあの表情...どこかわざとらしい気がする。


スパードはその顔に余裕こそないものの、致命的な攻撃はすべて完璧に凌いでいる。更に言えば、その表情にはどこか胡散臭さを感じた。


そんな俺の心配とは裏腹に、イヴェルはスパードをどんどんとフィールドの端へと追い詰めていく。そして遂には戦闘が始まってから初めて、イヴェルがスパードの背後をとった。


すかさず彼女はそのガラ空きの背中に剣を叩き込む———


「ばぁ〜か」


次の瞬間、スパードとイヴェルの場所が入れ替わった。

いや、違う。イヴェルの位置は変わっていない。ただついさっきまで彼女に背中を見せていたはずのスパードが、今はその背後に回り込んでいるのだ。


俺がそれを認識したとき、イヴェルの両足からは大量の血が噴き出した。



は? 



身動きのとれないイヴェルは勢いそのままに地面に叩きつけられる。彼女自身も自らの身に何が起きたのか分かっていないようだ。


彼女は混乱しながらも、すぐに自分の足へ治癒魔法をかけた。それで足の出血はひとまず止まる。


だがイヴェルは倒れたまま立ち上がらなかった。いや、立ち上がれなかった。

———腱だ。スパードは彼女の足の腱を切ったのだ。


この世界では魔法という便利なものがあるため、足の腱が切れたことくらい数分あれば完全に治すことができる。しかし、それは治癒の最上級魔法を使ったときの話だ。


イヴェルは治癒魔法を中級までしか使えない。つまり、彼女自身のみで切れた腱を治すことは不可能だ。


「目には目を。歯には歯を。騙し打ちには騙し打ちを」


両足の腱が切られ身動きの取れないイヴェルの前に、相変わらずニヤニヤと笑みを浮かべたスパードが歩み寄る。


「ふゥ———」


だが自らのそんな絶望的な状況を悟っても尚、彼女の眼はまだ死んでいなかった。最期に一矢報いてやる、そんな心意気がその表情から読み取れた。


「おや、まだ諦めていないのか?やれやれ...面倒だのう。……お主、途中からワシを倒せるかもとか思ったか?」


未だイヴェルに戦う意志があることを悟ったスパードは、一度その剣を腰に戻し膝を屈ませた。前世でいうところのヤンキー座りをしたスパードは、地面に這いつくばるイヴェルへ問う。


「なにを言って———」


「絶対に思っただろうな!残念、手を抜いていたに決まっておろうが!お主程度の腕前じゃ、ワシに本気を出させるなど夢のまた夢!ワシは嘘偽りなく、一瞬たりとも本気を出してなどいないぞ?」


その後すぐに続けて発せられたスパードの言葉に、イヴェルの表情が固まった。その言葉の意味を頭で理解したとき、先ほどまでの闘志を秘めたものとは一転、彼女の顔は完全に絶望に染まった。


信じられない、嫌だ、信じたくない。

そんな思いが伝わってくる。


「いいねぇ!いいねぇ!ワシはそういう、腕自慢の女が力に屈して絶望した顔が大好きなんだ!」


「!?、イヴェルちゃん!正気に戻——」


「...うるさい」


「かッ....ァ.......」


そんなイヴェルの顔をじっくりと見て、スパードは恍惚の表情を浮かべる。


依然、薄紫色の立方体の中に囚われているシエルがイヴェルへ向かって叫ぶが、シャルムによってその体の自由を奪われてしまう。

——喉を一時的に圧迫されているのか。


「...相変わらず、悪趣味が過ぎる」


「うるさいわ!なら、お主はどんなのが好みなんじゃ!」


「...オレは———自分の大切な存在を目の前で破壊されたときの、絶望した女の顔」


そう答えるシャルムの視線の先には、立方体内で立ち尽くすシエルの姿がある。


そのシエルの顔は確かに倒れているイヴェルの方を向いており、その目は大きく見開かれている。シャルムは、シエルがイヴェルの死から目を背けることを許さない。


「お前も大概だろうが!」


「...うるさい。それよりも、」


「ん?ああ、そうだな。もうそろそろいいか」


フィールドの中心に立つ魔人2人の視線が、イヴェルの方を向く。


「あ、ああ...」


「死ぬときくらいは楽に逝かせてやるわ。じゃあの」


二人の魔人に視線を向けられた彼女は、何も出来ずただ怯えるように後ずさる。そこに普段の凛とした剣聖の姿はない。


今の彼女を支配しているのは、ただ恐怖のみだ。


火炎ファイヤー——ヴァーテクス


スパードが静かに唱えるとその手からは真っ赤な炎が吹き出して、それは螺旋を巻いて大きな渦を成した。


「—ッ——イ—ァ—ン—!!」


背けること、そして閉じることの許されない両目から大量の涙を流すシエル。彼女の声にならない悲鳴が会場中に大きく響く。



会場の誰1人として目を背けることができない中、炎でできた渦はゆっくりとイヴェルへと迫っていった。

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