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白夜との決着

俺は腰に下げたアイテム入れの中から、いくつかの瓶を取り出す。その中に入った液体はポーションではない。


「そーれっとぉ!!」


俺はその瓶を階層内の四方八方へ投げる。

勿論、白夜に当たるものはなかったが、投げられた瓶はすべて地面に着地した衝撃で粉々に割れ、中に入っていた液体は様々な方向へ飛び散った。


「…?」


「さあ、何が起こるかな?」


白夜は地面に飛び散った液体を眺め、怪訝な顔する。俺は手元に一握りほどの火球をつくり、白夜へ向けてそれを放つ。勿論、白夜はその火球を大きく横に飛びのいて避ける。


「...??」


野性の勘でも働いたのか、白夜は飛び散っている液体の上を避けて地面に着地した。


「やっぱりお前、賢いな」


一方、放った火球は辺り一帯に飛び散った液体によって出来た水溜りへと着地した。


ボウァァァ!!!!


「ッ!!??」


その瞬間、飛び散った液体には瞬く間に炎が広がり、火球の着地した辺り一帯は火の海と化した。


瓶に入れられていた液体の正体。それはヌレタ村でもしばしば食用として栽培されている植物であるユタの実の、果実を絞って得られる油である。その油は火を一度をつけると少量でも長時間燃え続ける。


「さ、どんどん行こうか」


続け様に俺は四方八方に火球を放ちまくる。

勿論、白夜に当てることなど考えてはいない。狙うのは地面に飛び散っている油だ。


さらに風魔法で油を移動させることで、炎の上がる位置を調整する。様々な属性の魔法を使えるとこういうところが便利だ。


その結果、瞬く間に15層は炎に包まれ、俺と白夜の周辺数メートルと俺と白夜の間の地面以外はすべて炎が上がっている状況になった。


つまり、俺たちは炎によって囲まれたフィールドの中で戦うことになったのである。


「さてさて、これで俺もお前も自由に動くことは難しくなったわけだ。楽しくやろうぜ?」


「グルルゥゥゥゥ...」


白夜と俺は炎に囲まれながらお互いに睨み合う。


「少し勿体無いけど、ここで油断して負けました、では笑えないからな」


準備は整った。

俺はポーションを取り出し、白夜を警戒しつつ魔力が全回復するまでポーションを自分の体に振りかける。わざわざポーションを飲むことで隙を見せるような真似はしない。一瞬でも気を抜けばやられるのだ。今もそれは変わらない。


チャンスは一度きり。

俺の持てる力、そのすべてを振り絞る必要があるだろう。最終的に持ってきたポーションのほとんどを自身の体に振りかけることになった。


その間、白夜は炎が怖いのか、それとも俺を警戒しているのか、はたまたその両方か。こちらに攻撃を仕掛けて来ることはなく、その様子を窺っていた。


魔力も満タンになり、疲れも少しだけ取れた俺は空になった十数本の瓶を炎の中へ投げ捨てて即座に魔法を構築する。


「この風属性の上級魔法でお前を葬り去ってやるよ!」


俺は風を凝縮した球体————大きさはサッカーボールと同じくらい————を作り出し、白夜に向かって一直線に放つ。この魔法は今の俺が放つことの出来る最大火力の風魔法だ。


「ッ!!!」


今まで初級もしくは中級程度の威力の魔法しか放っていなかった俺が、風魔法とはいえ上級程度の威力の魔法を放ったのだ。その力を見誤っていた白夜は予想以上の威力を持った魔法に驚いたようで、それを避けるため真上に大きく跳躍した。


「そうだよな。左右後ろは火の海で前からは風魔法。それを咄嗟にそれを避けるなら、真上に跳ぶしかないよな」


「…ッ!?」


真上に跳んでから、白夜は気づいたようだ。

自分に真下から迫る、最上級魔法に匹敵する威力を持った火魔法の存在に。




風魔法を放った直後、俺は残った魔力のほとんどを込めて火属性の上級魔法を放っていた。 


「本当は使いたくなかったけどな」


現在、俺の右手には赤い指輪がはめられている。白夜を一撃で倒すには、この指輪による魔法の強化が必要であると判断したためだ。


そして放った火魔法は白夜に狙いを定めていない。というのも、白夜は勘が冴えているために自分へ向けて放たれた魔法の存在に気づきやすいのではないかと思ったからだ。


本命である火魔法は、何としてでも白夜に気付かれるわけにはいかない。



だから俺は囮である風魔法の威力は出し惜しみをせず、上級魔法を白夜に向けて放った。そうすることで、白夜の意識を風魔法に惹きつけるようにした。そして、実力を見誤っていた白夜は焦って真上に跳ぶと予想していた。その風魔法の後ろを追随する火魔法の存在には気づかずに。


白夜が真上に飛ぶことを予測していた俺は、予め跳躍する白夜の真下の地点で、風魔法の球体に、後から放った火魔法が追いつくよう速度を調整した。

では、その風の球体と他の魔法、それも火属性魔法が接触したらどうなるのか。


まず、球体内に凝縮された風は一定方向に回転運動をしながら球体としての形を保っている。その球体に何か他の魔法が接触すると、その魔法は球体内の風の運動方向に応じて一定の方向へと進路を変更する。


そして今回、俺は後ろから接触した魔法が真上に進路を変更するように風の球体を構築した。このような細かい調整が出来るようになったのは、幼少期から行っていた魔力を操る練習の賜物だ。


更に言えば、火魔法は風の球体に接したとき、その風によって火力が煽られてその威力が増す。その結果、白夜の真下で風の球体と接触した火魔法は、威力を更に増しながら白夜へと迫っていった。


 



ドォォォォォォン!!!!


