移動中にて
アーレットによって転送された先は、聖王国の領土の目の前だった。
付近にいた門番に教会からの招待状を見せると専用の馬車に案内され、どうやらその馬車で教会まで向かうようだった。
しかし考えてもみて欲しい。生徒会の面々と俺が同じ馬車に乗っているのだ。
馬車内の雰囲気がどうなるかなど、想像に難くないだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「…」
「…」
「…」
馬車の中を重苦しい沈黙が満たす。
馬車が動きはじめてから30分程。馬車に乗っているのは、俺、イヴェル、シエル、アーネ、そして他の生徒会役員2名。計6人だ。
6人で対面して座っているのにも関わらず、馬車に乗って以降その口を開いた者はいない。
種々の事情を知らないはずの2人も馬車内に流れる雰囲気を悟っているのだろう。ダラダラと冷や汗を垂らしている。
「あ、あのー、一旦、自己紹介とかした方が…ほら、アルマ先輩も皆さんの事を詳しくは知らないと思いますし…」
そんな重苦しい沈黙の中、そう提案をしたのは緑色の髪で眼鏡をかけた博識そうな青年だった。
確かに、一度アルマとしてここで自己紹介をしておいた方がいいかもしれない。
「あ、はい。そうですね。では俺から自己紹介を。俺はアル——」
「自己紹介なんて、私たちには必要なくないですか?」
青年のパスを受け軽い自己紹介をしようとすると、すぐにそんな声がそれを遮った。
「そうですよね、アルト=ヨルターン先輩?」
立て続けにそう尋ねて来たのは、茶髪に水色の瞳を持つ少女——アーネだ。やはりその手首にブレスレットは付けられていない。
「その、何度か疑問には思っていたんですが、アルトっていうのは一体…」
「この人の正体がアルト——いや、ヨルターン先輩だってことですよ。ゾルエ君も含め、ここでヨルターン先輩と面識の無い人はいないでしょう。私は茶番にわざわざ付き合う気はありませんよ」
状況が飲み込めず戸惑う、自己紹介の提案をした青年——ゾルエにアーネはこちらを冷ややかな目で見つめ吐き捨てるように言った。
「あ、貴方は…アルト先輩なんですか?」
「…何のことだか」
まじまじとこちらを見つめるゾルエに、俺はしらを切ることに決めるが———
「はぁ呆れた。ここまで来て認めないつもり?本当に男らしくないね、君は」
一連の会話を聞いていたシエルが、少々の怒気を含めた口調で言った。
やはりシエルも味方にはついてくれないか。
「えっと、シエル…さんでしたっけ。俺と貴方は初対面のはずですが…」
「誤魔化せるとでも思ったの?君の纏ってる魔力。逆に不自然なくらいに自然に魔力を流せる人、私は1人しか知らない。観念した方がいいよ、アルト君」
しらを切って押し通そうとするが、シエルはもう既に確信を持っているようだった。
魔力の流れか、完全に盲点だった。
イヴェルもフォローする様子は見せないし、これ以上の問答は無意味か。
「ッ…!! アルト、先輩…」
「ああ、久しぶり。すまなかったな、ゾルエ」
変身を解き、黒髪の姿に戻った姿を見てゾルエの顔が驚きに染まる。
ゾルエは生徒会の後輩であり、退学するまでの少しの期間だが交流もあった。彼にはすまないことをした。
「それで私たちへの謝罪はないんですか?」
それから数十秒の沈黙が流れた後、アーネがその口を開いた。
「は?何のことだ?」
堪らずアーネに聞き返す。
彼女らへ謝ること?全く見当がつかない。
「何のことって……偽名を使って自己紹介をしようとしたってことは、私たちを騙そうとしていたってことですよね?嘘をつくことに慣れ過ぎて、悪いことだとも思わなくなっちゃいましたか?…その癖、直した方がいいですよ」
そう言うアーネは、まるでゴミを見るような視線をこちらへ向けている。
…確かに彼女の言う通りだ。今回に関しては完全に俺が悪い。いや、今回も、か。
「……忠告痛み入る。そうだな。今回、俺が君たちを騙そうとしていたことは事実だ。騙すような真似をして、本当にすまなか——」
バンッ!!
そのとき、何かを殴りつけるような音が馬車内に響いた。
「…何の、つもりだ?」
頭を下げていた俺は、斜め上へ視線を動かして問う。そんな俺の右掌には、強く握られた拳が収まっている。
「アーネを騙そうとしたのだ!私の彼女を侮辱するなど、報復があって当たり前だろう!同級生だとはいえ、許容されるべきものではない!」
俺のことを殴ろうとしたのであろうその主。
腰ほどまで伸ばした長い銀髪に紫色の瞳。如何にも貴族だと言ったような豪華な装飾品を多数身につけてた青年——ルーカスが怒り心頭といった様子で怒鳴った。
彼は俺と同じ3年生。そしてクラスも同じA組だ。だが正直、3年間を通して絡みはほぼ無い。
俺が生徒会に在籍していたとき彼は生徒会の役員ではなかったが、退学している間に穴埋めとして採用されたのだろう。
学園長室に集まった際、その中にルーカスがいたことには少し驚いたが、今はそんなことよりも——
「アーネが彼女…?どういうことだ?」
気がつけば、口からそんな言葉が漏れ出ていた。
先程ルーカスは確かにアーネを自分の彼女だと言った。一体どういうことだ?
「どうしたもこうしたもない!私たちは愛を誓い合った仲なのだ!そんな相手を侮辱されて黙っていられる男がいるか!」
それに対して、ルーカスは怒り心頭といった様子でこちら睨みつける。
「アーネ…正気か?」
「ル、ルーカスさんを侮辱しないでください!ルーカスさんは私だけを見ていてくれるし、約束だって破りません!貴方とは違うんです!でもルーカスさん、私のために動いてくれたことは嬉しいですが、暴力は駄目です」
そのアーネの返答を聞くに、2人は本当に付き合っているようだった。
…俺には口を出す権利も、ショックを受ける権利も無いか。
「そうか…今のは俺が悪かった。重ねて謝罪をさせてくれ。すまなかった」
「ふんっ!慈悲深いアーネに感謝するのだな」
俺はアーネへ深々と頭を下げ、怒りを収めたルーカスは自らの席へと戻る。
「お前は私が守ってやるからな。アーネ」
「は、はい。あ、ありがとうございます…」
「私たちの間に敬語は不要だ。普通に喋ってくれていい」
「う、うん。そうだね、あ、ありがとう…」
席に戻ったルーカスは俺へ見せつけるように、アーネの手をとり甘い言葉を囁く。
その一方で手を握られたアーネの体が一瞬、それを拒否するように震えたような気がしたが…気のせいか。
続いて俺も自らの席に戻り、再び馬車の中を沈黙が満たす。
この旅はまだ、始まったばかりだ。




