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真面目な人

「えー!泊まっていかないんですか!?」


「それは流石に遠慮させてもらう」


「あははは...」


アーネを自宅まで送り届けた後、彼女は俺たちに夕食を食べて行くよう勧めた。

カイルさんも多めに夕飯を作ってくれていたようだったので、俺とセインはアーネ達と食事を取ることにした。


夕飯も食べ終わり、宿へ向かうため身支度を始めたところでアーネから出た台詞がこれだ。彼女の頼みといえど、流石に泊まる訳にはいかない。確実に布団が足りないだろうし、カイルさんにも大きな負担をかけることになる。


「また明日の朝迎えにくるから。大人しく待ってろ」


「ぐぬぬ...」


「またね。アーネさん」


俺とセインはエルトリア家を後にし、適当な宿を探す。

もう時間も遅いが、アルクターレには多数の宿屋があるので宿探しにはさほど困らなかった。出費を安く済ませるため俺とセインの2人で同じ部屋を借り、それぞれ別行動を取る。


現在、セインはアーレットから貰った魔法の本を読んでいる。セインはこの本を何度も見返しているようで、馬車の中などでもずっと読んでいた。一度セインに読んでみるかと聞かれたが、全力で遠慮しておいた。この世には知らないでおいた方がいいこともあるのだ。


一方の俺はというと、両親に向けて手紙を書くため母さんからもらった袋を取り出していた。あれだけ釘を刺されたのだ。書かない訳にはいくまい。


俺は母さんから受け取った袋の中身を確認する。その中には母さんの言っていた通り、ペンが数本と紙、それを入れる封筒、そして、


「——ッ、」 


たくさんの紙と封筒の間には、財布のようなものがいくつか挟まっていた。


それらを開けてみるとその中には、何枚もの硬貨が詰められていた。袋の外側を握っただけでは紙と封筒にカモフラージュされて気づかなかった。少し重いなとも思ったが、まさかお金が入っているとは。


またそこには両親からの手紙も同封されており、無理はするな、入試がんばれ、その金は自分の使いたいように使え、などと書いてあった。


「はぁ、敵わないな...」


財布の中身がどれだけの金額になるかは分からないが、最低でも50万Gはあるのではないだろうか。この金は両親が王都に来たときにでも使おうと決め、その金を大切にしまう。


気を取り直して俺は両親へ向け、アルクターレへ着いたこと、特に問題は起きておらず順調だということ、そしてお金についての感謝を綴り、その手紙に封をした。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



翌日の朝。俺が起きたときには、既にセインは起きていて身支度に取り掛かっていた。


昨日、俺は手紙を書いた後すぐに寝たが、セインはそれまでずっと本を読んでいた。そのため彼は俺よりも遅く寝たはずなのだが...


「あ、アルト君。おはよう」


「ああ、おはようセイン」


起きた俺に気がついたセインがこちらに話しかけてくる。


「悪い。俺も今から準備をするから少し待っててくれ」


「うん。分かった。急がなくてもいいからね」


セインにはそんな事を言われたが、急がないとアーネとの約束の時間に間に合わなくなってしまう。俺は急いで身支度を整え、セインと共に宿を出る。


アーネとの約束の時間にはなんとか間に合いそうだ。





「す、少しだけ待ってください!」


約束の時刻丁度にアーネの家を訪ねると、家の中からそんな声が聞こえてきた。


それから待つこと10分弱。玄関の扉が開き、その傍からそろそろとアーネが出てきた。


「おはよう、アーネ」


「アーネさん。おはよう」


「お、おはようございます。アルトさん、セインさん。ど、どうですか?」


どうですか、というのは多分だが彼女の格好の事だろう。


というのも、今目の前にいるアーネは普段とは少し違う装いをしている。いつもの元気で活発な女の子というよりは、お淑やかで上品な女の子という印象を与える。化粧でもしているのか、顔も少しだけいつもと違って見える。


