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成長とスキル

「———ここは…」


次に意識が戻ったとき、俺はまだ20層の中にいた。意識を失う前と同じく、部屋の中心には淡く光る扉と茶色のアンクレットが1つ地面に落ちている。


「ようやく目覚めたか。我が守護獣を滅せし人間よ」


意識を取り戻して間も無く、そんな声が頭上から聞こえた。


視線を移すと、そこには全身を黄色と紫色の体毛に覆われ、額に大きなツノを一本だけ生やした四足歩行の動物がいた。


「……キリン、か?なぜお前がここに...」


「ほう。我の名を知っておるのか、人間よ。如何にも。我はキリンという。貴様ら人間の言い方であれば、モンスターの一種である」


キリン————例の如く、中国神話の麒麟をモチーフにして作ったモンスターだ。


その外見は前世で言うところの鹿や馬と近く、その大きな一本の角も特徴的なモンスターだ。またステータスはどれをとっても今まで戦ってきた階層主の中でもトップクラスで、その上光魔法と闇魔法を操るという厄介極まりないモンスターだ。


小説ではセインが学園の3年生の時に討伐するのだが、物語がすでに終盤に差し掛かっている時点でのセインでギリギリ倒すことのできる相手だ。つまり今の俺では、100回どころか、1000回、10000回戦っても傷一つつけることができないだろう。


こいつは本来なら、カイナミダンジョンから遠く離れた某ダンジョンを攻略した後に、新しく出現する21層の階層主のはずだ。いわゆる隠し階層というやつなのだが、そんなモンスターがどうしてここにいる?


「我がここに来たのは、貴様と戦うためではない。このダンジョンを20層まで攻略したのは貴様が初めてだ。また、貴様はたった1人でここまで進んできた。その栄誉を称えて、この我が願いを一つだけ叶えてやろうと思い、ここへ赴いたのだ」


キリンは俺の目の前へ移動して言う。


そうか。任意のダンジョンにおいて初制覇かつソロ制覇を達成すると、その報酬として一つだけ願いを叶えてもらえるというシステムがあったような気がする。確かセインはそれで死んだ仲間を生き返らせたりしていたような?


「しかし我がここへ来てみれば貴様は瀕死の状態で、我が治療をしなければ死んでしまう状態であった。そこで我は勝手ながら、その願いを消費して貴様を治療した。そのため、貴様の願いは叶えてやれん」


何を叶えて貰おうかとウキウキしていた俺へ、キリンは若干申し訳なさそうに伝えた。


あー、まあそうか。少し残念だが、それは仕方ない。死にそうなところを治療してくれたのなら、それ以上望むことはない。


「だが、それでは少し酷であるので、我は貴様の功績を称えてこれを授けることにした」


そう言ってキリンが地面を叩くと、その地中から一冊の本が出現した。


「これは空間収納の魔導書だ。この魔導書を読めば、それを習得することが出来るだろう。そのスキルや手に入れた魔道具を用い、我の待つ21層を目指すが良い。貴様と再度会えることを楽しみにしている。では、さらばだ」


それだけ言い残すとキリンは瞬く間に光の粒子となり、空中へと消えていった。残された俺は目の前にある魔導書を見る。


「空間収納って言ったよな...」


空間収納、自分の任意の場所に亜空間を出現させることができるスキルで、その空間内には無制限に荷物を収納することができる。

このスキルがあれば、リュックやアイテムポーチなどが不必要になるとても有能なスキルだ。これは思わぬ収穫だ。


「まあ、そんなことは置いておいて。生きてて良かったぁ……絶対死んだと思った。というか、ゲンシとの戦いで俺は何をしたんだ?確か、あの時は生きたいっていう思いが爆発して、なにも考えず行動していたんだが...」


魔導書を鞄にしまいつつ、俺はゲンシとの戦いにおいて起こった不可思議な現象について考える。


あのとき俺の周りには確かに何もなかったはずだ。それにも関わらず俺は、”何か”に触れたことでゲンシに押し潰されずに済み、落下の衝撃を和らげることができた。


あのときの状況で、触れることのできたものといえば————


「———空気、しかないか。」


小説の中でも一応、空気を蹴ったり、殴ったりできる人物は存在する。


しかし、それらの人はみな武術の達人と呼ばれる人物ばかりだ。空気をあたかも固体であるかのように扱う為には、刹那の間に膨大な力を空気へぶつける必要がある。それを今の俺にできるとは考えられない。唯一の可能性があるとすれば、


