冒険者登録と部外者
冒険者がお金を稼ぐ方法というのは基本的に、依頼をこなして依頼者から達成料を得る方法と手に入れたモンスターの素材やアイテムを売って換金する2種類の方法がある。
俺はダンジョン攻略をメインとする冒険者なので、基本的にダンジョンで討伐したモンスターの素材を売ることで生活費や宿代、ポーションなどのアイテム代を捻出している。
俺が素材の換金を行なった回数は今までで2回のみ。それぞれ5層と10層を攻略し終えた後である。そして15層の攻略を終えた今、俺は11層から15層までで手に入れた素材の換金を行うため冒険者ギルドへとやってきた。
現時刻は午後の8時。夜も程々に更けているが、冒険者ギルドは探索帰りの冒険者などで中々に賑わっている。
俺は一気に計5層分の素材を換金するため、素材の量も多く換金後の金額もそれなりになる。そして体はまだ12歳の子供だ。
素材の入った大きな袋をいくつも背負っている子供など、その場にいる冒険者たちの注目の的になってしまう。ただでさえ俺は黒髪という特徴があって目立つのに、その他の要因で更に目立つのはまっぴらごめんだ。
だから俺は—————
「おい、また来たぞ、アイツだ」
「今回もまた結構な素材の量だな」
「しっかし、相変わらず変だよな。———あの帽子と仮面」
—————素材の換金を行うときは適当な仮面と帽子を身につけて、正体を隠すようにしている。
ギルドへ入る前、そのような格好に着替えた俺に対してアーネは
「ふざけているんですか?」
と、結構ガチのトーンで言ってきたのだが、他の冒険者達に髪色や顔などを覚えられたくないのだから仕方がない。因みに現在、そのアーネは冒険者ギルドの入り口付近で他人のふりをしている。
「これらの素材の買取をお願いします」
「あ、はい...」
俺は毎回利用する受付嬢のいる受付へ並び、手続きを済ませる。
何故、毎回同じ受付嬢へ頼むのか。それは、
「あの、アルトさん。いつも思うんですけど、正体を隠したいのは分かるんですが、その格好…特に仮面は何とかならないんですか?むしろ皆さんからの注目を集めちゃってますよね?」
「いやぁ、もういっそのこと、このまま突き通しちゃおうかなと思いまして」
「それはそれで本末転倒な気もするのですが...そして、相変わらずの素材の量ですね。見たことのない素材もいくつかあるようですし。一体何処で...」
「さぁ、何処でしょうね。皆目検討もつきません」
「はぁ、分かりました。過度な詮索はギルドに禁止されていますし、何も言いません。では、冒険者カードの提示をお願いします」
初めて換金を行ったときのことだ。
冒険者カードの提示が必要であることを知らなかった俺は、意図せずしてその時担当してくれた受付嬢である彼女———ソートさんに名前や年齢がバレてしまったのである。その際、彼女へは正体を公にしたくない旨を熱く伝え、秘密にしてもらうことを約束してもらった。
そんなわけで、素材の換金を行うときは必ず彼女の担当する受付へ頼むようにしている。因みに冒険者カードには顔写真などはついていないので、ソートさんは俺の顔や髪色などは知らない。知られているのは名前と年齢、冒険者のランクくらいだろうか。
「はい、冒険者カードです。では、よろしくお願いします。明日の朝にまた受け取りにきますね」
「承知しました」
素材の査定には時間がかかるし、今日はもう遅いということでギルドからの買取金額を受け取るのは明日にすることにした。
素材を渡した後、アーネの冒険者登録を済ませるため、ギルドの入り口付近にいた彼女に声をかけると、
「取り敢えず、その帽子と仮面を外してください」
と結構本気で言われため、俺は泣く泣く一度外へ出た後、帽子と仮面を外すのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
普段着に着替えた後、俺はアーネを連れて冒険者ギルドの登録受付へとやってきた。
「はい、これで冒険者登録をして来てね」
「こんなもの受け取れません」
アーネへ冒険者登録に必要な10万Gを渡そうとすると、彼女はそれを拒否した。ここまで来て、何を言っているんだこの子は。
「ああ、勿論それはあげるわけじゃないぞ。これは投資だ。知っているかもしれないが、ダンジョンでモンスターを狩ると素材が手に入る。それを売って冒険者は生計を立てているんだが、君には魔法の才能がある。君が冒険者となりダンジョンへ潜れば、沢山のモンスターの素材が手に入るだろう。その素材は俺がすべて貰って換金する。それで十分に元を取れるから問題ないよ」
「む…そうですか…。では、今は一旦受け取っておきます」
うんうん、いい感じに説得できたようだ。
アーネは冒険者登録をしに、登録受付へ向かって行った。彼女が冒険者登録を行なっている間に、俺は他の受付へと向かう。何の受付かというと、冒険者に向けた依頼を発注するための受付だ。
アーネ自身は俺がダンジョンへ連れて行くので身の安全が保証されているが、彼女の家族はそうはいかない。彼らについても犯罪組織の手から守る必要がある。
そのためには、冒険者に依頼を出すのが1番早いだろう。
冒険者というものは非常に分かりやすい生き物だ。曰く、金さえ出せばしっかりと動いてくれる者が多い。金だけで繋がれた関係。それが冒険者と依頼主の関係だ。
俺は冒険者へ依頼を出すため、依頼書へ必要事項を記入していく。
——————————————————
依頼内容:特定の人々の保護とその周辺の警備
期間:1~2ヶ月間
報酬:1日当たり3万G
備考:複数人のパーティで受けることを推奨
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以上のような内容で依頼を発注した。
1ヶ月働けば、報酬として約100万Gが手に入る計算だ。