「あ、ああ。いいんじゃないか?」


「なんで抽象的なんですか!」


「いや、すごく似合ってると思うぞ?」


「なんで疑問形なんですか!」


感想を述べてみると、アーネは不服だとでも言うように地団駄を踏んだ。


実際、アーネの装いは控えめに言ってとても可愛い。だが、俺は精神年齢では30を超えるおじさんだ。

流石に犯罪臭がするので、年端も行かない女の子を手放しで褒めるのは躊躇してしまう。

更に言えば、元々出会いなどないに等しい理系大学院生だったのだ。女性の扱いなど慣れている訳がない。


「まあまあ、アルト君は素直じゃないから。許してあげてよ。それと、とても似合ってるよアーネさん」


「......セインさんがそう言うなら許してあげます。でも、いつか必ず...」


セインのフォローのおかげで、アーネは俺を責めるのをやめた。彼女は最後の方にブツブツと何かを言っていたが、怖かったので何も聞かなかったことにした。


「じゃあ、行こうか」


そんなやり取りの後、俺達は最初の目的地である冒険者ギルドへと向かう。入るときに身分証の必要なかったアルクターレと違い、王都へ入る際には身分証明が必要になる。


俺は冒険者カードを持っているので問題ないのだが、セインは身分証を持っていない。そのため彼には、冒険者登録をしてもらう必要があるのだ。


冒険者ギルドへと到着した俺たちは、冒険者登録用の受付へと移動する。そして俺はセインに10万Gの入った財布を渡した。


「ア、アルトくん。10万Gなんて大金受け取れないよ!」


「いいから黙って受け取れ。貸しておくだけだ。出世払いで後から返してくれればいい」


「それ2年前にも聞きましたね。もしかして、全部それで押し通そうとしてます?」


今まで孤児院で育ってきたセインは金をあまり持っていない。王都までの移動費や入試当日までの生活費を考えると、セインの全財産はあまりにも心許ない。


そんな訳で冒険者の登録料である10万Gをセインに渡したのだが、案の定セインはそれを拒否した。そんなセインに対し、昔と同じ手法で納得させようと試みた俺を見て、隣にいたアーネが突っ込んだ。


「セイン、これは必要経費だ。深く考えなくていい。あとアーネ、余計な事を言わない」


因みに、以前にアーネに貸した分はモンスターの素材の売値で元は取れているのでチャラになっている。


「わ、分かったよ...でも、絶対に返すからね」


「おう、無利子で待っててやる」


結局セインは渋々といった様子で10万Gを受け取り、冒険者登録をしに行った。

そのセインを待っている間、俺はアーネと適当に言葉を交わす。


「そういえば、前に私と潜ったダンジョンって未発見ダンジョンだったんですね。だから、私は目隠しをされて連れて行かれたと...」


「あー、そんなこともあったな。なんで未発見ダンジョンだったって知ってるんだ?」


「アルトさんが帰ってからすぐ、新しいダンジョンが発見されたーってギルドが大騒ぎだったんですよ。潜るつもりはなかったんですが、もしかしたらと思ってその場所まで行ってみたら…案の定見覚えのある光景が広がってまして」


「あはは...」


「今でも時々そこへ潜って魔法の訓練をしてます。そのおかげで、5層の階層主は一人で確実に倒せるようになりました!」


「へぇ、それはすごいな。よく頑張った。でも、無理はしないように」


そんなアーネの報告を聞いて親のような心境になった俺は、彼女の頭に手を置きポンポンとその頭を撫でた。


「む〜っ、子供扱いしないでください!」


「お、おう。すまんすまん」


その行動に不満があったのか、アーネは不服そうに頬を膨らませた。

でも実際、生み出した子っていう意味では、彼女は俺の子供みたいなものではあるためついつい子供扱いをしてしまう。この世界において年は1つしか変わらないのだが。


でも今ので、俺に無理をして欲しくないと言っていた母さんの気持ちが少し分かった気がする。母さんには悪い事をしたな。


心の中で母さんに謝っていると、冒険者登録を終えたセインが帰ってきた。


「ただいま。待たせてごめんね」


「気にするな。じゃあ次の場所へ行こうか」


そうして次の目的地へ向かうため冒険者ギルドから出ようとした、その時


「ア、アルトさんですか!?」


突然、後ろから声をかけられた。


誰かと思い振り向くと、そこには素材の換金所でよくお世話になっていた受付嬢のソートさんが立っていた。余程急いできたのか、息を切らして頬を紅く染めている。


「ソートさんですか。お久しぶりです。よく気づきましたね。俺に何か用でも?」


「え、ええ、お久しぶりです。アルトさん。帽子から少しだけ黒い髪の毛が見えたもので、もしかしたら貴方ではないかと...用事というほどでもないのですが、未発見ダンジョンについてお礼を言っておきたくて。貴方をずっと探していたのですが、全く見当たらず...」


膝に手を置いて軽く肩を上下に揺らす彼女は、一度息を整えると真剣に俺の目を見つめた。


「今はカイナミダンジョンという名称になりましたが、このダンジョンのおかげでこの街には人が増え、ギルドとしても盛況です。ダンジョンを発見することができたのはアルトさんのおかげです。ギルドを代表してお礼申し上げます。本当にありがとうございました」


そして彼女は背筋をピンと伸ばし、俺へ向けて深く頭を下げた。

...この人は数年前の礼を言うためにわざわざ俺を探していたのか。真面目な人だ。


「ソートさん、気にしないでください。前にも言いましたが、ダンジョンの情報を提供したのは俺にとって利用価値がなくなったからです。ギルドが発展したのはギルドの頑張りの成果です。俺は関係ありませんよ」


「で、でも...」


実際、ダンジョンの情報を伝えたのはただの気まぐれに過ぎない。このギルドが繁盛しているのも、ソートさんを始めとした数々のスタッフ達の力があってこそだ。


そのため俺は関係ないと伝えたものの、彼女はそれを認めようとしなかった。


「では、俺はソートさんの礼を受け取ります。それでチャラでいいですか?」


「は、はい。本当にありがとうございました。ギルドを代表して、御礼申し上げます」


「はい。礼は確かに受け取りました。ソートさんもお仕事頑張ってください。では、お元気で」


「は、はい!アルトさんもお元気で!」


結局、俺はソートさんから礼を受け取り、その後セイン達と共に次の目的地へと向かった。

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