「成長、か...」


成長、日本で言う火事場の馬鹿力に似たようなもので、生と死の狭間において本来のポテンシャル以上の力を発揮することをこの世界では成長という。


この成長を経験することを成長経験というのだが、成長経験をした者はそれをする前と比べて実力が大きく増すと言われている。

今回の場合だと、一時的にとはいえ俺は空気を蹴ったり殴ったりすることができた。その感覚を持っているものと持っていないものでは、それの習得にかかる時間が大きく異なる。


死を目前にした俺は、成長により一時的に空気に打撃を与えることが出来るようになった。それによって難を逃れることができた、というところだろうか。


「.....村に帰ったら、空中歩行の練習とかしてみるかな」


俺はゲンシとの戦いを振り返りながら茶色のアンクレットを回収して扉へ向かう。


扉へと近づくと、その前に宝箱が置いてあることに気がついた。今までの階層ではこんな宝箱は無かったはずだが......ダンジョンの制覇報酬といったところか。

その宝箱を開くと、その中には1万G(ゴールド)金貨がぎっしりと詰め込まれていた。


「おお、これはラッキーだな。これで、学園の入試前にやりたかったことは全部達成できるはずだ」


俺はその金貨をすべて麻袋へと詰めてから、20層を後にした。




カイナミダンジョンを出て空を見上げると、ちょうど太陽が昇り始める頃だった。時刻は朝の5時くらいといったところか。


清々しい空気の中、宿へと戻った俺は数十分程で荷造りを終えた後、鞄から空間収納の魔導書を取り出た。

この魔導書を開けば、空間収納を習得することが出来る。魔導書によってスキルを習得するとはどんな感じなのだろうか。


「ふぅ———」


一度深呼吸をした後、意を決して魔導書の表紙を開く。


その瞬間、魔導書は独りでにページがどんどんと捲れていき、空間収納に関する膨大な情報が直接脳内へと流れ込んできた。


魔導書を開いてから数秒後には魔導書は最後のページまで捲れていき、その裏表紙が閉じると本は光の粒子となって消えていった。

魔導書は消えてしまったものの、俺の脳内にはその本の内容がバッチリと記憶されている。



なるほど。魔導書で手に入れたスキルについて、本人が説明できないとはこういうことだったのか。


簡単に言えば、情報量が膨大すぎてどこから話せばいいのか全くわからないのだ。どういう原理で空間収納が発動するのかは分かる。しかしその原理を説明するためには、他の事柄についての説明も必要となるのだ。


そのスキルについて1を説明しようとすると、それに伴って他の10を説明しなければならなくなる。そしてその10のことを説明しようとすると、更に100のことを説明する必要があるのだ。


それほどこのスキルは複雑であり難解なのである。そんな難解なスキルを読むだけで習得することのできる魔導書は、間違いなく人智を越えた代物なのだろう。


しかし、魔導書を読んだ後は確か———そう思ったところで唐突に強い眠気に襲われた。


やっぱりか。魔導書を使うと膨大な情報が頭の中へ流れ込んでくるため、脳への負担がとても大きい。そのため、使用者自身は疲れを感じていなくても脳は休憩を欲しがる。その結果として、魔導書の使用後には猛烈な眠気に襲われるのである。


「瞼が...重....い.........」


強い眠気に襲われた俺は、這うようにして布団へと潜り込む。一応、宿屋に戻ってからスキル習得をしてよかった........

