VS.オスカー
グレース剣魔学園では基本的に午前中が座学、午後から剣術や魔法などの実技の授業が行われる。
入学式の翌日。
午前の退屈な座学の授業を終えた俺は、セインと共に魔法用の演習場へと向かっていた。
「魔法の授業、楽しみだね」
「ああ、そうだな」
隣を歩くセインがわくわくしたような表情で言う。
楽しみ、か。実際、魔法の実践練習は楽しみなのだが、この後に控える剣術演習のことを考えると面倒だという気持ちしか湧いてこない。まあ今は切り替えて、魔法演習に集中しよう。
授業開始の時刻になると、俺たち生徒の前には白いローブをつけた見覚えのある若い女性が現れた。
「魔法の授業を担当するミルト=アインスです。皆と楽しい授業をしていけたらと思います」
なんと魔法演習の担当教師は、選定試験の時にBグループの担当だったミルトさんだった。
まあ、ゲートを使えるあたりから魔法系の人だとは思っていたが、実践系の教師だったとは。
ここで補足になるが、この学園の教師は担当する科目に準じて剣術系と魔法系、一般系の3つに大別される。また剣術系と魔法系については、更に理論系と実践系に細分化される。
その文字から分かるように理論系教員は座学、実践系教員は演習の授業を担当する。
当たり前だが、実践系の教師は学園の中でも剣術や魔法の扱いに優れた精鋭である。
ミルトさんはどうみても20代前半、その歳で実践系の教師として抜擢されているとなると、かなり才能のある方なのだろう。
「では、早速ですけど————私の指示に従えない方はいますか?」
するとミルトは突然、俺たち20人を見渡して言った。そしてその体からは威圧するように大量の魔力が放たれている。
「ああ、皆さんを脅している訳ではないですよ?ですが毎年いるんですよね。自分より弱い人間に教えられることなんてない、なんて言って、指示に従わない人が。でも魔法は使い方によっては非常に危険なものです。なので私のことを信用できない方は、実際に私を査定してみてください」
そう言ったミルトは、演習場の中央へと足を進める。
なるほど。その実力に伴ってプライドの高い貴族達の集まるこの学園のことだ。
そんなミルトの言うような者がいてもおかしくない。それを彼女は実力で黙らせるつもりのようだ。
「はい」
そう手を上げたのは、意外にもシャーロットだった。彼女はプライドが無いとまでは言わないが、教員に噛み付くほどではないと思っていたが。
「別に先生に不満がある訳じゃないよ。だけど、自分の教師になる人の実力は知っていて損はないかなって思って。それにこんな機会、そうそう無いしね」
希望者が自分の他に誰もいないことを確認したシャーロットは演習場の中央へと移動し、正面に立つミルトを見据えてそう言う。
「なるほど。貴方は魔法試験で2位だったシャーロット=ナイラさんですね。では、宜しくお願いします。手加減は無用ですよ?」
「勿論!————我が純然たる風の魔力よ…」
ミルトとシャーロットの双方が位置についてすぐ、シャーロットは魔法の構築に入った。
しかし、
「遅い、です」
その様子を見ていたミルトがそう呟くと、彼女の周りには幾つもの竜巻が発生しそれらはシャーロットに向けてすぐに放たれた。
「———ッ!!」
「勝負あり、ですね」
それらの竜巻はシャーロットに当たる寸前のところで停止する。彼女が一歩でも動けば、その身は天高く舞い上がることであろう。
「…参りました」
シャーロットが敗北を宣言すると、それらの竜巻はすぐに消える。
その立ち合いを見ていた生徒達は誰一人として開いたその口を閉じることができない。
それもそのはず、彼女は無詠唱で風魔法の最上級魔法を使ったのだ。そもそも無詠唱魔法を見るのが初めての生徒もいるだろうし、そうでなくともそれを最上級魔法で起こすことがどれだけ難しいかくらいは知っているはずだ。
斯く言う俺も開いた口の塞がらない内の1人なのだが、俺の着目点はそこでは無かった。
—————あんな人間、知らない。
元々の小説内で無詠唱魔法を放つことのできる人間は何人かいた。しかし、それを最上級魔法で行うことのできる人間など、それこそセイン、アーネ、シエルそして学園長の4人のみだったはずだ。
この世界には設定を施していない人間が多数存在する。とはいえ設定を施していないにも関わらず、こんなに大きな力を持った人間がいるのはどうにもおかしい気がする。
彼女は間違いなく、この世界で数本に指に入るほどの魔法使いだ。未設定のモブが、ここまで成長を遂げるだろうか。