自分で言うのもなんだが、これは破格の報酬と言える。金にがめつい冒険者たちがこれに食いつかないわけがないだろう。
備考の欄に、受注希望者は明日の朝9時に冒険者ギルドへ集合、という内容を付け加え、俺はアーネと合流するために元々いた場所へと戻る。
「冒険者登録出来ました。ところで、アルトさんは何をしていたんですか?」
先に冒険者登録を終えて待っていたアーネが尋ねる。
「あー、大したことじゃないよ。君の家族の保護について少しね」
「それ、とても気になるんですけど...」
「あはは...まあ、明日になれば分かるよ」
明日の9時にここへ来れば、多くの受注希望者が殺到していることだろう。
「はぁ、わかりました。今日はまだ何かすることはあるんですか?」
アーネは情報を聞き出すことを諦めたのか、自然に話題を変えた。
「いや、今日はもう遅いし、特にすることはもうないね。強いて言えば、明日からダンジョンにもぐるから、よく身体を休めておくこと、ぐらいかな」
「あ、明日からダンジョンへ行くんですか?」
「え?言ってなかったっけ?」
「...分かりました。ではこの後、私の家族に合わせてくれませんか?ダンジョンに入ると、長期間戻ることは出来ないんですよね?」
明日にダンジョンへ行くって伝えてなかったか。これは悪いことをしたな。
でも彼女は納得したみたいだし、問題ないか。
「あー、そうだね。じゃあ君を家まで送るよ。その後、俺は帰るから。家族との時間を大切にね」
「え?ちょっと、待ってください。アルトさん途中で帰っちゃうんですか?犯罪組織とか大丈夫なんですか?私はてっきり、アルトさんは家の中までついて来るものだと思っていたのですが…」
家へ帰ることをあっさりとほぼ無条件で許可されたアーネは、肩透かしを食らったような顔をして問いかけてくる。
「君らの家族団欒を邪魔するわけにはいかないよ。あいつらも、そんなすぐに誘拐を企てることはないだろう。上への報告とかもあるだろうし」
「で、でも犯罪者達ですよ?頭の悪い下っ端とかが、何も考えずに突っ込んで来る可能性とかもありませんか?」
この子、意外と口が悪いな。
「まあ、俺が大丈夫だと言っているんだ。俺を信頼してくれ」
「..................はい、分かりました」
説得はされてやったけど、納得はしていないという顔だな。そんな顔には気づかないフリをして、彼女を家の近くまで送る。
明日の朝に冒険者ギルドへ集合する約束をして、俺たちは別れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「た、ただいま...」
私、アーネ=エルトリアは、昼間に飛び出してから初めて我が家に戻ってきた。ここへ戻ってくるのはたった半日ぶりなのにも関わらず、かなり長い間離れていたように感じられる。
今日は本当に色々なことがあった。
犯罪組織に誘拐されそうになって、絶体絶命のピンチにアルトという少年に助けられた。
更にその少年の提案で冒険者登録をして、明日からダンジョンへ挑むことになった。
「本当に疲れた...」
そう呟いたとき、バタバタと家の中が騒がしくなっていることに気づいた。
「アーネ?本当にアーネかい?大丈夫だったかい?」
「お姉ちゃん!」
「お母さん...リーネ...」
顔を上げるとお母さんと妹のリーネがリビングから駆け寄ってきていて、リーネは勢いそのままに腰へ抱きついてきた。父は単身赴任で遠くの街へ出向いているため、家にはいない。
「アーネ、ごめんね...守ってやれなくて...」
私の顔を見て膝をついたお母さんは、その顔を押さえながら私に謝った。
「やめてよ、お母さん...お母さんは私を守ろうとしてくれた。ただ、相手が悪かっただけ...」
そうだ、お母さんは何も悪くない。悪いのはあの男たちだ。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
リーネが私に声をかけてくる。
「うん、大丈夫だよリーネ」
「でもお姉ちゃん、泣いてるよ?」
「え?」
私は自分の目元を触ってみる。
そこからは、少し温かい液体が溢れていた。
「な、なんで」
自分がなぜ泣いているのか分からなかった。しかし、涙は全く止まらない。むしろ止まるどころか、今まで我慢してきた気持ちが、段々と込み上げてきて、涙は目元からどんどん溢れてくる。
「こ、怖かった...急に知らない人たちに追いかけられて、捕まりそうになって、もう一生、みんなに会えないかと...」
「本当に...本当に...無事でよかった...」
「うわぁぁぁぁん!」
お母さんとリーネも、私につられて泣き出してしまう。私たち家族3人は抱き合って、しばらくの間そのまま泣き続けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「うんうん、素晴らしい家族愛だ」
アーネ達が家の中でどんな会話をしていたのかを盗み聞きで全て把握した俺は、それを止める。
「そんな家族の間に、俺たちみたいな部外者は要らないと思わない?」
「ああ?何言ってんだテメェ?」
「てか、誰だお前?俺たちはこの先の家に用事があるんだよ!」
「痛い目見たくないなら、さっさと失せろ!」
そして現在、目の前にはアーネ曰く頭の悪い下っ端が5人いる。その中には、裏路地の捜索中にも見かけたチンピラC,Dの姿もあった。
「今夜だけでどれくらいのアホが来るのかな」
そう呟きながら地面を蹴り、俺は男たちへと肉薄した。
「部外者は俺が排除してやるから、家族との時間を大切にな」
30秒もかからずに気絶させた阿保5人を大通りの端に転がしながら、未だに家族と泣いているであろう少女の姿を想像する。そして再度街の方へ向き直ると、そこには明らかに敵意剥き出してこちらへ向かってくる複数の人影が見えた。
「やっぱり数だけは多いんだよね、馬鹿って」
最終的に、その夜に倒したチンピラの数は30にまで及んだ。




