新たなる決意
冒険者。
自らの危険を顧みず、金と己の名誉の為、自らの戦闘力のみを信じ、日夜モンスターとの戦いに明け暮れる職業。
そんな少年の、いや全ての男の夢を具現化したような職業である冒険者に憧れを抱かない者がいるだろうか。いや、いない!いるわけがないだろう!絶対に俺は冒険者になる!なってみせる!絶対に!!!
「駄目です」
「」
「いや…母さん、そんなすぐに否定しなくても...」
淡い少年の夢は、家庭内において最強の存在、母の前に脆くも砕け散ろうとしていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
現在、我がヨルターン家では緊急家族会議が開かれていた。議題は勿論、ヨルターン家の一人息子であるアルトが冒険者になりたいと言った件についてである。母さんはそれを聞くとすぐに却下し、すかさず父さんがフォローを入れた。
「駄目ったら駄目です。私はアルトが父さんに頼んで剣の稽古をしていることも、一人で魔法の練習をしていることも知っています。練習くらいならと思って目を瞑っていたけれど、今回は駄目です。相談してくれたのは嬉しいけれど、冒険者、しかもダンジョンの攻略だなんて命がいくつあっても足りないわよ?」
冒険者であった父さん曰く、冒険者には2つのタイプがあるらしい。
1つはギルドなどで発注されている、護衛や素材の納付、大量発生したモンスターの討伐などの依頼をこなして依頼達成料で生計を立てているタイプ。
もう1つはダンジョンと呼ばれるモンスターの巣窟に潜り、そこで手に入れた素材や魔導書などを売却することで生計を立てるタイプである。
前者は一発を当てることはないがコツコツと稼ぐことができ、後者は大きいのを一発当てる可能性があるが、その分非常に心身への負担が大きく命の危険性も高い。
因みに父さんは前者のタイプの冒険者だったらしい。そして俺が希望しているのは勿論、後者のタイプである。
母さんの言っていることは全て正しい。だが、男には譲れないこともある。元冒険者の父さんには、俺の気持ちが痛いほどよくわかるだろう。
後は頼んだ父さん!なんとかして母さんを説得してくれ!
「しかし、母さ——」
「貴方は黙ってて」
「……はぃ」
父、撃沈。
悲しいかな、元冒険者の父さんと言えど、家庭内最強である母さんには手も足も出ないようだ。なむー。
「アルト、私だって嫌がらせで貴方が冒険者になることを否定しているわけではないの。でも、ただ冒険者になりたいっていうだけで認めるわけにはいかない。どうして冒険者になりたいのかを、しっかりアルトの口から私が納得できるように説明してくれないと許可はできないわ」
一瞬で父さんを葬り去った母さんが、目を見つめてハッキリと言う。.…..本当に母さんが言っていることはすべて正しい。そして母さんは、俺としっかり向き合って話をしてくれている。これは俺もしっかりと向き合って答えないといけないだろう。
「うん、分かった。母さん、父さん。僕の考えを全部話すよ。…僕は15歳になったらこの村を出て、王都にあるグレース剣魔学園に入学をしたいと考えています。そのために、僕は今まで、剣術、魔法、勉学に励んできました。でも、学園に入学するためにはまだまだ実力が足りない。だから、僕は剣術と魔法をもっと鍛えなければいけないんだ。更にいえば、僕には剣の才能も魔法の才能もない。才能のない僕は少々無理をするくらいでないと、才能のある者と同じ舞台に立つことは出来ない。それに金銭面の問題もある。僕は母さんと父さんに負担をかけるつもりはないから。この問題を解消するために、冒険者になって修行しながらお金を稼ぐ必要があるんだ」
そう全てを語り終えた後、顔を上げると母さんは驚いた顔をしていた。父さんは撃沈して机に突っ伏したままなので、聞いているかも分からない。
「...一先ず、学園への入学は認めるわ。そして学園の入学試験を突破するために、力をつけなければならないことも分かった。でもそれは、冒険者でなきゃ駄目なの?父さんとの稽古では駄目なの?」
「父さんとの稽古はとてもいい練習になってる。これは本当。だけど、僕はもっと強くならなければいけない。稽古は父さんの都合のつく時間しか受けることができない。だから、練習時間が圧倒的に足りないんだ」
「そんなに焦る必要はないでしょう?学園に入学するとしても試験まであと4年の期間があるでしょう?焦って無理をして、大きな怪我をしたり死んでしまったら元も子もないわよ?」
「いや、それは間違ってる。あと4年しか時間がないんだ。僕はずっと前から、学園へ入学するための努力を続けてきた。その上で、このままのペースでは入学試験に間に合わないと悟ったんだ。僕は絶対に死ぬような無理はしないと誓う。だからどうか、冒険者になることを認めてください。お願いします」
最後の言葉を振り絞り、俺は深く頭を下げた。
母さんはしばらく沈黙する。
ダメだったか...?