そんな俺の考えなど知らず、ミルトは再度挑戦者を募集する。それに応じる者は誰もいない。あんな超高等技術を見せられたのだ、その場にいた全員が実力差を理解したのだろう。
その様子を見たミルトは満足げに頷き、魔法演習の授業の説明へと入る。
まあ、考えすぎか。
少し違和感があるものの、そう結論付けた俺はミルトの説明に耳を傾けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
1時間半に及ぶ魔法演習の後、30分の休憩を挟みクラス一同は剣術演習が行われる武道場へと移動する。
「初めまして、俺は剣術演習の担当をするクラウス=アインスだ。これから宜しく」
授業開始きっかりに武道場へと入ってきたジャージ姿の男性がそう自己紹介をする。
こちらも20代前半だろうか、ミルトと同様、かなり若い。
すると彼は先程と同様、自分の実力を査定しろと生徒から挑戦者を募った。
エリオット辺りが噛み付くかと思ったがその予想に反し、クラウスへ挑戦しようと名乗りを上げる者は1人もいなかった。因みに外見から判断した感じだと、彼は剣聖であるイヴェルと同程度に強い。ここに集められた20名のうち、現時点で彼に勝てる者はいないだろう。
「あれ、今年はいないのか。さてはミルトが脅しすぎたか…?まあいい。なら早速だが、授業に入る。今日の授業では君たちの実力を測るため模擬戦を行ってもらう。適当に2人でペアを組んでくれ」
一瞬肩透かしを食らったような顔になったクラウスは、すぐに切り替えてそう言った。
「アルト。一緒に組まない?」
クラウスの言葉を聞いたセインは、俺に声をかけてくる。
「う〜ん。そうしたいのは山々なんだけど、セインにはもう相手がいるだろ?」
「え?」
「ほら、あれ」
指を刺した方向には、セインへ獰猛な目を向けたエリオットが立っている。その眼差しには少々の殺気も混じっているようだ。
なるほど、今のエリオットは標的を完全にセインに絞っている訳だ。だからクラウスにも噛み付かなかったのか。
「セインとやる気満々だろ、あれ。どこであんな因縁をつけられたんだ。まあ、腐っても剣聖の家系だし、俺とやるよりは練習になるだろ」
「あはは...僕もどこで因縁をつけられたのか知りたいんだけど...そうだね。少し行ってくるよ」
「おう、気をつけろよ」
そう言ってエリオットの方へと歩いていくセインを見送った俺は、ゆっくりと後ろを振り返る。
「さて、俺の相手は君かな?オスカー」
「口の聞き方に気をつけろよ、平民。2度目はない」
そう言いながら振り返った俺に、腕を組んだオスカーは不機嫌そうに言った。
「模擬戦での魔法の使用は禁止。フィールドからの離脱、もしくは戦闘不能で敗北とする。また無駄に相手を痛めつけるような行為はしないこと」
全ての生徒が各フィールドへ上がり、クラウスが軽く試合のルール説明をする。
それを聞く俺の目の前には、木刀を片手に持ったオスカーが立っている。
「それでは、始め!」
クラウスがそう言うと、他のフィールドからは木刀と木刀がぶつかり合う乾いた音が鳴り始めた。
「あれ、来ないんですか?」
その一方で俺の目の前に立つオスカーは、開始の合図があっても動こうとはしなかった。
俺はてっきり、剣術試験でのかませ犬————じゃなかった、ドライ君だ————と同じように先手を取ってくると思っていたのだが。
「先手はお前に譲ってやるよ。平民」
不意にオスカーはそんなことを言った。
「は?」
「王族である僕が平民のお前などに勝利するのは当たり前のことだ。それこそ、僕が本気で戦えばお前は手も足も出ず一瞬で決着がつくだろう」
「はぁ」
「だからといって、一瞬で勝負がついてしまってはつまらん。そこで、平民のお前にもチャンスをやろうと思ってな。お前に先手を譲ろうじゃないか」
オスカーは両手を広げ、うすら笑いを浮かべながら言った。
なるほど。ということは、俺が攻撃をするまではオスカーは攻撃をしてこないということか。これは丁度いい。是非ともお言葉に甘えさせてもらうとしよう。
「分かりました。ありがとうございます」
「分かったらさっさとしろ。のろまが」
ありがたい申し出に礼をすると、オスカーはそう言ったので俺はさっさと行動に移すことにする。
「......どうした。こないのか」
それからいつまで経っても突っ立ったままの俺に、痺れを切らしたオスカーが声をかけてくる。
