獣人
「オリアの好きな食べ物は?」
「......ダゴンの実」
「オリアの好きな動物は?」
「......猫」
「オリアの歳は?」
「......乙女の秘密」
「そ、そうか」
亜人の森へ足を踏み入れてから早3日。
森へ入って始めの方は辺りを警戒しながら森の中を散策していたのだが、亜人の森はとても広大でありその中をずっと集中しながら歩くのは流石に無理だった。
そんな訳で、途中から俺はオリアとベラベラと喋りながら森の中を探索していった。
相変わらず背中にべったりとひっついているオリアだが彼女は元々無口な性格のようで、基本的には俺が質問をしそれにオリアが返答すると言う形を繰り返している。
「そういえば、オリアは里の場所とか分からないのか?」
「......ある程度近づかないと、無理」
何気ない疑問を投げかけてみると、彼女は少し残念そうに言う。
なるほどな。
なら、本当に森の中を適当に彷徨い続けるしか無いか。まあ気配察知からモンスターとの戦闘は避けれるし、体力的にも今のところ問題はないのだが。
そんな風に、引き続き喋りながら森の中を散策していると
「...む」
俺たちの後方に、いくつかの気配に気がついた。
......付けられてるか。数にして5つほど。何が目的かは知らないが邪魔だな。意識が散る。
「......あ、あの、」
「ああ、分かってる。...おい、居るのは分かっている。用があるならさっさと出てこい」
その背後の気配にはオリアも気が付いていたようだ。
俺はわざと少し開けた場所に出て、後ろを振り返って言う。
「チッ...」
すると森の奥からは、5人の男女がその姿を現した。
その彼らの頭からは兎や犬、猫のような耳が生えており、中には尻尾のようなものが伸びているものもいた。
「...亜人、か」
「亜人なんて言い方するんじゃねぇ!俺たちは獣人だ!」
ポツリと漏らした言葉に、ライオンのような立髪を持つ少年が反論する。
「そうか。それはすまなかった。で、俺に何の用だ。かなり前からつけていただろう」
「——ッ、そんなの決まってんだろ!」
ライオン風の少年がそう言うと、その横にいた他の4人は急に大きく跳躍し、俺を取り囲むような配置についた。流石は獣人。身体能力が人間の比ではないな。
「ほぅ。で?これはどういうことだ?」
「どうしたもこうしたもねぇ!お前ら人間は狩られる側になったんだよ!」
「はぁ」
うーん、全く話が見えない。なんだか勝手に怒っているようだし。
もしかして、こいつらは人間による亜人狩りの復讐として、逆に俺たち人間を襲おうとしているのか?
「お前ら人間は俺の母ちゃんと姉ちゃんを...!!」
「それ、俺は関係ないんだけど」
「うるせぇ!全部お前ら人間が悪いんだ!やるぞ!お前ら!」
ライオンの少年はそう合図を出すと、俺を目掛け素早い動きで飛びかかってきた。更に、周りで待機していた他の4人も一斉に飛び出してくる。
「あらら、随分と短気だな。あー、2は任せていい?」
「......5でもいいよ?」
「少し俺に格好つけさせてくれ。あと、殺すなよ?」
「......大丈夫」
ブォン!!!
次の瞬間、非常に激しい風が俺とオリアを囲むように吹き荒れた。それにより、こちらに迫ってきていた5人はいとも簡単に吹き飛ばされてしまう。
「...全員やってるじゃん」
「......てへ」
風が静まった後に周りを見てみると、吹き飛ばされた獣人達は周りの木などに激突したようで、全員綺麗に目を回して気絶していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おーい、起きろー」
「ん、んあ!?」
ペチペチと頬を叩きながらそう呼びかけると、ライオンの青年はそんなことを言いながら勢いよく起き上がった。
「お、俺は、な、何が、」
「あー、お前らは全員魔法で吹き飛ばされてな、気絶してたんだよ」
「そ、そんな...」
事の顛末を聞いたライオンの少年は、絶望したような顔をする。自分のこれからの運命についてでも考えたのだろうか。
「おーい、勝手に落ち込むな。まずは他の奴らを起こすからお前も手伝え」
俺は他の伸びている獣人の頬を叩きながら、彼に手伝うように指示する。こっちだって時間が惜しいんだ。
「よし、全員起きたな」
気絶していた獣人達を全て起こした俺は、そいつらを正面に正座させる。正座をする5人の表情はどれも暗い。
「わ、悪いのは俺だ!他の奴らは俺が誘ったんだ!他の奴は見逃してくれ!」
「ちょ、何言ってんのよレオ!違うわ!先に言ったのは私よ!私は女だし、売る価値があるでしょ!?私はどうなってもいいから、他の子達は、」
「そ、それを言えば僕だって、魔法を使えるから、」
するとライオンの少年の言葉を皮切りに、兎のような少女、狸のような少年、というように獣人達は次々と口を開いた。
ま、あるあるな展開だよな。自分を犠牲にして他の子達を見逃してくれっていうやつ。なんという尊い友情、素敵じゃないか。だが、そんなごっこ遊びに付き合っている暇はない。
「うるさいから黙ってくれ」
ギャーギャーと誰が犠牲になるのか言い合いを始めた獣人達に少し強めに言うと、彼らはすぐに黙った。
「俺はお前らをどうこうするつもりはない。人間狩りの方も続けたいなら続けてくれて構わない。だが、挑む相手は間違えるなよってことを言いたかっただけだ。じゃあ俺らは行くから、後はお前らで決めろ」
「「「「「え?」」」」」
そうとだけ言って獣人達に背を向けると、彼らは皆呆気に取られたような声を出した。
「お、おい、いいのか?」
「なんだ、連れ去って欲しかったのか?」
「い、いや、そう言う訳じゃ...」
レオと呼ばれていたライオンの少年が俺へ声をかけてくるが、俺の返答に耳を伏せて黙り込んでしまう。あー、面倒だ。
「あー、お前らが人間を狩ろうとしてるのは人間への復讐が目的か?」
「あ、ああ。そうだ。俺たちはみんな人間に家族を...」
全員に思い当たる過去があるのか、レオの言葉に他の獣人達も少し顔を俯かせる。
「そうか。しかし当たり前だが、俺はお前らのそれを手伝うことは出来ない。別に人間に対しての恨みなんか無いからだ。だが———」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「......あれで良かったの?」
「ん?何がだ?」
「......獣人、の人たち」
獣人のレオ達と別れてから少し経った後、背中からオリアが話しかけてきた。彼女から話しかけるなど珍しいな。
「...まあな。あそこであれ以上時間を使いたくなかったし。俺にとってはオリアを里へ送ることが最優先だからな」
「...そっか。ありがと」
そう言うとオリアは、俺の背中にその顔を埋めた。彼女の背中を掴む力が少し強くなった気がする。
「さあ、さっさとエルフの里を見つけるぞ」
「...うん!」
そんな些細なトラブルこそあったものの、俺たちは引き続き亜人の森の散策を続けるのであった。




