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起床

「イヴェル先輩!!」


保健室の扉を勢いよく開き、その部屋の中へ飛び込む。

そこには、


「よう、セイン。さっきぶりだな」


僕の来ることが分かっていたのか、こちらを向いて薄く笑うアルトの姿があった。

その腕の中にはイヴェル先輩が抱かれており、彼女は目を閉じてピクリとも動かない。


遅かった…!!


「イヴェル先輩に何をするつもりだ!」


「何をするも何も、気絶したみたいだからベッドに寝かせてあげようとしていただけだろ」


僕の問いに気怠そうに答えたアルトは、その言葉の通りイヴェル先輩を丁寧に保健室のベッドに寝かせた。


「おいおい、そんな本気で剣を構えてどうした。別に俺は何もしてないだろ?学園長からも何とか言ってくださいよ」


「アルト君…君こそ、それは本気で言っているのか?私には、君が攻め込んできたようにしか思えないぞ」


静かに腰の剣を構えた僕に対し、軽く笑いながら言うアルトの後ろには7人の魔人の姿がある。その中には幾つか見知った顔があるが、彼らと関わった記憶のうちで良い思い出のものは一つもない。


学園長も彼らの異質さを感じ取ったのか、アルト達を警戒するようにその魔力を練り始めた。


「本当に今日は何もする予定は無いんだけどな…まあ、いいか。シャルム」


「…御意」


「「!!?」」


「ここからは企業秘密だ。少し寝てろ」


シャルム、と呼ばれた魔人の声が聞こえた途端、僕の体は石のように固まり全く動かなくなった。更には視界が段々と暗くなり、周りの音も小さくなっていく。そして一気に遠くなる意識。


「ア、アル、ト…」


—————意識はここで途絶えた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「———ぃ、ぉーい、おーい、起きろー」


次に意識が覚醒したとき、僕は何故かベッドに寝転んでいて、目の前には手を横に振るアルトの姿があった。


「!?」


「おお」


それらを認識した僕は急いで飛び起き、咄嗟に光の魔力で形作った剣を構えた。

腰にはずっしりとした確かな重みがあり、剣は奪われていないようだった。


「眠っていたところをベッドまで運んであげて、なんなら起こしてくれた人間に対する行動では無いな」


黄色く光る剣を突きつけられ若干不満そうにするアルトを無視し、僕は周りを見渡す。


保健室内にはベッドで眠るアーネさん、シエル先輩、イヴェル先輩、学園長、そして僕とアルトの6人の姿しかなく、アルトの連れていた魔人達の姿は既になかった。


「あいつらは返したよ。もう目的は達せられたからな」


僕の思考を読んだのか、何を言わずともアルトはそう口を開いた。


「皆に何をした!君の目的は一体何なんだ!」


僕はアルトの首元へ剣を突きつけて問いただす。

皮肉的な話だが、少し寝たことで体力と魔力はある程度回復した。ここで戦闘になろうとも、ある程度までなら十分にこなせる。


「んー、まあ、それはそのうち分かるさ。すまんがこっちも忙しくてな。あんまり喋ってられる時間はないんだ。取り敢えずお前が起きたんだったらそれでいい。あ、気がついてるとは思うが、魔王城には瞬間移動で飛べないようにしておいたから。来るならちゃんと正攻法で来いよ。じゃ、俺は帰るわ」


その問いにアルトは真面目に回答する気がないようで、そう告げるとすぐに転移の準備を始めた。


「ちょ、待て!」


「病人がいるんだ、保健室では静かにな?——威圧」


「ッ!?」


保健室を今にも去ろうとするアルトを引き止めようとした僕は、再度自分の体の動きを停止させられる。


しかし、今回のそれは先程のものとは文字通り格が違った。無理矢理に拘束されていると言うよりは、むしろ体の方が動くな、と僕の意思を制限しているような感覚だ。

更に何故だか一気に全身から嫌な汗が吹き出し始めた。何だこれは……恐怖か?


