審査員たち2
《剣術試験 : イヴェル=ラーシルド》
私、イヴェル=ラーシルドはグレース剣魔学園に通う生徒で、生徒会に所属している。
今日は学園の入学試験の手伝いとして招集され、私は剣術試験の会場である武道場の警備員として配置されることになった。万が一、受験者に大きな被害が及びそうになったときに、それを救助することが主な仕事だ。
そして私は今、そんな生徒会の仕事とは関係なく、弟であるエリオットを正面に正座させて説教をしている。
「エリオット、お前のしたことはラーシルド家に恥をかかせる行為だ。後で父上にも報告させてもらう。しかし、もうやってしまったことは取り返しがつかない。今お前のやるべきことは、学園に入学し自らの汚名返上に努めることだ。分かったら次の魔法試験の会場に向かえ。もう試験の説明に入っている頃だろう。返事は?」
「...お、おう」
後に魔法試験も控えているため早めに説教を切り上げると、立ち上がったエリオットは走ってその会場へと向かっていった。
「全く、手のかかる弟だ」
弟への指導を終えた私は、剣術試験の会場へと戻る。次グループの剣術試験は既に始まっていて、フィールドでは2人の受験生が剣を打ち合っていた。
「イヴェル=ラーシルド、ただいま戻りました。至急、配置場所へと戻ります」
「了解。よろしく頼む」
会場へ着いた戻った旨を上に報告し、私は配置場所へと向かう。配置場所へ戻った後は、いままで通りに受験者の立ち合いを周りに注意しながら見守る。
現在、学園長は近くにいない。私が最大限の警戒を払わなければ。
「次、受験番号1059と3466、フィールド上へ!」
また1つの試合が消化され、新しい受験者がフィールドに上がる。
「あれは...」
フィールドに上がった2名の受験者のうち、私は黒髪黒目の少年に目を奪われた。
あんなに特徴的な見た目をしている人間を忘れるはずがない。
「アルト、か。まさか、この学園でお前を見るとはな...」
彼は数年前にアルクターレの路地裏で迷っていたところを案内した少年だ。顔つきは前とあまり変わっていないが、背丈が大きく伸びている。しかし初めて出会ったときと同じように、その外見からはあまり強さは感じられない。
少なくとも選定試験を乗り越えているはずなので、優秀ではあるはずなのだが。
それに対して彼の相手、ドライ=マールは侯爵家の長男で剣術と魔法のどちらにも秀でた者だと聞く。その一方で性格に難があり、傲慢な人物だとも言われているが。
「大丈夫か...アルト...」
私は木刀を構える黒髪の少年の心配をする。見るからにアルトとドライの力の差は歴然であり、アルトは良くて瞬殺、悪ければドライに嬲られて試験の続行が困難になるだろう。
私はドライの動きを注視しつつ、いつでも動き出すことが出来るよう腰の剣に手を置いてフィールドを見る。
「では、試験始め!」
審判がそう宣言すると同時、ドライは一瞬でアルトとの距離を詰めた。どうやらドライは一撃で決めるつもりらしい。
カンッ
木刀同士の当たる乾いた音がした。
それはドライの木刀を、アルトが弾き返した音だった。アルトはなんでもない顔をしているが、ドライの方は驚いたように弾かれた木刀を見つめている。
ドライの攻撃は決して悪くなかった。十分なスピードに乗り、反応しづらい腹を狙った一撃。普通の受験者なら、まず間違いなく一撃で倒すことのできるものだった。しかしアルトは、その攻撃を何のこともないように真っ向から弾いたのだ。
少しの間停止していたドライは一度大きく後ろに飛び退き、顔を真っ赤にしてアルトへ猛烈な攻撃を加え始める。
焦っているのか明らかにドライは冷静さを失っていたが、それでもその攻撃は簡単に捌き切れるものではなかった。
しかし、アルトはその攻撃を全て捌いていった。その動きには一切の無駄がない。それどころかアルトはドライの攻撃の隙をつき、攻撃に転じた。
アルトの攻撃に対して、ドライの防御は間に合わない。形勢は一気に逆転し、アルトの攻撃を受け続けるドライはすぐにフィールドの端まで追い込まれてしまった。
あと一撃でアルトが勝つ。
誰もがそう思ったとき、彼の木刀が急にその動きを止めた。
「は?」
ドライの驚いたような声が聞こえた。
驚いたのは私も同じだった。どうして剣を止めたのか。
「お前、ふざけるなよ」
アルトの怒気を含んだ静かな声が武道場に響いた。アルトはドライに向けて、いや貴族全体に向けて叫ぶように不満をぶちまけた。
その話の中では、私の弟であるエリオットについても触れられていた。
「平民を舐めんな!!」
そう締め括られたアルトの言葉に、私は自身を省みる。
私は身分で人を差別するような真似はしない。だが、どこか平民は守るべき者という身勝手な思いがあり、無意識に身分で人を判別していたことに気がついた。
私もエリオットと変わらなかったということか。周りを見渡すと他の受験者達、いや審査官でさえもどこか思い当たる節があったのか、バツの悪そうな顔をしている者が多く会場は沈黙に包まれていた。
