チートスキルとお金
チートスキルと一口に言ってもスキルには色々と種類がある。その中で今回何を習得する予定かというと、”威圧”と”変身”の2つのスキルだ。
威圧とはその名の通り、対象を威圧するだけのスキルである。威圧することで相手の戦意を喪失させたり、そこまでいかなくとも一瞬だけ動きを止めることが可能だ。
これを発動させている間、有効範囲内にいる生物は常に俺に威圧をされている状態となる。またスキルの有効範囲や対象は魔力の操り方次第なので、極めれば任意の範囲にいる任意の生物に対して威圧を使うことが出来ると考えられる。
まあ、その対象が使用者よりも大きく格上である場合は威圧の効果は無くなるのだが。
このスキルを欲する理由としては、これが対人戦においてかなり優秀なスキルであると考えるためだ。
威圧、つまり相手を怯ませることは、隙を作ることに他ならない。その隙は同格同士の戦闘において勝敗を決める一つの要素ともなり得る。それを強制的に作り出す威圧は、大きな武器になると判断した———と、いうのは建前で。
真の目的は、そもそも相手と戦わないためにある。
突然ではあるが、一つ問おう。
真に強い人間とはどんな人間なのだろうか。
入学試験もそうだが、学園の入学後には生徒の実力を測るイベントが数多く用意されていることだろう。
仮に学園へ入学出来たとしても、周りは試験を勝ち抜いた猛者ばかり。そんな化物に囲まれた環境の学園生活を乗り越えるためには、一体どうすれば良いのか。
あ、そうだ。戦う前に勝てばいいのだ。
戦う相手の戦意を喪失させて、降参して貰えばいいではないか。そうすれば、能力で劣っていたとしても相手に勝つことができる。
さて、改めて問おう。
真に強い人間とは、どんな人間なのだろうか。
俺は思う。
真に強い人間とは戦って相手を屈服させるのではなく、戦う前から相手を降伏させる人間ではないかと。
戦わずして降伏させることができれば無駄な体力を使わず、また手の内を周囲に晒すこともなくなる。
この勝利の仕方こそが、最も賢く最もかっこいいものなのではないかと、そう思うのだ。
かなりの修練は必要になるかと思うが、威圧にはそんな使い道も、あると考えている。
………あと、戦う機会を減らすことで実力を隠し、いざという時に本気を出して大活躍する…そんな力に憧れたりもする…とだけ言ってはおく。
2つ目の変身だが、これも文字通りで頭の中で想像したものに変身をすることが出来るスキルである。
実物を見たことがあるかないかを問わず変身することが可能だが、その精度は想像の精確さに依存するため見たことのあるものの方が精密に再現できることは自明である。
このスキルを欲する理由だが、端的に言えば情報収集の為だ。小さい動物に変身すれば、人間では入れない場所に忍び込み、色々な話を盗聴したりすることができるだろう。
俺やセインは平民であるため、俺たちが学園へ入学することを面白く思わない連中もいることだろう。そんな奴らが、俺たちに対して嫌がらせをすることは容易に想像できる。なんなら前世で、セインに一部の貴族達が嫌がらせをするシーンを書いたしな。
そいつらの嫌がらせや妨害などの計画の内容をこのスキルのおかげで盗聴し、それらの対策を講じることができるのだ———というのも建前で。
このスキルの有用性はそれだけに留まらない。
なんと!猫などの小動物に変身すれば、ヒロインの女の子達に可愛がって貰えるかもしれない、いや可愛がって貰えるだろう!……というのが、変身を欲しいと思った最初の理由だったりする。
まあ、こちらも学園に入学できることを前提とした話ではあるのだが。
もし手に入るのであれば、”鑑定”や”隠密”、”瞬間移動”などのスキルも欲しいところではあるが、それらは入手難易度が高すぎる。入手方法は朧げに覚えているのだが、確か超高難易度ダンジョンの攻略報酬だったり、超危険な森の最奥に眠っていたりするので現状では流石に無理だろう。普通に死んでしまう。
まあ今は焦る時では無い。それらのスキルはもっと実力をつけてから。今は手の届く範囲で出来ることをするべきだ。
以上のような理由から、俺は威圧と変身を手に入れることにしたのである。
威圧や変身などのスキルと呼ばれる魔法は、普通に訓練を積む事では習得をすることができない。では、どうやって習得するのか。
それは専用の本を読むことで習得することが出来る。俗に言う魔導書というやつだ。
魔導書を開くと、本を開いた者の頭の中に一瞬にしてその魔法の概要や原理などのありとあらゆる情報が流れ込み、次の瞬間には魔導書を開いた張本人はその魔法を使えるようになっている。そして、数秒前まであったはずの魔導書は忽然と姿を消している。
更に魔導書から魔法を習得したものは、その魔法についての説明を求められてもうまくその魔法の内容を言語化出来ず、その者達からスキルを教えてもらうこともできない。そのため、スキルを習得するには誰にも読まれていない魔導書を読むしかない、という設定にしたはずだ。
では一体、その魔導書はどこで手に入るのか。それは、一般的にはダンジョンで稀に出現する宝箱の中からだ。
そのダンジョン内に出現した魔導書は、冒険者が取ってきてギルドなどに売却する。その売却された魔導書は魔道具店へと卸され、一般人でもそれを購入することで手に入れることができるというわけだ。また魔導書にはランクがあり、鑑定や隠密などの超レアレアレアなスキルはそもそも市場に出回らない。出回ったとしても、一般人では一生かかっても稼ぐことのできないくらいの高値がつく。
一方で、現在欲している威圧と変身はそこまでランクが高いものではなく、それらのスキルの魔導書は市場に流れてくることが比較的よくある方だ。
そんなわけで、俺はヌレタ村に一店舗しかない魔道具店に10万Gを握りしめて来たわけだが...
「まさか、威圧で100万G、変身に関しては200万Gもするとか聞いてないって...」
そう、どちらの魔導書もあることにはあった。だが、クソ高かった。この世界での通貨単位のGだが、日本円で1円 = 1Gと考えてくれれば問題ない。
俺はこの世界においても、お金がとても大切であることを知った。
...そういえば、学園に入るためには剣術や魔法の実力をつけることも必要だが、学園に通えるだけの資金を用意しなければならないのではないか?
勿論、学園の学費はタダではない。特待生になれれば多少は減るが、それでもタダにはならない。入学試験を突破することだけを考えていて、すっかり忘れていた。
異世界で金の問題に直面するとは...ファンタジー万歳とか言っていられる場合じゃないな。
「こうなったら、遂にアレをするしかないかな...」
そして俺は、最終手段である作戦を実行することに決めた。残念そうな声音とは裏腹に、俺の心はどこかウキウキとしていた。
「決めた、俺は冒険者になる」