武術祭本戦
それから時は流れ、武術祭本戦当日。
本戦出場者16名は、朝早くから武道場の控室へと集められていた。
「只今より、武術祭本戦トーナメントの順を決定する。公平性を喫すために、トーナメントはくじ引きで決定する。では一年予選1位のセインから順に前に出て、くじを引いていってくれ」
学園長であるアーレットから直々にそんな説明があり、セインから順にクジを引いていった。
控室の壁に貼ってあるトーナメント表には左から1~16までの数字が振ってあり、くじに書いてある数字のところに自分の名前が入る仕組みのようだ。因みにセインは13番で、俺は2番だった。本戦でも俺とセインが当たることは無さそうだな。
確か小説では、この武術祭本戦でセインは剣聖であるイヴェルと一回戦で当たったはずだ。流石のセインでも剣聖であるイヴェルには敵わず敗北を喫するのだが、彼女から一目置かれるようになる。そこから彼の生徒会入会へ繋がっていくのだが、今は関係ない話か。
そんなことを考えていると、二年生の予選1位であるイヴェルの順番が回ってきた。小説の通りにいけば、彼女が引くのはセインと当たる14番だろう。セインに負け戦を強いるのは申し訳ないが、彼の成長には必要なのだ。許してくれ。
「イヴェル=ラーシルド、1番」
そんなことを考えていた俺の耳に、そんな学園長の声が届いた。
へ?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「まさか、お前と戦うことになるとはな。4年前には想像もできなかったよ、アルト」
「ソ、そうですネ。俺モですヨ。ラーシルドさん」
武術祭本戦トーナメント一回戦。
本戦というだけあって、その会場は立派な円形の巨大闘技場だった。前世の世界におけるローマのコロッセオを彷彿とさせる。
ここで本戦の試合が1試合ずつ行われ、最終的にすべての試合を勝ち抜いた者が今年度の武術祭の勝者となる。闘技場の観客席には本戦出場を逃した1~4年生や教職員が着席し、中央の試合場を見つめている。
そんな全校生徒、全教職員から注目される試合場には、真っ赤な髪が特徴的な剣聖ことイヴェルが凛とした佇まいで立っていた。
「あれが剣聖...」
「2年生最強、次期生徒会長候補の最有力、武術祭の優勝候補の一角だな」
観客席からはそんな声が聞こえてくる。
聞こえてくるそれら声は、そのどれもがイヴェルを称賛するものだった。
「剣聖の相手の、あの弱そうな奴は誰だ?」
「アルト=ヨルターン、一年だ。予選は3位だったらしい」
「一年予選で3位か。これは厳しいな」
そして、そのイヴェルの前には弱そうな奴こと俺、アルト=ヨルターンが立っている。
...えーっと、どうしてこうなった?
あれ、小説の設定じゃイヴェルと当たるのはセインだっただろ?どうして俺なんだ?あ、セインがこっちに手を振ってる。頑張れ〜って言っているようだ。おう、頑張るよ〜って、おかしいだろ!本来ならお前がこっちにいたはずだろ!嫌だぁぁぁ!!剣聖となんて戦いたくない!怖いもん!最近ではセインと戦うことですら怖いのに!おい、セイン!観戦席で手を振るな!本来ならお前がここにいたんだよ!
「では、決勝トーナメント第一回戦始め!」
俺が心の中でセインへの恨み言を吐いているなど露知らず、辺りには重厚な鐘の音が鳴り響いた。非情にもイヴェルとの試合が始まってしまったようだ。
試合が始まったその瞬間、目の前に立っていたイヴェルの姿が急にブレた。
「へ?....ッ!!!!!」
一瞬何が起こったか分からなかったが、その直後、幼少期から培われてきた俺の勘が警戒アラートをビンビンに鳴らした。
俺はその勘に従い、後ろに大きく飛んだ———その直後、1秒前まで立って空間へ、どこからか現れたイヴェルが剣を振り下ろした。
ヴォン!!!