白夜と火魔法が接触した瞬間、激しい爆発音が響き、白夜がつい先程までいた場所は黒煙に包まれた。俺のいる地点からでは彼がどうなったのかは分からない。


放った火魔法は火の核を一つの点に圧縮させた極小の球体————大きさで言えば卓球の玉くらい————を相手に放つものだ。


そしてその球体は何か他の物体に当たった瞬間に大爆発を起こす、という性質を持つ。風の球体の本質はただの空気の塊であるため、それに触れても火の球体は爆発しない。


ありったけの魔力を注ぎ込み、赤い指輪まで使って放った火魔法を、風魔法で更にその威力を上げたのだ。そして白夜は当たる直前までその存在に気付いていなかった。これで倒せていてもおかしくはない。


「どうだ?やったか?」


言ってから気づいたが、これはフラグというやつだった。物語などではこの言葉を口にした場合、その対象は死んでいない可能性が非常に高い。


言わなきゃ良かった。そんなことを思いながら黒煙の方を注視していると、その中から突然、黒い影がこちらに向かって飛び出してきた。


「ッ!!!」


俺は咄嗟に腰から剣を取り出し、その影の攻撃を防ぐ。


「ガグルァァァァァァ!!!!!!!!」


その影の正体は、淡い緑色の毛は何処へやら、真っ黒になった毛に皮膚が所々爛れて全身が血だらけになった白夜だった。


「今ので生きてるのかよ...」


その全身はボロボロになっているが、それでも白夜は敵意剥き出しで俺の前に立っている。


「くっそ...とりあえずポーションで回復を、ッ!!」


残りのポーションを取り出そうとすると、白夜はすかさず俺に飛びかかってきた。

咄嗟にそれを剣で受け止める。白夜はもうポーションを使わせる気はないらしい。


白夜は俺の行動からポーションの危険性について学習し、この局面でもまだ冷静な判断を下すことができているようだ。


「マジか…白夜、お前凄いよ」


白夜の攻撃を剣で受けながら、そのタフさに素直に感服していた。こんなにボロボロになっても勝利を諦めず、その可能性を1%でも上げるために今も頭と体を全力で動かしているのだ。


「だけど、俺も負けるわけにはいかないんだ。ここは通してもらう」


白夜の動きは当初のそれと比べて著しく劣るものであり、今の俺でも十分に対応できるものであった。


戦っている俺たちの周りでは未だに炎が燃え続けている。この階層は密閉空間であるため、時間が経つにつれて段々と息苦しくなってくる。

これは早く終わらせないとまずいな...


このまま戦闘が長引けば、どちらも酸欠で倒れてしまう。いや、そもそも白夜達モンスターは酸欠になるのだろうか?生命活動に酸素を必要としているのか?もしかしたら彼らに呼吸など必要なく、魔力があれば永遠に生きていられるのではないか?ともすれば彼らに老化という概念はあるの—————







あ、いかんいかん、集中力が切れてきた。

頭もフラフラする。白夜の方を見てみると、こちらも若干目が虚になっている。

どうやら彼等モンスターにも酸素は必要なようだ。考え事が一つ解決した。


「いや、だからそんなことを考えてる場合じゃないんだ。集中しろ、集中。……よし、行くぞ白夜。終わりにしよう」


「グルァァァァァァァァァ!!」


白夜は最後の力を振り絞り、全身全霊で突進をしてくる。その動きの鋭さ、速度、威力は当初の白夜のそれと遜色ないものであった。


しかし、その攻撃が来る方向とタイミングさえ分かってしまえば対処をすることは難しくない。更に言えば、既に何度も白夜の攻撃を受けている俺は、その動きには十分に目が慣れていた。


「お前は強かった。親として誇りに思うよ。安らかに眠ってくれ」


突進してくる白夜を正面に見据え、剣を握り地面を蹴る。白夜の手の間をすり抜けて体の内に潜り込み、強くその胸を貫いた。


「ガァァ———」


最後にそう小さく鳴いた後、白夜はそのまま地面に倒れてピクリとも動かなくなった。


その後、すぐに亡骸は光の粒子となり、いつものように部屋の中心には淡く光る扉が現れた。亡骸のあった場所には、緑色の宝石が埋め込まれたイヤリングが落ちている。


俺はラスト一本のポーションを飲んでから、そのイヤリングを手に取る。


「今度は、イヤリングか。白夜、強かったな……とか、言っている場合じゃ、ないか。酸素がかなり、薄く、なってる」


白夜との戦いの感傷に浸るのもほどほどに、俺は急いで扉へ向かい、中へ飛び込んだ。

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