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受付嬢も楽じゃない

「おはよう。昨日はよく眠れた?」


「...はい」


アーネと出会った日の翌日。

待ち合わせの時間ぴったりに冒険者ギルドの入り口へ行くと、そこには目元を少し腫らしたアーネが立っていた。彼女は俺に気がつくと、それを隠すようにフードを深く被り直した。


「じゃあ、行こうか」


「...はい」


俺がギルド内へ入ると、アーネは後ろをトコトコとついてきた。


「...ここへ向かっている途中、近所のおばさんに話しかけられて、ある話を聞いたのですが、」


後ろを歩くアーネが、不意に話しかけてきた。


「へぇ、おばさんの話は長いだろうに。よく待ち合わせの時間に間に合ったね」


「今日の朝早く、私の自宅近くの大通りで30人以上の人が倒れていたらしいんです」


俺の言葉を無視し、アーネは言葉を続ける。


「へぇ、物騒な世の中になったものだね。あ、もしかしたらお酒でも飲みすぎちゃったのかな?」


30人以上での規模の飲み会があったのであれば、はしゃぎ過ぎるのも無理はない。前世の日本でも朝に酔っ払った人が倒れている事は度々あったことだし、この世界でも珍しい事ではないのだろう。


「その倒れていた人たちは全員、犯罪組織の構成員で、彼らを発見した警備団にそのまま身柄を拘束されたらしいです」


「へぇ、珍しいこともあるものだね。組織内で大宴会でもあったのかな?いや、もしかしたら抗争だったなんて可能性もありそうだね。でも、みんな捕まったなら一安心だ。いや〜良かった良かった」


なんとびっくり、倒れていたのは犯罪組織の構成員だったのか。かなり珍しい事なのだろうが何がともあれ、全員が捕まったのであれば良かった。いやはや、不思議なことが起こるものだな。ははは、不思議だね〜。


「......これ、やったのアルトさんですよね?」


「身に覚えがないね」


アーネからの指摘に迷わずしらを切る。


「.............アルトさん、面倒臭いですね」


「君が言えたことか?」


「どういう意味ですか?」


「いや、なんでもない」


そんな会話をしながら、俺達はギルド内を歩いていく。その道中、ギルド内には一部、人だかりの出来ている場所があった。


「あれはどうしたんですかね?」


「さてね」


それを見たアーネからの質問に、俺はとぼけておく。


俺はギルドの隅へと移動した後、アーネにそこで待つよう指示を出してある準備を進める。



「...また、その格好ですか」


「悪いな、これには海よりも深い理由があるんだ」


そして、いつもの仮面と帽子をつけた格好へと着替えていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「取り敢えず、素材のお金を受け取りにいきますか」


いつもの格好へ着替えた俺は換金所へ向かい、ソートさんのいる受付へと並ぶ。


「ソートさん。おはようございます」


「あ、アルトさんですか。おはようございます」


「素材の査定、終わりました?」


挨拶もほどほどにし、早速本題へと入る。


「はい。問題なく終わっております。ギルドとしてはご提示頂いた素材すべて合わせて、170万Gで買い取りたいと思うのですが...」


彼女は恐る恐ると言った様子で査定の結果をこちらに提示する。

170万Gか。まあそんなものだろう。


「了解しました。その金額で構いません」


「あ、ありがとうございます。......あの、私が聞くのも変なのですが、アルトさんは値上げの交渉などをしなくても良いのですか?毎回、ギルド側の金額をそのまま呑んでますよね?」


あっさりと提案された金額を呑んだ俺に対し、ソートさんはそんなことを問いかけてくる。


「あー、それは単に、俺が腹の探り合いとかそういうのが苦手なのでしないだけですよ。あと、ギルドの方々を信じていますしね。値上げの交渉をする冒険者は多いんですか?」


「値上げ交渉をする人はかなりいますね。しない人の方が少ないくらいです。中には、値上げの交渉だけで1時間以上粘る人もいますから...」


「それはそれは...ご苦労様です」


値上げの交渉だけで1時間か...他にしなければならない仕事もあるだろうに、目の前にいる冒険者を蔑ろにするわけにもいかないのだろう。受付嬢の仕事も楽ではないようだ。


「ありがとうございます。なのでアルトさんは、ギルドからするととても有難いのです。ギルドの値付けは冒険者の利益を最大限にするよう配慮したものなのですが、分かってくださる方があまりいなくて...あ、ごめんなさい、愚痴みたいになってしまって」


「大丈夫ですよ。俺は気にしませんし、気持ちを吐き出せるときに吐き出すのは大切なことです。じゃあ、判をしますね」


ソートさんは申し訳なさそうに謝ってくるが、全く気にしていない。むしろ、彼女にとても世話になっている立場の人間としては、愚痴を聞くだけで彼女の力になれるのであればいくらでも愚痴を聞く所存だ。


「...アルト君、本当に今年で12歳になる少年?」


「ははは...」


その子供らしからぬ対応に、ソートさんが少し怪訝な目線を向けてくる。それを苦笑いで誤魔化しながら、俺はナイフで自分の指に傷をつけ、換金内容の確認書類に血判を押した。


この世界では日本でいう印鑑の代わりとして、血判が用いられている。今のような確認書類などの受領印として必要になることが多い。因みに、冒険者登録の際にも必要だったりする。


最初はナイフを使って自分の指に傷をつけることに抵抗もあったが、何度も行ううちに慣れてしまった。どうせ、回復魔法で治せるし。


バレないように回復魔法を指先に使いながらソートさんにお礼と別れを告げ、アーネの元へと戻る。換金された金額は、ギルドに登録してある口座へと振り込まれるシステムだ。




「...着替えないんですか?」


換金所から戻ってきた俺に対し、アーネはそう尋ねる。


「悪いが今日はまだ着替えられない。そして、今度は君にもついて来てもらうよ」


その言葉を聞いたアーネはものすごく嫌そうな顔をしていたが、それには気づかないフリをした。

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