「はぁ...分かったわ」
「え...?」
「分かりました。冒険者になることを許可します。ただし3つ、条件があります。まず1つ目、冒険者になる前に父さんにダンジョンへ挑戦するだけの相応の実力があることを認められること。2つ目、しっかりと休むこと。3つ目、絶対に無理をしないこと。無理をして死んだりしたら、許さないからね」
「母さん... ありがとう」
「アルトの考えていることを知れてよかった。アルトの人生はアルトのものだから、私が無理に口を出すつもりはないわ。だけどね、これだけは覚えておいて」
最大の強敵を説得できたことに内心ホッとしていると、母さんはこの話し合いの中で最も真剣な顔をして
「辞めたくなったら意地を張らずにいつでもここへ戻ってきなさい。どんなに格好悪くなって帰ってきても、私達はいつでも貴方の帰りを待っているわ。だから、頑張ってねアルト。アルトは、私と父さんの自慢の息子なんだから」
と言葉を締めくくり、柔らかく微笑んだ。
「はい!尊敬する母さんと父さんの息子として、頑張ります!」
目頭が熱くなるのを感じながら、母さんの言葉に強く返事をした。
この家族会議から丁度一年が経った日、遂に父さんから許可を得た。冒険者になる条件を満たした俺は、晴れてダンジョンへ挑戦できることになった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「そんなわけで、ダンジョンに挑戦できるようなったんだ」
「アルト君はすごいね。じゃあ暫くの間、孤児院には来れなくなるの?」
「そうなるね。あまりダンジョンに長く潜るつもりはないけど、今までみたいな頻度では来れないかな」
「それは少し寂しくなるね...」
さてさて。俺は今、種々の条件満たしダンジョンに挑戦できるようになった旨を報告している。
誰に報告をしているのかって?それは勿論セインにだ。
何故こんなにもセインと仲良くなっているのか。
実はこの1年間、俺は時々孤児院へ顔を出してセインの暮らしぶりを観察していた。観察をしていた理由としては、彼が10歳の時点で剣術、魔法、勉学それぞれにおいてどれくらいの水準にいるのかを確かめたかったからだ。
そして観察を続けていくうちに、俺はあることに気がついた。
そう、セインはめちゃくちゃ凄いやつであり、良い奴であるということに。
セインは10歳時点で、剣術においては大の大人をも打ち負かすことが出来るほどの才能もち、魔法においては水属性と光属性の2つの適性を持っている。まあ魔法については、まだ彼自身はその力を知らないのだが。
またその学習意欲は凄まじく、加えて頭の出来がとても良い。圧倒的な学習意欲とそれに対応することのできる頭を持ったセインは、与えられた知識をスポンジの様に吸収している。孤児院のボランティアの教師曰く、一度教えたことを忘れることは無いのだそうだ。
そして極め付けはあの王子様のようなルックスだ。男の俺から見てもめちゃくちゃカッコいい。正直、観察を始めて1ヶ月くらいは嫉妬で頭がおかしくなりそうだった。
しかし、そんな非の打ちどころのない才能の塊であるにも関わらず、セインはそれらをひけらかすことはせず、その力は孤児院の子供や本当に困っている人のために使うようにしていた。決して、楽をするためなどの理由では自分の力を使おうとしなかった。そしてセインは俺がいつ孤児院を訪ねても、いつも忙しそうにしているのに決まって笑顔で出迎えてくれた。
そんな生活を1年間、間近で見ていた俺は何度も過去の自分を殴りたくなった。
セインから主人公の座を奪う?何を言っているんだ。俺はもう性格の時点から主人公争いに負けていたんだ。いや、戦いにすらなっていなかった。この世に生を受けた時点から勝敗はついていたのだ。心の底からそう思った。
また、セインは俺の書いた小説の主人公である。
つまり丹精込めて考えて作った人物であり、頭を痛めて産み落とした俺の子供なのだ。そんな子供が、めちゃくちゃ良い子であると分かったのだ。
それを知ったとき、心の中では親心としか言い表せない気持ちが溢れた。そして主人公の座を奪うなどと、本気で考えていたことについての罪悪感も同じくらいに溢れた。
そして俺は、セインと一緒にグレース剣魔学園に入学し、彼が楽しい学園生活を送ることができるように全力でサポートしようと、あくまで主人公はセインで自分は目立たないように裏からサポートをしよう、と。『勇者セインの学園英雄譚』は未完結のまま止まってしまっているが、こちらの世界での彼の物語は著者としてしっかり紡いでいこうと。
そう、心に決めた。
それが遡ること半年前のことだ。
そしてセインのサポートという観点からも威圧と変身は必要なスキルであり、金も必要であるという結論に至った。
だからこそ俺はこれから、自分の為にも将来のセインの為にもダンジョンに挑む。
「まあまあ、今生の別れでもないし半年に一回くらいは顔を出すよ。セインも元気でね」
「うん!アルト君こそ、気をつけて!」
そんな新たな決意を胸に秘め、俺はダンジョンへと挑むためヌレタ村を出る準備を進めた。