そんな空気の叫び声のような音が鳴る。
「ほぅ...今のを避けるか。予選では、すべてこれで終わったのだがな」
攻撃を外したイヴェルは、面白そうに笑いながらこちらを向く。笑っていると言っても、それさ可憐な笑みなんてものでは無い。獲物を追う猛獣の獰猛な笑みだ。
ある意味で、以前見たシャーロットの怒り顔よりも怖い。チビりそう。
「あはは...偶々ですよ...」
「喋る余裕もあるか。やはり、お前は面白いなアルト」
笑うイヴェルに返答をしたら、更に実力を買われた。何故だ。
というか、さっきのを避けれたのはマジで偶々なのだ。イヴェルと初戦で当たることが決まってから、俺は小説内での彼女の戦い方を思い出すことに尽力していた。そこで思い出したのが、イヴェルの戦闘スタイルが先手必勝だということだ。
小説内でセインと戦うときも、イヴェルは先手を取って攻撃をしていた。因みにセインはその攻撃を避けるのではなく、剣で受け止めていた。凄い。
そんなことを思い出し、初撃には気をつけようと意識していたことでなんとか避けることが出来たのだ。知らなければまず避けれなかっただろう。
「ラーシルドさん、お、お手柔らかにお願いしまッ!?」
「私のことはイヴェルでいい。そんなに喋りたいのであれば、剣で語ろうではないか。なぁ、アルト!」
俺は会話を続けて時間を稼ごうとするが、イヴェルはそんなことお構いなしに突っ込んでくる。
「ぐぅッ...」
急いで剣を構え、イヴェルの剣を受ける。彼女の剣はめちゃくちゃ速くて、重い。
目で全く追えない訳では無いのだが、少しでも気を抜けばすぐに見失う。そのため集中力を尋常じゃないほど使うし、体力物凄く持っていかれる。これの先読みをする?そんなこと出来るわけないだろ!
「ここまで私の剣を受け続けるか!流石だな!だが、このままだと負けてしまうぞ?」
恐ろしい速度で体を動かしながら、イヴェルはそう話しかけてくる。が、俺にはそれに返答する余裕などない。
しかし、彼女の言う通りだ。このままでは集中力と体力を削り切られ、なす術もなく負ける。勝てるとは思っていないが、このまま負けるのは少し悔しい。
「———水!」
「お!?無詠唱魔法だと!?この状況で行使できるのか!」
剣を撃ち合う俺たちの周りに数個の水球が浮かび、それらがイヴェルに向かって飛んでいく。
クッソ、イヴェルの攻撃を受けながらだったから初級魔法程度の威力しかない!
イヴェルは無詠唱魔法を発動したことには驚いたようだったが、自身に迫る水球はすべて難なく避けた。
「面白かったよアルト、だがこれで終わりだ」
その後も剣を受け続けた俺は、遂にイヴェルに対して致命的な隙を見せてしまう。それを見逃すほど彼女は甘くない。
イヴェルの木刀が俺の腹を目掛けて振り下ろされる。これは避けられない—————
「威圧!!」
「!!?」
その木刀が当たる直前、俺はイヴェルに威圧を放った。するとイヴェルの動きは一瞬だが、確かに硬直する。その一瞬が命取りだ。
俺は瞬時に体制を立て直し、そのガラ空きの胴へと木刀を叩き込んだ。そして彼女から一度距離を取る。
「ぐッ...まさか、一撃をもらうとはな。あと、これはなんだ?アルトが酷く恐ろしい存在に思えるのだが...」
硬直の解けたイヴェルはゆっくりとこちらへ向き直り、そんなことを言った。
やはり、彼女は威圧のかかっている状態でも動けるか。だが、完全に無効化してるってことは無さそうだ。彼女の動きは多少なりとも鈍っているはず...
「それは企業秘密です。では、続きをお願いします!」
この機を逃す手はない。そう思った俺がイヴェルへ一歩近づいた、そのとき、
「これか」
彼女はそう呟き、無造作に木刀を振るった。
無論、その木刀空を切った、ように周りからは見えただろう。
「!!?、威圧が切れた...?」
その瞬間、魔力に敏感な俺は理解した。
イヴェルは今、魔力を切ったのだ。俺と彼女の間にあった、威圧のためのコネクションを。
「よし、上手くいったか。体が軽い」
当のイヴェルはというと、肩を回して体の調子を確かめていた。その動きは何の制限もないように軽い。確かに、彼女にはもう威圧はかかっていないようだ。
魔力を切っただと?なんだそれは、聞いたことがない。え?詰んだか?詰んだ気がする!
というか、どうしてイヴェルは魔力の場所が分かったんだ?イヴェルは魔力を見ることはできないはずだ。
あ、もしかして、俺が動いたからか?俺がイヴェルへ一歩近づくことで、俺と彼女の間を繋ぐ魔力は少しだけ緩んだ。イヴェルは魔力が見えないながらもその微細な変化から魔力の場所を推定し、それを斬ったのか。なんたる戦闘センス。怖い。
「さぁ、アルト。続きといこうか」
「ははは...お手柔らかに...」
威圧を破り軽くなった体を動かして獰猛な笑みを浮かべるイヴェルに、俺は苦笑いを返すしかなかった。