「は?攻撃をしなければ貴方は何もしないんですよね?なら、俺から攻撃をする理由はないですから」
「は?」
オスカーは呆気に取られたような顔をした。
俺は別にオスカーに対して恨みなど無いし、戦わないで済むのならそれに越したことはない。戦うのは疲れるしな。
「では、先生が声をかけるまで待ってましょう。あ、あれはセインとエリオットですか。いや〜、あの2人はすごいですね。動きが目で追えませんよ」
オスカーから背を向け、他のフィールドを観察していると、一際激しく木刀を交わし合うセインとエリオットの姿が見えた。
セインの腕はさることながら、それと互角以上に渡り合えているエリオットの方も流石だ。
「.........るな」
「え?」
悠長にその試合を観戦していると、背後のオスカーが小さな声で呟いた。
俺はオスカーの方を振り向く。
「ふざけるなぁぁぁ!」
突然そう叫んだオスカーは勢いよく地面を蹴り距離を詰めた。それに合わせてオスカーの木刀は俺の腹を打ち抜こうとしてくる。
「おっと!!...まさか、王族が約束を破るとは。先手は俺にくれるんじゃなかったっけ?」
オスカーの攻撃を防いだ俺は、少しだけ挑発するように問う。
「ふざけるな!あんな言い分が通じるか!僕を馬鹿にしているのか!」
「いやいや、先に馬鹿にしてきたのはそっちだろ。更に言えば、自分の決めたルールを利用されたからって、それを無視するとか馬鹿と我儘の両方の証明になっているけど大丈夫そうか?」
「うるさい!黙れ黙れ黙れ黙れ!」
顔を真っ赤にしたオスカーは怒りのままに剣を振う。ドライの時にも思ったが、貴族は煽り耐性がない奴が多すぎる。貴族という身分故、馬鹿にされることがあまりないためだろうか。
そんなことを考えながら、俺はオスカーの猛攻を防いでいく。
オスカーの剣筋は一言で言うならば正統。幼い頃から優秀な家庭教師の元、正しく品のある剣を学んできたのだろう。動き一つ一つが洗練されていて、その動きは流れるように滑らかだ。それは怒り心頭の今でも健在であり、それほど体に染みついた動きなのだろう。しかしだからこそ、次の動きの予測がしやすい。
「!?」
「ほらほら、平民に防がれているようじゃまだまだですね」
その攻撃を全て捌いていく俺に、オスカーの表情には焦りが生まれてくる。
オスカーの剣には隙がなく、俺が攻撃に転じるのは中々難しい。だが、教科書通りの剣戟を防ぐことはそこまで難しくない。
きっとオスカーは実際の剣を使っての命のやり取りをしたことがないのだろう。だから応用が効かない。
「そこまで!!」
オスカーの木刀を捌き続ける俺の耳に、試合終了を告げるクラウスの声が届いた。
「オスカー、終わりだってよ」
「.........」
「お〜い。オスカーく〜ん」
「.........」
それにも関わらず、こちらへ振り下ろされる木刀は止まる気配がない。
おいおい、なんだこいつ。怒りで声が聞こえてないのか?それとも単純に無視か?王族だからって多少の我儘が許されると思ってんのか?
クラウスがやって来るのを待っても良かったのだが、自分勝手な態度に少し腹の立った俺はあのスキルを使うことにした。
「威圧」
「!?!?」
俺は威圧を発動し、オスカーの動きを止める。もう模擬戦は終わっている。スキルを使用しても問題ないだろう。
それ受け顔を青くしたオスカーは、すぐに木刀を振るうのを止めた。その顔には大量の汗が流れている。
「やんちゃもほどほどにな」
顔を青くしたまま動かないオスカーにそう告げ、さっさとフィールドを降りる。
「解除」
威圧を解除すると、フィールド上のオスカーは力が抜けたように膝から崩れ落ちた。
「オスカー!!」
「オスカー様!!」
その様子を見てクラウスやオスカーの取り巻きなどが彼の元へと駆け寄る。
「......アルト、何をしたの?」
その様子を見ていると、後ろからセインが話しかけてきた。
「ん、少しだけ躾をね。セインの方はどうだったんだ?」
「あ、うん。エリオット君はやっぱり強くて。引き分けで終わっちゃったよ」
わざわざ話す内容でも無いので、俺はセインへ軽く説明だけをして話題の変える。
どうやらセインVS.エリオットの試合は引き分けだったようだ。魔法があればセインが普通に勝つと思うのだが、やはり剣聖の家系は伊達じゃないな。
その後オスカーは保健室へと運ばれたため、残りの時間は各自で素振りをするだけでその授業は終了したのだった。