「...るさい」
その沈黙を破るように、ある少年の声が響いた。
その声の主は、アルトの言葉を最も近くで聞いていたドライであった。先程までとは、どこかその様子が異なっている。
「うるさい、うるさい!うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!」
ドライは大声で叫びながら、自身の木刀を構える。それを見たアルトはドライから距離をとった。
「お前みたいな!平民が!僕に!貴族に!偉そうに説教をするなぁぁぁぁぁぁ!!」
ドライは血走った目でアルトの方を睨みつける。どうやらアルトの説教はドライを反省させるための水ではなく、怒りをさらに燃やすための油となってしまったらしい。
アルトとドライの2人は再度睨み合う。
するとドライは、居合いでもするような構えを取った。それに対しアルトは様子を見るためか基本的な構えを取る。
あのドライの居合いのような構え...何か嫌な予感がする。
両者が睨み合ってから、きっかり10秒後。
「暗黒閃!!!」
ドライは大声で叫び、木刀を横に振るった。
「!?」
その瞬間、ドライの振るった剣から真っ黒な三日月型の斬撃が恐ろしい速度で飛び出していった。
暗黒閃、噂で聞いたことがある。マール家に伝わる剣術と魔法を融合させた技で、その闇の魔力で作られた斬撃はなんでも切り裂くことができるというものだったはずだ。
「くそッッ...」
それを認識した私は、剣を取って地面を蹴るが間に合わない。完全に出遅れてしまった。
その黒い斬撃は瞬く間にアルトへ迫り、その身を切り裂こうとする。
黒い斬撃が彼の腹へ直撃し、その体が真っ二つに切り裂かれる———そんな未来が訪れることはなかった。
「ハッ!!」
アルトはその直近まで迫った黒い斬撃に木刀を叩きつける。その木刀の刀身は眩しい光を放っていた。光輝く木刀を叩きつけられた黒い斬撃は真っ二つに割れ、そのまま空中に消えていった。
「ふう。なんとかなったな」
つい先程まで命の危機にあったアルトはそれに気が付いていないのか、あっけらかんとしている。
当たり前だが試合は一時中断となり、座り込むドライの方へ審判が駆け寄っていった。
先程放った技——暗黒閃は剣術と魔法を融合させた技だ。それを使用したドライは魔法の使用、つまりはルール違反だと判断されたのだろう。
ドライは審判に連れられてフィールド降りた。剣術試験で魔法を使い、対戦相手を殺すかもしれなかったのだ。これからどんな処遇が待っているのかは想像に難くない。
ドライを別室へ連れて行った数分後、審判はフィールド上へ再び戻り今度はアルトへと声をかけた。ドライが失格になった旨などを伝えているのだろうか。
私は始めそんなことを思っていたが、どうもその様子がおかしい。アルトは首を振って何かを拒否している様子で、審判は困ったように説得を続けている様子だ。
まさか、アルトが最後に見せた光り輝く木刀、あれは魔法を使ったものだったのか?
仮にそうだったとしても、彼が責められる謂れはない。何もしなければ、まず間違いなく彼は死んでいた。
私は彼の処遇について抗議をしようと一歩を踏み出すが、それ以上足を踏み出せない。
私が抗議に行ったところで何か状況は変わるのか?生徒会に所属しているとはいえ、一般の生徒である私の抗議で?本来であれば、私がドライの暴走を止めなければいけなかったのだ。しかし、それを私はできなかった。自らの職務すら全うすることのできない一生徒の意見が、現状を良くするとはとても思えない。むしろ、場を余計に混乱させてしまうだけではないのか。
そう考え込んでいる間に、諦めた様子のアルトが審判に連れられてフィールドを降りた。
それを見ても尚、彼らの元へ動くことのできなかった私は、自らの弱さを恥じた。
そのとき、アルト達の前に空から学園長が現れた。
学園長が2、3回その口を開くとすぐにアルトは審判から解放され、そのまま学園長に校舎の方へ連れられていった。
数十秒ほどで行われたそれらの光景を、私はただ呆然と見ることしか出来なかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《魔法試験 : ルックス=マーネード》
やあ、僕の名前はルックス=マーネード。
ここグレース剣魔学園で魔法の教師をしている。今日は学園の入学試験の日で、僕は魔法試験の試験官を担当しているんだ。
いやー、今年の受験生は凄い!
例えば紫色の髪の毛をした女の子とかは、風魔法の最上級魔法を2種類も使っていたし、火魔法でも上級魔法を放っていた。
火属性の最上級魔法を使っていたオスカー王子も流石の一言だった。
しかしなんといっても、オスカー王子とは別の金髪の男の子は、水魔法で2種類、光魔法で1種類の最上級魔法を使って見せた。入学時点で2つの属性で最上級魔法を使いこなせる子なんて今まで聞いたことない!
