アーネと女子会
路地裏を抜け出した私達は飲食店へ入り、私は黒髪の少年————アルトさんに、これまでの事情を話した。
彼は途中で、お婆さんが驚くはずだ、などとよく分からないことを言っていたが話は至って真面目に聞いてくれていた。
全てを話し終えると、彼は私を強くするための特訓をしようと提案して来た。
これはありがたい提案だったのだが正直、意味が分からなかった。見ず知らずの私に対して、なぜそんな提案をするのか。そんな義理はないはずなのに。
「えっと、貴方は何者なんですか?助けられた恩があったので事情を話しましたけど、私と歳はあまり離れてなさそうですよね?どうしえ、見ず知らずの私をそこまでして助けるんですか?」
先程の出来事から軽い疑心暗鬼に陥っていた私はつい、彼へ質問をぶつけてしまった。
今考えると、助けて貰った相手に言う台詞ではないだろう。少なくとも、もう少し言い方と言うものがあった。そんな私の失礼な質問に対して、アルトさんは怒るどころか不機嫌さなど表には全く出さず、非常に丁寧に答えてくれた。
そのときに、この人のことを完全に信用しようと思った。見ず知らずの私を助け、更に協力を申し出、そして失礼な質問にも丁寧に対応してくれた。この人を信用しないで、一体誰を信用出来るというのか。
その旨を彼に伝えると、
「大人びた11歳だな」
と言われた。一体どの口が言っているのか。
「12歳の貴方がそんなこと言わないでください」
そう私が返すと、彼は笑ったので私もつられて笑ってしまった。なんだか、とても久しぶりに笑った気がした。
「さて、本題に戻るが修行に来るか?」
少し経った後、アルトさんが再度尋ねた。
私は恩人の好意を無碍にしたくはない。しかし、
「私は是非ともご一緒したいのですが...家族が心配です」
私はお母さんとリーネのことが心配だった。
私の父は単身赴任をしている。事情を話せば匿ってくれると思うが、王都付近の街にいるため簡単に訪ねることは出来ない。
その旨を伝えると、彼は少し考える素振りをして、
「分かった。俺が何とかする。取り敢えず、冒険者登録をしに行こう」
とだけ言った。
「え?ええ?私、お金持ってないですよ?」
冒険者登録にはお金がかかるはずだ。アルクターレに住んでいれば、子供でも知っている。
「問題ない。出世払いで構わないから」
彼はそう言うと、私を連れて冒険者ギルドへと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
冒険者ギルドへ着いてからは、彼が変な仮面をつけ始めたことに若干腹が立ったりしたものの、冒険者登録をするという目的を達成することは出来た。
結局、それに必要なお金はアルトさんが支払ってくれた。絶対になんとしてでも、この借りは返す。そう心に誓い、私は冒険者カードを丁寧にしまった。
そして冒険者登録の間にいなくなっていた彼を探していると、彼は依頼発注の受付の方からこちらにやってきた。
何をしていたのかを尋ねてみたが、私の家族の保護の為に何かをしていた、と言うのは教えてくれたものの詳しい部分ははぐらかされた。
また、彼は明日からダンジョンに入ると言った。私がそれを聞いて家族の元へ戻りたいと希望すると、意外にもあっさりと許可が出た。
「え?アルトさん途中で帰っちゃうんですか?犯罪組織とか大丈夫なんですか?私はてっきり、アルトさんが家の中までついて来るものだと思っていたのですが...」
疑問に思ったことを聞くと、彼は問題ないと言った。曰く、犯罪者はすぐには動き出せない。だから彼が着いていく必要はない。俺を信じろ。だそうだ。
そう言われてしまうと私は何も言い返せない。私は彼の事を信用すると決めたからだ。私は渋々、それを了承した。
彼には途中まで送ってもらい、私は家へと戻った。そして、お母さんとリーネとお互いの無事を喜び合った。
彼の言った通り、その夜に私たちの家へ訪ねてきたものは誰もいなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の翌日。昨日に散々泣いた影響で目元が腫れているであろう私は、アルトさんとの待ち合わせ場所である冒険者ギルドへと向かっていた。
その道中、私は近所で話が長いと有名なおばさんに捕まってしまった。
そのおばさんはどこで仕入れたのか、本当に色々な情報を持っていることでも有名なのだが、なにぶん話が長い。家を早めに出ていたこともあって時間には余裕があった私は、少しおばさんの話に耳を傾けることにした。
その口から語られたのは、今朝早くに成人男性30人以上が、近くの大通りで気絶して倒れているのが見つかったという内容の話だった。曰く、その気絶していた男性らは全て犯罪組織の構成員であり、全て逮捕されたとのことだった。
……きっと彼の仕業だろう。
あの人は妙にスカしているところがあるので自分では絶対に認めないと思うが、一応聞いてみようか。
そんなことを思いながら、私はおばさんと別れて待ち合わせ場所へと向かった。
案の定、彼にしらを切られた私は不機嫌になる———こともなく、ただ呆然とすることになった。
彼が顔に変な仮面をつけ、数々の冒険者の前に立って堂々と話をしているのだ。
彼は私の家族の護衛という内容の依頼を発注していたようだ。なんとその報酬は100万G以上。
一体なにを考えているのだろうか、この人は。いや、そもそも人なのか?彼の年齢は私の1つ上らしいが、私が来年までにあそこまでになれるとはとても思えない。もしかして人ではないのではないか?