そう思いながら、俺は深い眠りへと落ちていった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



目を覚まして窓の外を見てみると、陽はすっかり落ちて辺りは既に暗くなっていた。


「圧倒的、昼夜逆転...」


今日中にやっておきたいこともあったため、急いで外へ出る支度を始める。


「うん?、なんだ、これ」


支度のために部屋を歩き回っていると、木製の床の上に何やら金属製の部品が落ちていることに気が付いた。


「これは魔道具...か?うわ...なんだかすごい高価そうだ」


別に魔道具についての造詣が深いわけではないが、少し見ただけでも床に落ちていたそれは、かなり作りこまれていることが分かった。


「前泊者の忘れ物...か?昨日帰ってきた時からあったのか?記憶があいまいで覚えてない...」


冒険者はダンジョンの攻略を行う際、何日間も連続で宿へ帰らないことが多い。

そのため冒険者用の宿では、宿泊する部屋は決めず一定期間分の宿泊費を支払い、帰ってきたその時に空いている部屋へ通されることが普通だ。

そのため、今滞在している部屋は前に止まった部屋と異なる部屋になっている。


昨日はヘトヘトで帰ってきたし、その後すぐに寝てしまったため、その記憶は曖昧だ。

この魔道具は高価そうではあるが壊れているようだし、前泊者が置いていったのだろうか。

本当にそうであれば、この完成度の高い魔道具を持ち帰って分解して調査してみたい...等とも思ってしまうが、無駄な揉め事へ発展する可能性もある。それらを避けるには、素直に宿屋へ報告した方がいいだろう。


そうして結局その魔道具は宿の受付へと提出し、そのまま俺は冒険者ギルドへと向かった。



受付時間ギリギリにギルドへ到着した俺は、いつものように変装用の仮面と帽子をつけてから、いつも通りソートさんの担当する受付へ並ぶ。


「こんばんは。素材の買取をお願いします」


「こんばんは。あ、アルトさんですか。お疲れ様です。素材の買取ですね、承知しました。......相変わらずの素材の量ですね。では、冒険者カードをお願いします」


いつものように冒険者カードを預ける。

彼女は素材の量について少しだけ触れたものの、それ以上は何も言ってこない。素材の出所を詮索することは諦めたようだ。


「では、明日の朝までには査定を終わらせておくので、明日またいらしてください」


「了解しました。...ところで、この素材の出所とか気になりますか?」


普通に教えてもよかったのだが、彼女の反応を見てみたかったので少し面倒な聞き方をしてみる。


「そうですね。気にならないと言えば嘘になります。ですが、詮索はギルドから禁止されていますので、私からアルトさんに聞くことは何もありません。では、明日またいらしてください」


俺の聞き方から教えるつもりがないと悟ったのか、彼女は随分と淡白に答える。

まあ、今までずっとはぐらかしてきたからな......


彼女が本気にしないことは至極当たり前で、悪いことをしたと思いつつ俺は言葉を続ける。


「実はエクリプスダンジョンから北西に3kmくらい進んだ場所に、草木に隠されるようにダンジョンの入り口があります。そのダンジョンはまだ公にされていないのですが、これらの素材はそのダンジョンで手に入れたものです。では、また明日の朝にまた来ますね」


「へ?え、いや、ア、アルトさん!い、今のは.....よ、良かったんですか?」


振り返って呼び止めた彼女の顔を見てみると、彼女は酷く驚いているように見えた。

おー、これは珍しいものが見れた。


「つい先程、そのダンジョンを攻略し終えましたから。もう秘密にする必要がありません。俺は目立ちたくないので、その情報をどうするかは貴方にお任せしますよ」


彼女は何かを言いたそうにしていたが、伝えることを伝えた俺はさっさとその場を立ち去った。





アルクターレでは俺のように辺境の村出身の冒険者が多いため、馬車などを利用した他の村への送迎サービスの需要が高い。そのため、都市内にはそれらの専門店が数多く存在している。


ヌレタ村へ帰るのにそれらサービスを利用するため、ギルドの近くにある送迎サービスの専門店を訪ねた。


因みにヌレタ村からここへ来るときは、一旦ヌレタ村からほど近い少し大きな街まで移動し、そこからアルクターレへ向かう商人の馬車に乗せてもらった。流石にアルクターレから直接ヌレタ村へ向かう商人などいないので、帰りはこういったサービスを利用する必要がある。


「御免くださ〜い」


適当に入ったその店は随分とこぢんまりとした店だった。店内には机が1つと椅子がいくつかあり、壁にはアルクターレ周辺の地図や目安となる到着までの時間と料金の表が貼られていた。


「は〜い。こちらの席へどう...?」


従業員とみられる女性が自身の対面の席へ、俺を案内しようとしたところで、その言葉が途切れた。


「えっと...どうかしましたか?」


「アルトさん、ですよね?」


その女性は確認するように、俺の名前を言い当てた。

うん?俺はこの人と何処かで会っている?確かに、どこかで見覚えのあるような…?


「...!!貴方は確か、アーネの親御さん...?」


「はい。お久しぶりです。アーネの母のカイル=エルトリアと申します。その節は親子共々お世話になりました」


そう言って、その従業員とみられる女性ことアーネの母親であるカイルさんは、深々と頭を下げた。

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