今挙げた3人は突出して凄かったけれどその他にもいい才能を持った子達が沢山いて、僕はとても楽しい時間を送っていた。でも、試験はもう終わっちゃうんだよね。
「次、受験番号3466番!前へ!」
ああ、遂に最後の1人になってしまった。
審判の声に反応して前に出てきたのは、黒髪で黒目の少年だった。...どこか体調が悪そうだ。特に目が死んでいるように見える。
う〜ん。あの子大丈夫かな...これが最後の試験のはずだから、今までの試験で疲れちゃったのかな?魔力量もあまり多くないみたいだし...
受験生400人のトリを務める少年を見て僕は正直、少し期待外れだなと思った。間違いなく、彼は受験生の中では最も魔力量が少ない。どうせなら、あの金髪の少年の魔法を最後に見たかったな〜。
そんなことを思っている間に少年の準備が整ったらしく、僕は少年の方に目を向ける。
魔力量から察するに、多分この子は魔法の才能がない。使える魔法はせいぜい上級魔法だろうと僕は思っていた。実際、その推測は当たっていた。
「おらぁぁぁぁ!!」
少年がそう叫ぶと、彼の掌からは3つの火球が飛び出してきた。
ドォン!!!
「「「!!!!」」」
3つの火球はそれぞれ別の軌道を描き、同時に的に着弾した。彼が放ったのは火魔法の上級魔法だ。それ自体は別に凄いことではない。むしろ、本試験に残っているのであればもう少し威力が欲しいところだ。
しかし、彼は無詠唱でそれを使ってみせた。僕ですら無詠唱では初級魔法しか使うことができないのに。
この時点で、僕はもう彼の魔法に釘付けになった。
「まだまだぁ!!」
更にそう言うと、彼の真上には光輝く槍が出現した。光魔法の上級魔法だ。しかもまた無詠唱で。
ドン!!
その槍は一直線に飛んでいき、見事に的へと突き刺さった。
それを見た僕たち試験官の間には、更なる衝撃が走る。火魔法と光魔法を使いこなす魔法使いなんて聞いたことがない!しかも、どちらも無詠唱で発動することができるなんて!
「ラストぉぉぉ!!」
そう言った彼は、集中するように目を閉じる。
そんな少年が試験の最後にどんな魔法を放ってくるのか。試験官は私を含め全員が、興味津々な目で彼を見守っていた。
「出てこい!龍!」
目を見開いた彼の背後には、青い鱗に緑色の毛を持った一匹の龍が出現した。
「混和、魔法…」
隣から、呆然と呟く声が聞こえる。
混和魔法、2つ以上の属性を掛け合わし、1つの魔法へと昇華させた魔法だ。
彼のものは水魔法と風魔法を組み合わせたもののようだが、本当に使える者がいるのか。御伽噺の中でのみの魔法だと思っていた。
またその龍の体はとても繊細に作られおり神秘的かつ幻想的、まるで彫刻のようであった。魔法という名を冠した芸術。僕があれを作ろうと思っても、自分の適性であったとしても出来ない。というか、彼以外はあんな繊細なものを魔法で作ることなどできないだろう。あんな彫刻のような形を魔法で作る、ましてや無詠唱でなどどれだけ精密に魔力を操作しなければならないのかまるで検討がつかない。
確かに彼の魔力量は受験生の中で最も少なく、またその威力も低い。しかし魔力操作の力、つまりは応用性についてだけで言えば、まず間違いなく受験生どころか王国内でもトップクラスの力を持つだろう。
「いっけぇぇぇ!!」
水と風でできた美しい龍は彼の言葉に応えるかのように、自然な動きで的へと向かっていく。
あんなに滑らかに動かすことも出来るとは。僕たち試験官はその龍に完全に心を奪われていた———。
「んッ?」
僕が気がついたときには、もうそこには龍もそれを作った黒髪の少年の姿もなかった。
ああ、彼の作った魔法の美しさに僕はトリップしていたのか。様々な魔法の知識を得た最近は無くなっていたが、昔はすごい魔法を見た後には気がつけば時間が過ぎていたなんてことは良くあった。
あの少年の魔法はお世辞にも強いとは言えない。上級魔法までしか使えていないし、その上級魔法でもその威力は他の受験生と比べると著しく劣っている。
しかしその一方で、無詠唱魔法を発動できることから分かるように、彼は魔法を文字通り自由自在に操ることができる。間違いなく僕たち、グレース剣魔学園の教師よりも圧倒的に高いレベルで。
「んふ〜、僕も自分の魔法には最近限界を感じていたからね〜。彼から色々と教えて貰えば、自分の新しい可能性が開けるかも」
彼が魔法試験以外でどのような結果を残しているのかはわからない。しかし僕は、彼が入学試験に合格することを強く確信していた。