「じゃ、セイン。またな。——————今までありがとう、元気でな。——ネ」


アルトは最後に軽く手を上げてそう言うと、真っ黒な魔力に包まれてその姿を保健室から消した。それと同時、僕を支配していた恐怖心は嘘のように消え、体の拘束及び冷や汗はピタリと止んだ。


「アルト、本当に君は何がしたいんだ…」


1人保健室に取り残された僕は再度眠る気にもなれず、適当な椅子に座って小さく呟く。


勿論、僕の疑問に対し誰かが答えてくれることはなく、保健室内にはただただ無意味な時間が流れる。


「ぅん……ここは…?」


ふと、無音だった室内にそんな間の抜けた声が響いた。


「!?、シエル先輩?」


声のした方を見ると、ベッドからその半身を起こすシエル先輩の姿があった。


「…ぅん?セイン君…だっけ。あれ、私は聖王国にいたはずで…ここは……?」


「シエル先輩、ここは学園の保健室です。体の調子はどうですか?」


「うん…体は普通…むしろ、調子が良いくらい。なんだか長い夢を見てたような気がする…」


若干寝ぼけ気味のシエル先輩は、体の調子をたしかめるように腕を回しながら言う。


「はッ!!、アルト、アルトは——」


その直後、シエル先輩の隣のベッドからそんな声を発してイヴェル先輩が飛び起きた。


「イヴェルちゃん…?」


「!?、シ、シエル…?」


小さくシエル先輩の口から囁かれた言葉に、こちらを振り向いたイヴェル先輩はその目を大きく見開いた。


「シエル!!」


そしてシエル先輩の姿を確認したイヴェル先輩は、勢い良く彼女へと抱きついた。


「この、お前は…私がどれだけ心配したと思って、生きてて、良かった…」


「ははは…痛いよ、イヴェルちゃん。なんだか、久しぶりな気がするねぇ」


シエル先輩に抱きついたイヴェル先輩は涙を流していて、シエル先輩はそんなイヴェル先輩の背中をさすりながら柔らかく笑っていた。


そんな彼女達の声に反応して、学園長もその後すぐに目を覚ました。




そしてそれから更に数分後には、


「ぅ〜ん……」


シエル先輩の隣にあるベッド、イヴェル先輩が寝ていた方とは反対側にあるベッドから、そんな唸るような声が聞こえた。


「アーネさん!?」


「ん…、あれ、皆さんお揃いで…おはようございます。なんだか、よく寝たような気が…」


そこには、ベッドの上でその半身を起こし大きく伸びをするアーネさんの姿があった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「…シエル先輩、アーネさん。1つ伝えておかなきゃいけないことがあるんだ」


僕を含め、目を覚ました5人全員の体調に問題がないことを確認した後、僕は覚悟を決めシエル先輩とアーネさんに話を切り出した。


その瞬間イヴェル先輩と学園長の顔に緊張が走り、保健室内の空気が一瞬だけ固まる。 きっと2人はその話の内容を察したのだろう。


「?、そんなに改まって…一体どうかしたんですか?」


「…まあ、大体察しはつくけど。ここに姿を見せてない、あの意気地なしについてかな?」


特に思い当たる節のないようにキョトンとその首を傾げるアーネさんに対し、多少察しのついているシエル先輩は少し不機嫌そうな顔になる。


「…そうですね。少し落ち着いて聞いて欲しいんですけど、実は———」


僕は2人へ、聖王国から帰還した後から現在に至るまでに起きた出来事について、知っていることを包み隠さず全て話した。





「あッの、バカ!また勝手に一人で突っ走って、本当に何を考えて、」


「シ、シエル。病み上がりなんだ、一旦落ち着いて、」


「落ち着いていられないよ!本当に1発、いや10発は殴ってやらないと気が済まない…!!」


それらの話を終えると、シエル先輩は怒り心頭といった様子でその拳を何度もベッドへと叩きつけ始めた。


「…」


「アーネ、さん?」


そして僕が最も警戒していた人物——アーネさんはというと、話が終わった後も何かを考え込むように無言を貫いていた。きっと僕だけではなく、イヴェル先輩と学園長の2人も彼女の行動を警戒していることだろう。


彼女がアルトに対して、並々ならぬ想いがあることは明白だ。正直、僕はこの話をする際、彼女に数発殴られることは覚悟していた。


「あの、一つ質問をしても良いですか?」


それから数分間の沈黙を貫いた後、彼女は小さくその手を挙げた。


その彼女の顔に張り付いていたのは、怒りの感情でも絶望の表情でもない、もっと別の感情———



———ただただ純粋な戸惑いだけで。




「———アルト、さん?って、誰のことですか?」

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