私はそんなことを思いながら、大人の冒険者相手にも淡々と話を進めていく彼のことを見つめていた。
その後、私は彼の選んだ冒険者パーティの方々と依頼の詳細について話をした。
その冒険者の方々は依頼を受ける事を快く了承してくれた。その冒険者の人達はみんないい人で、家族を任せられるくらいに信頼できた。
その冒険者パーティの皆さんを私の家へと案内している時、魔法使いであるハネットさんが話しかけて来た。
「しっかし凄いわね。あのアルマっていう少年。まだ若いのに頭がキレる。そしてクリスの実力を見抜く目を持ってる。アーネって言ったかしら、あんたいい男捕まえたわね!」
「え?べ、別に、私とアル......マさんはそんな関係じゃないですよ…?」
「あら、そうなの?」
ハネットさんは少し驚いたように目を丸くした。私と彼が付き合っていると思っていたようだ。そもそも私たちはまだ会って2日しか経っていない。私も彼もまだ子供だし、それに—————
「アルマさんと私なんかじゃ、釣り合わないですよ...」
つい、本心が口をついて出る。
仮に私たちが結婚できる歳であったとしても、私と彼ではさまざまな部分で差がありすぎる。とても彼が私なんかを選ぶとは思えない。
「じゃあ、私が狙ってみようかな〜」
「え…?」
すると、ハネットさんと同じパーティのメンバーであるエルネさんが、そんな事を言って会話に入ってきた。
「だって彼、将来有望じゃん。ハネットの言う通り頭がキレる。それに彼、それ以外についても中々やると思うよ」
エルネさんが彼のことをそう評すると、ハネットさんがそれに食いついた。
「あら、エルネがそこまで言うのね。根拠は?なんとなくかしら?」
「まあ、そんなところかな。私もある程度、人の実力を見抜く目を養っていると自負してるんだけど、彼は底が見えないね。ただ、強いっていう感じもしない。だから彼の実力はよく分からないけど、少なくとも弱くはないと思うよ。因みに、アーネちゃんは強いって感じがビンビンするね!」
「まあ、それはそうでしょう。かのマーベリックに才能があると言わせた人物よ。でも、アルマ君もエルネにそこまで言わせるってことは侮れないわけね」
「うんうん、だから私に惚れさせて、実力を見せて貰おうと思ってさ。あと私、ミステリアスな人がタイプなんだよね」
「だ、駄目です!」
気づくと私はそんな事を言っていた。
「どうして?だってアルマ君はアーネちゃんのものではないよね?」
「え、ええっと、それは、その...」
目を細くしたエルネさんに見つめられても、私は何も言い返すことができなかった。
自分でも、なんでそんなことを言ったのか分からなかったからだ。
「こらこら、ふざけたことを言って、アーネを虐めるのはやめなさい」
「ふざけても虐めてもないのにぃ〜」
私が返答に困っていると、エルネさんの頭をハネットさんがこづいた。そしてハネットさんは少し真剣な顔で私を見た。
「アーネ、貴方は水魔法の才能を持っているわ。それも伝説の魔法使いから認められるほどのね。そんな貴方がこれから努力すればら貴方と釣り合わない男性なんてこの世にはいなくなると思うわよ?勿論、アルマ君も含めてね」
「ハネットさん...」
「今の自分が彼と釣り合わないと思ってるなら、その分だけ努力しなさい?そうすれば、貴方なら絶対に追いつけるわよ。私が保証するわ」
「...あ、ありがとうございます」
「お安い御用よ」
女性陣の間でそんな会話があったことを、アルトさんを含め男性陣は全く知らないだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
家へ着いてすぐ、私はお母さんとリーネに1ヶ月程度ダンジョンへ潜ることを伝えた。
お母さんは寂しそうな顔をしていたが、私が決めたことなら、と了承してくれた。リーネは私と長い期間会えなくなることを理解してグズっていたが、お母さんが説得してくれた。
「じゃあ、行ってくるね」
「ええ、気をつけてね」
「頑張って!お姉ちゃん!」
お母さんとリーネ、そしてクリスさん達に別れを告げ、私はアルトさんと共にダンジョンへと向かった。




